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19 エンTASIS (エンタシス)

19 エン(EN)TASIS (エンタシス)


 何故こんな状況になっているのかは分からないけど、今、ギリシア神殿風の大広間、1才児の目の前に、身の丈2m程の動く石像のドラゴンが対峙している光景が広がっていた。

 ドラゴンの石像は身体をこちらに向けると、ジッとこちらを見つめたまま佇んでいる。

 ボクは掌にじっとりと汗をかいていた。

 静かに一歩後ずさる。

 その直後、ドラゴンが四足歩行で動き出した。


 ズシン! ズシン! ズシン! ズシン!


「ひぃぃぃぃぃ!」

 ボクは思わず背中を向け走り出してしまった。

 確か、野生の動物は背中を見せた相手を無意識に獲物と認定して襲いかかって来る習性があると聞いたことがあるけど、石造りのゴーレム? にもその習性は当てはまるのかなあ?


 ズシンズシンズシンズシン!


 背中に感じる振動と音の間隔が狭くなる。

 わっ、くだらない事を考えていたら、スピードが上がったよ!

 ボクは横に避け柱の陰に身を隠し、ドラゴンの石像をやり過ごす。

 その直後、ズシンズシンという音と共に、物凄い振動が空気を揺らし、近くを通り過ぎていく感覚が身体に伝わってきた。

 石でできているため、もの凄く重たいのだろう。

 すぐには止まれないのか、大分通り過ぎてからやっと止まり向きを変えた。

 一応、大広間内を壊さないよう、壁とか石柱とかにぶつからないように注意して走っているのか、スピード自体はそれ程速いと言う訳ではない。

 全力で突進されてきても困るけどさ。

 ドラゴンの石像は柱を回り、ボクが隠れている側に来ると、ゆっくりとこちらに首を巡らす。

 そして、また突進してきた。


 ズシン! ズシン! ズシン! ズシン!


 学習したのか、こんどは勢いを付けて突進して来るのではなく、スピードを調整しているようにも見える動き。

 こりゃマズいな。

 早くこの広間から出ないと、いずれこの1才児の身体じゃ体力的に持たなくなって捕まって踏みつぶされるのが目に見えている。

 ボクはドラゴンが来る直前に柱を盾にして避け、広間の真ん中から入口へと走り出した。

 けど、

 数歩走ったところで、すぐに足が止まってしまった。

「うそ!」

 見ればいつの間にか、入り口が塞がっている。

 さっきと同じように上から石柱が何本も伸び降りて来て壁の様に塞いだのだろう。1才児のボクの身体でも、すり抜ける隙間が無いように見えた。

「そんな!」

 ボクは呆然とその場に立ち尽くしてしまう。

 どうする?

 どうすればいい?

 考えろ!

 考えるんだ!

 ……。

 あれ?

 ボクはふと、考えとは別のことが頭に浮かんだ。

 それは、

「音が、消えてる?」

 いつの間にやら、ドラゴンの石像が立てる地響きのような音と振動がしなくなっている。

 何で?

 どうして?

 考えたくはないんだけど、なんか嫌な予感がして、ボクはゆっくり後ろを振り返って見る。

 すると、

 そこには、

「うわああああ!」

 ボクの身長ほどもありそうなドラゴンの顔が目の前にあった。

 しかも、牙も口の中も良く見えるほどに。

 ボクは兎に角逃げ出した。

 柱の陰をメチャクチャに縫うように走った。

 しばらくの追いかけっこが続く。


 ズシン! ズシン! ズシン! ズシン!


 柱から柱へ。


 ズシン! ズシン! ズシン! ズシン!


 時にはジグザグに。


 ズシン! ズシン! ズシン! ズシン!


 時には柱をクルクルと。


 ズシン! ズシン! ズシン! ズシン!


 ときにはフェイントをかけるため、柱に隠れると見せかけてドラゴンの石像が動きを変えた瞬間に、そのまま直進を。

 がむしゃらにひたすらに逃げた。

 ボク、この逃走劇が終わってお部屋にもどったら、親にペット飼うの禁止を提案するんだ。特に室内ドラゴンを。

 どれだけ逃げ回っていただろう?


 はあ、はあ、はあ、はあ


 段々、足が動かなくなってきた。

 でも走る。


 はあ はあ はあ はあ


 もう無理!


 はあはあはあはあ


 駄目だ。息が上がって走れない。

 ボクは疲れて、柱にへたり込んだ。

 目の前にドラゴンが地響きを立てて迫り寄ってくるのが、やけにゆっくりに見える。


 ズシン! ズシン! ズシン! ズシン!


 けど、もう動く気力がないや。


 ズシン! ズシン! ズシン! ズシン!


 生後1年と半年か。

 ……今世は短い人生だったな。

 ボクは酸欠気味で朦朧もうろうとした頭で、ボンヤリとドラゴンが近付いてくるのを見ていた。

 ドラゴンの顔が間近まで迫ってきている。 もう駄目だ。

 これで二回目。

 クリアお母さん、ランスお父さん、先立つ親不孝をお許しください。

 ボクはギュッと目を瞑る。

「何やってるの!」

「へっ!?」

 遠くで叫ぶ声が神殿のような広間内に響いた。

 この声は!

 ボクは声の方を見る。

「クリアお母さん!」

 見れば、いつの間にか開いている入口のところに、クリアお母さんとランスお父さんが立っているのが見えた。

 助かった。

 けど、

 いくらランスお父さんとクリアお母さんでも相手がドラゴンじゃ……。

 逃げて二人とも!

 そう叫ぼうとしたんだけど、

 ふと、ある事にボクは気付いた。

 目の前まで顔が迫っているドラゴンの石像だったが、クリアお母さんが叫んで以降、ピクリとも動いていない。

 あれ?

 ボクが疑問に思っていると、ドラゴンの石像の横をすり抜け、ツカツカとクリアお母さんがボクの所までやって来た。隣にはランスお父さんも付いてきている。

「セイルくん、大丈夫だった!?」

 クリアお母さんが跪き、ボクはクリアお母さんの胸の中に抱きしめられる。

 柔らかくてあったかい。そして、ホッとする匂いがする。

「良かった無事で!」

 クリアお母さんが大泣きしている……。

「何処にいったかと思ったじゃない!」

「どうやら、倉庫を迷っていたようだな」

「心配したんだから! 森の中じゃなくて良かった!」

 いや、ここも充分危ないと思うんだけど……。

 僕はクリアお母さんに抱き上げられ、顔を向き合わせる。

「たんこぶが出来ちゃってるわね。痛かったでしょ?」

 クリアお母さんがボクの額のたんこぶに、そっと口づける。

 気持ちの問題なのは分かっているけど、なんとなくそれだけで、おでこの痛みが引いた気がした。

「もう、おいたしちゃダメでしょ」

 えっ、ボクが悪いの?

 だって、こんな罠が仕掛けて有る様なホームセキュリティーがあるなんて思わないじゃん。

 あと、番犬ならぬ「番ドラゴンの石像」なんて飼っていると誰が思う!?

 ボクの心に釈然としないものが浮かんでくる。 

 これが、子供が感じる親の理不尽な言いようかあ。

 ……そりゃあ、「ここで待っていてね」と言われて待っていなかったのはボクが悪いんだけど。

 と、ちょっと心の声で不満を吐き出したおかげで、少し落ち着いてきた。

 ホッとすると同時に、改めてここだって危険だよという考えが浮かんで来る。

「クリアお母さん! ランスお父さん! ここは危ないから、速く逃げようよ!」

 僕がそう叫ぶと、クリアお母さんとランスお父さんは顔を見合わせる。

 あれ? 何、この雰囲気?

「丁度いいから、登録していけばいいんじゃないか?」

「そうね」

 そして、クリアお母さんはボクを抱き上げると、神殿の様な大広間の一番奥、ドラゴンの石像が出現した台座の様なところの前まで歩いていくと、立ち止まりゆっくりと息を吸い込んだ。

「コラ、出て来なさいエストグィーナス! 私の可愛いセイルに怪我させて!」

 クリアお母さんがちょっと目を吊り上げて祭壇らしき辺りに向かって叫ぶ。

 はい?

 ボクは呆気に取られてしまった。……うん、にらみ目になっているのが、ちょっとかわいいけど。

 ランスお父さんはヤレヤレといった雰囲気を出している。

 ……。

 しばらくの静寂。

 その間、クリアお母さんはずっと真正面の祭壇の様な場所を睨み付けたままだ。

『それはその子が勝手に転んで出来た瘤じゃ。われのせいではないぞ!』

 突然祭壇の辺りから声がした。

「えっ!?」

 ボクが驚きの声を上げると同時に、石の台座のような辺りにうっすらと人の姿が現われ出した。

 えっ? えっ?

 それはさっきドラゴンの石像が出現した時と同じように、崩れたサンドアートが逆再生で元に戻っていくかの如く形を成していく。

 だけど、形が出来ただけにとどまらず、こんどは生物の様な、行ってしまえば人間のような質感を帯び始めた。

 白く透き通るような肌。

 長く豊かで艶のある金髪。

 整った顔立ちに青い瞳。

 肌よりも白いヒラヒラしたギリシア神話に出て来そうな衣をまとった、16・7歳くらいの少女。

 その姿は、神々しく、まるで女神にも見えた。

 勿論、姿形は違うけど、どことなく転生前に見た薄紫髪ツインテール少女神のパスティエルに雰囲気が似てる気がする。

 その少女は石の台座の上に、ゆったりと足を組み、両手で膝を抱えて、穏やかな表情をその相貌に湛え座っていた。

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