58 エンhance (エンハンス)
58 エンhance (エンハンス)
「さてと。満足、満足♪」
ひとしきりボクをもみくちゃに抱き締め潰して満足したのか、赤ずきんちゃん、もとい、ティニアさんはやっとボクを解放してくれた。
金色の長い髪に可愛い顔立ち。
だけど、この赤ずきんちゃんの正体は、狼人族のCランク冒険者だったのだ。
それにしても赤頭巾の狼少女って。
そりゃあ、こっちの世界ではそういう童話はないのかもしれないけど、前世の世界でそういう話を知っているボクとしてはどうにもベタだなと思ってしまうのは仕方のないことだと思うんだよ。
ねっ。
「シャノン、依頼完了の手続きを取っておいてよね」
「はいはい、分かりましたよティニアさん」
ボクを床に下ろしてくれてから、赤ずきんちゃんはカウンターの受付のお姉さんと手続きを始めた。
「おっと、騒ぎのおかげで忘れるところだったぜ。俺達もさっさと異動登録手続きをしちまって、町観光としゃれこもうぜ」
「そうね」
そう言って、ランスお父さんとクリアお母さんは別の窓口へと向かっていく。
「俺もシープルフの魔石の買取をしてもらってくるかな。サーベニアさん、セイルを見ててもらえるか?」
「ええ、もちろん構わないわよ」
そう言って、ボルファスおじちゃんも別の買取カウンターのような窓口へと、旅の途中で遭遇して倒したシープルフの群れの魔石の入った袋を持って離れていった。
「セイルくん、少し壁際に移動しましょうか
「あいっ!」
そうやって壁際で、サーベニアお姉ちゃんに壁に飾ってあったり、貼ってあったりするものについていろいろ質問しながらおしゃべりして待っていると、しばらくして。
一足早く手続きが終わったのか、赤ずきんちゃん、改め、ティニアさんがボクとサーベニアさんの元へとやってきた。
ちなみに、ルーはずっとギルドの中にあの姿でいるのも何なので、今は地中に戻ってもらっている。
こういう時、前世で妹双子姉妹が病室に持ってきてくれていたライトノベルだとタイミングよくギルドマスターが登場する場面なのだろうけど、残念なことに、そういう流れにはならなかった。
「ねえ、あんたたち。あたしもこのパーティーに入れてくれないかな? あんたたち結構やりそうだけど、あたしも一応Cランクだから、それなりに役に立てると思うし、邪魔にはならないと思うんだ」
「わたしたちは今の段階で、パーティーじゃないわよ」
「??? へえ、そうなの。……じゃあ、一緒に付いていっても良い? しばらく、この子と一緒にいたいし」
はい?
自由だなあ。
「お姉さん、他のパーティーの仲間はいないの?」
まさか一匹狼とかいうのかな?
狼ではなく、オオカミヒトゾク(おおかみひとぞく)だけど。
この世界の人族だって、進化の過程からいえば、猿人族だもんね。
ただ単に「猿人族」と言わずに、単に「人族」といっているのはこの世界で人族が大多数を占めているからに過ぎない。
あっ、『一匹狼』って言うのは孤高で気高く強そうに聞こえるけど、実際は「群狼」というように群れ単位で行動するのが常なんだよね。
なので、『一匹狼』っていうのは年老いて群れに付いていけなくなったものか、若くても怪我を負って狩りが出来なくなったかのどちらかが大体で基本的に生きていくのが困難になっている弱い状態をいうんだよ。
あとは若い狼が群れから独立して別の所へ行く途中くらいかな。
何れにしても、群れで狩りをする動物としては不利な状況だよね。
その他にも狼って、いろいろ誤解されているんだよね。
『男は皆狼』っていう言葉があって、野蛮で女性に下心を持っているような印象を与えるけど、実際の狼は生きている間、一夫一婦制を守り抜くんだ。
だから『男は皆狼』というのは狼からいえば、身持ちが固いということになるね。
あと『送り狼になるなよ』なんていうと、いかにも「女性を送っていく途中で襲ったりするなよ」というように見られるけど、森で狼が追いかけてついてくるのは自分たちの縄張りから侵入者がおとなしく出ていくかを見張っているだけで合って、よほど空腹でもない限り、襲ってきたりはしないそうだ。
なので、これも『送り狼になるなよ』を狼側から言うと『ただ送っていくだけで終わらせるなよ』という事になるね。
本当に昔では『狼』は『大神』とされ、祀られたりもして、森の生態系のバランスを取る役割をしていたそうだ。
それがそれこそ「赤ずきんちゃん」のような西洋から入ってきた御伽噺の影響で、「狼は人を襲う怖い獣」というイメージが付いてしまって、日本全国で駆逐されるようになってしまい、ニホンオオカミは絶滅の憂き目に遭うことになってしまった。
結果、森の生態系のバランスが崩れ、現代では猿や猪、鹿が大繁殖して、町まで下りてきて田畑を荒らす被害が増えるようになってしまったと言う訳さ。
人間の思い込みによる自業自得だね。
まあ、シープルフなんて存在もいるくらいだし、こっちの世界の狼がどういう性質かは分からないけど。
それにティニアさんは狼人族だしね。
おっと、話が大分それてしまったけど、問いかけて見上げるボクに、赤ずきんちゃん、改めティニアさんはニッコリとして答えてくれた。
「前のパーティーの仲間とはユージニア王国で別れたのよ。だから今はフリー。たまたまクロスラの町に来て早々ソロの依頼を受けることになったと言う訳。路銀も寂しくなってきそうだったからね」
移動中の一匹狼だったか。




