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28 意馬心エン (いばしんえん)

28 意馬心エン() (いばしんえん)


 魔物であるアルマジラットの駆除作業中。

 初めは順調だった。

 それは一見すればただの小さい動物を駆除しているだけの光景のようにも見えて、どちらかと言えばのどかな麦畑が連なる風景のようにさえ感じられるほどであった。

 ところが、突然、アルマジラットが大量に発生して麦畑へと大挙して押し寄せ、駆除作業をしていた村人たちを襲い始めた。

 魔物であってもアルマジラットくらいの小型の魔物であれば、誘導して一匹ずつでならば、村人でもその動きに注意していれば十分駆除することもできるが、数が揃えば、小型の魔物と言えどもそれだけで脅威となる。

 やはり、魔物は魔物ということなのかもしれない。

 遠くで村の人がこちらへと逃げ戻ってこようとする様子が見て取れる。

 とは言え、ボクにはどうすることもできない。

 明かりをともす『ライト』とかそよ風を起こす程度の『ウィンド』とか、危なくないもので簡単な魔法は少し教えてもらって使える様にはなって来てはいるけど、今は役に立ちそうにない。

 ランスお父さんが皆を逃がすべく、その場に踏み止まって剣で応戦している。

 その後ろにリックさん達自警団の人達が村の人たちを誘導ゆうどうしつつかばうようにしながら少しずつ後退する様にしている。


「ギイイイィィィ!」


 最初は小さく聞こえていたアルマジラットの鳴き声が徐々に大きく聞こえてくる。

 どうやら、アルマジラットは攻撃して来た者に、より敵意を向けるらしく、全くないとは言わないが、逃げている村の人には比較的襲いかかる数が少ないように見える。

 エストグィーナスお姉ちゃんに本で見せてもらったように、やはりかなり好戦的のようだ。

 その分、ランスお父さんやその少し後ろで避難誘導しているクリアお母さんやボルファスさん、自警団のリックさんたちの負担が増えてきているように思える。


「ギイイイィィィ!」


 麦畑の中から跳び上がって丸まったまま体当たりをしてくるアルマジラットの攻撃は何処から飛んで来るか分からない分脅威だ。

 麦畑を駆け抜ける足音はしているらしく、その方向へと警戒しているのが分かるけど、数が多い為、どれがどう向かってくるのか見極めるのが難しいらしく、あたふたとしている様子が見て取れる。

 アルマジラットたちには麦の穂から上に見えている人間が丸見えのようで、闇雲に襲いかかるのではなく、的確にねらいを定めて飛びかかっているように見えた。

 こういう状況で麦畑を見ていると、去年のオークの群れの襲撃が思い起こされる。

 また、ここで見ている事しか出来ないのか。

 2才児の赤ちゃんではどうすることもできないけど、自我と前世の社会人まで生きた記憶がある分、せめて避難誘導だけでもできないだろうかとの歯がゆい思いが頭をよぎる。

 そうだよ。

 せめて畑の手前で避難誘導くらいなら。

 ボクがさくの上から降り、畑の方へと歩き出そうとしたその時。

 目の前の地面が、せり上がるように盛り上がってきた。

 思わず立ち止まってしまう。

 ボクがその場で固まっていると、ある意味見慣れた、砂の彫像が崩れるのを逆再生の高速巻き戻しで見ているような光景が展開された。

「ルー!?」

 そう。目の前にはカンガーゴイルのルーが現われていた。

 でも、

「どうしてここに?」

 地下遺跡(地下の倉庫)から出れないんじゃないの?

 ボクの疑問には答えずただ立ってボクのことを見つめているルー。

 その後ろ、ボクの視線の先では今も逃げる村人たちの姿と、アルマジラットと金属のぶつかる甲高い音が聞こえてくる。

 ボクはハッとなり、一先ず現在思い浮かべている疑問を振り払う。

「手を貸してくれるの?」

 ルーはコクリとうなづいて了承の意を示してくれた。

 そこでひらめいた。

 ルーが力を貸してくれるなら、避難誘導だけじゃなくてアルマジラットも何とかできるかもしれない。

「お願い、ルー!」

 ルーは万歳したボクの両脇を優しくかかえて、ルーのお腹の袋の部分の中へと入れてくれた。

 ボクはルーのお腹の袋の中で体勢を変えると前を向き、しっかりと手を掛ける。

「よし、ルー行こう!」

 ルーはボクの合図に向きを変え、ドンッと動き出した。

 中身は大地の精霊であるルーにはアルマジラットが麦畑に潜んでいてもある程度分かるのか、一直線に多く固まっているあたりらしき所へと跳ねていく。

 それが何故ボクにも分かるかといえば、ルーが高く跳ねている際の滞空時間中、上から見ると僅かだけど麦の穂が揺れ、アルマジラットが走り回っている様子が確認できたからだ。

 ボクはルーに指示をしてランスお父さんとクリアお母さんたちがいる所へと急いだ。

 途中、村の人が驚いて指をさして足を止めてしまっている光景が目に入ってきた。

 ああ、そうか。

 皆、ガーゴイルなんて見るのは初めてだもんね。

 別の魔物が出たと思ったのかもしれない。

 申し訳ない。

 驚かすつもりはなかったんだよ。

「ランスお父さん! クリアお母さん!」

 皆がギョッとしている中、ボクはランスお父さんとクリアお母さんのそばへと声を張り上げながら駆けつける。

「セイル!」

「セイルくん、来ちゃダメでしょ!」

 いくらボクが乗っているとはいえこの姿に戸惑っていた村の人達が、ルーやガーゴンを知っているランスお父さんとクリアお母さんが声を掛けてくれたことにより、皆が安心した表情を浮かべる。

「ルーが力を貸してくれるって! 今のうちに村の人をさくの中にまで非難させて!」

「……皆、村まで戻れ! 怪我人を優先させろ! リック、急げ! ボルファス、クリアを頼む!」

「「分かった!」」

「ランス!」

「ルーと言ったか。あれはエストグィーナスのところのドラゴイルのガーゴンと同じガーゴイルだろ? だとすると実体は中位精霊なはずだ。なら、あの中にいる限り、セイルは安全だ」

「でも……」

「緊急事態だ。通常なら兎も角、数の多い今の状態で四方八方から襲いかかられたら、防御手段の少ない魔術師のクリアじゃ分が悪い」

 クリアお母さんの戸惑いにランスお父さんが戦いながらも説得を始める。


 ガキン!


 クリアお母さんの隣にいたボルファスさんが、大きな斧、バトルアックスの腹でアルマジラットがクリアお母さんに体当たりして来たのを防いでくれた。

「迷ってる時じゃない。精霊とセイルを信じよう」

「心配すんな。俺も最後までセイルの傍にいる」

「俺もいるから」

「ランス、リックさん。……分かったわ。……我と我とともに在りし者を守る風の衣となれ! ウィンドプロテクション!」

 突然、僕の身体に風が纏わり付いたような気がした。

「クリアお母さん」

 何か、魔法以外のとても暖かい物を感じる。

 よし!

 さあ、それじゃあ、

 行動開始だ!

 自分の両頬をペチペチと叩いて気合を入れる。

 ボクは畑から徐々に開けた道の方へ移動していき、皆が非難しやすいように、ランスお父さんと共に殿(しんがり)つとめる。

 とは言っても、相手は知性を持って戦術的に攻めてくるわけではなく、無秩序に襲いかかって来るから、ランスお父さんと並んで食い止めるというわけにはいかない。

 それぞれが、カバーできそうな範囲で村の人達を逃がすための囮になりつつ、少しずつ後退していく。

 それからはひたすらルーが飛んできたアルマジラットを真正面から叩き落としていった。


 右、左、左、右。


 ルーは軽快に拳を繰り出し飛んで来るアルマジラットを正面から撃ち落としていく。

 その度にガキンという石と金属がぶつかる様な凄い音がボクの目の前でひびいてくる。

 ちょっ、ちょっと怖い。

 思わず目をつむってしまう。

「アルマジラットは背中の鱗が堅い。正面から打ち据えてもあまり意味が無い。その分お腹の皮膚が比較的弱い。ねらうなら側面の丸まっている中心のお腹のあたりをねらえ!」

「ルー、横に叩き飛ばして!」

 ランスお父さんの助言に従い、ルーに正面からでは無く、横殴りに叩き落とすようにいうと、ルーはそれに従って華麗なフックで次から次へと向かって飛んでくるアルマジラットの体当たりを叩き落としていく。

 さっきまでは激突しても地面に着地してから再び襲ってきていたアルマジラットが、横殴りをするようになってからは地面に落ちると気絶したのか、身体を伸ばして動かなくなっている。

 行ける!

 ボクはそう思い、ルーが次々と飛んでくるアルマジラットを警戒に横殴りに打ちえていくのを見ていた。

 幾分いくぶんか、ぶつかる音も軽減された気がする。

 数もだいぶ減ってきてボクはホッと息を突く。

「セイルくん、危ない!」

 村の入口付近まで下がることが出来たクリアお母さんの声が響く。

 ボクがハッとなり、目の前を見ると、すぐ目の前までアルマジラットが迫っていた。

「ルー、アッパーカット!」

 ボクは咄嗟とっさに叫ぶ。


 ドゴンッ!


 ボクの声に即座に反応したルーが腕を下から上へと振り上げて、向かってきたアルマジラットを青空高くへと打ち上げた。

 見事なアッパーカットがアルマジラットに決まる。

「「おお!」」


 天高く打ち上げられたアルマジラットに、遠巻きに村の中から見ていたであろう村人達から歓声の声が上がった。

 何となく、カンカンカンカンカンという、ゴングの音が幻聴で聞こえてきそうな感じである。

 本当、世界の取れる見事なアッパーカットだったよ。

 最後は打ち上げられたアルマジラットが体勢を立て直そうと、身体を伸ばして落ちてきたところを、ランスお父さんが剣を上にかか串刺くしざしにしてとどめを刺した。

 それが、最後の一匹だったらしく、以降、麦畑に静寂が戻る。

 ふう、やっと終わった。

 それにしても、咄嗟とっさとは言え、良くアッパーカットなんて言って伝わったな。

 もしかしたら、言葉というより、ボクのイメージがそのままルーに伝わったのかもしれない。

  エストグィーナスお姉ちゃんが言っていた心を通わせているって、こういうことなのかな?

「お疲れ様、ルー」

 ボクはルーの活躍をねぎらう。

 ルーはコクリとうなづき、村へと戻るべく動き始めた。

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