14 エン蔽 (えんぺい)
14 エン蔽 (えんぺい)
何気ない日常のとある日。
ボクは以前クリアお母さんから教えてもらえる約束になっていた文字を覚えるため、クリアお母さんとリビングの円卓で勉強をしていた。
ランスお父さんは出かけている。
今日は一人でケスバ村まで行っているそうだ。
今はボクとクリアお母さんは数字の数え方の勉強をしている。
「これが『7』で、これが『8』、これが『9』ね。セイルくん分かったかな?」
「あい!」
ぼくは元気よく手を上げて返事をする。
この世界も10進法が使われており、基本となる数字は0~9という事になる。
8進法や16進法だったらどうしようかと思ったけど一安心だ。
もちろん、文字が違うのでちょっと戸惑うところはあるにしても、数字を覚えてしまえば前世と変わらない分計算の仕方は同じなのでスムーズに計算することが出来るようになるはずだ。
「良いお返事ね。じゃあ、これはな~んだ?」
「『5』!」
数字は表音文字なので丸暗記。文字は表音文字でもローマ字と同じような音素文字なので基本文字を覚えてから単語の綴りを覚えていくことになる。
「すごいすごい! じゃあこっちは?」
「今習った『8』!」
最初は小さな魔石をおはじき代わりにして数を数える練習をした。
その後は今みたいに数字を覚える段階に入っていく。
後はそれの繰り返し。
流石にアラビア数字とは違うけど、取りあえず0から9までの10個くらいならすぐに覚えられる。
文字は基本文字は兎も角、単語は大変そうだな。英単語の暗記もあまり特異な方とは言えなかったし。まあ、普通程度といったところか。
まあ、それでもあまり早く覚えてしまっても不審がられるのでその辺のさじ加減は上手くやらないとね。
「ただいま! クリア、セイル、今帰ったぞ!」
そんな事をしながら過ごしていると、家の玄関の方から、ランスお父さんの声がした。
「ランスお父さん、帰ってきた!」
ボクはランスお父さんを出迎えに行くため、ボク専用の座面の高くなった椅子からエッチラオッチラ降りて玄関へ向かおうとする。
最初はランスお父さんかクリアお母さんに抱きかかえられて上り下りしてたけど、今では一人でこの通り。
どやー! (赤ちゃん的ドヤ顔。決めポーズ付)
「セイルくん可愛い!」
クリアお母さんには受けが良かったようでなによりだ。
さて、決まったところで玄関へとトコトコと半分走って向かう。
自分でも思うけど、赤ちゃんって初速が結構速いよな。前世では歳の離れた双子の妹の世話をしていたけど、二人で一斉に別の方向にトットットッとって走り出されると追いついて抑えるのに結構苦労したし。そう言えば、二人が中学生くらいになってそんな話をしたらクッションで一斉攻撃を受けたっけか。
「ランス、お帰りなさい」
「ランスお父さん、お帰り!」
「おお、セイル、良く言えたな。んっ? 何をしてたんだ?」
ランスお父さんに抱き上げられて、話しながらリビングまで戻って来る。
リビングの机の上には今までクリアお母さんと勉強していた数字の掛かれた羊皮紙やおはじき代わりの小さな魔石が散らばっている。
「数え方のお勉強!」
「そうかそうか、セイルは賢いからな」
ランスお父さんがボクの頭をクシャクシャと撫でる。
「いっぱい覚えたよ!」
「そうかそうか、将来は大賢者様かもな」
「もうランスったら、親馬鹿なんだから、ふふ」
「そういうクセにしっかり教えているのはクリアじゃないか」
二人がニコニコしながら言い合っている。
ああ、はじまった。この展開はボクを媒介にしての愛の結界魔法!
取りあえず、魔法の発動は夜にお願いします。
「ランスお父さん、疲れた?」
詠唱を中断させて申し訳ないが、あえて空気は無視する。前世でも彼女がいなかったとかひがんでいる訳じゃないぞ。女の子の知り合いは結構多かったからな。妹たち関係だったけど……。
「んっ? ああ、ケスバ村に行って来たからな。ついでにこの辺りの下級の魔物も少し狩ってきたしな」
「じゃあ、セイルくんと一緒にお風呂入ってきたら?」
「そうだな。セイル、一緒に入るか?」
「あい!」
◇
この家、お風呂が有る。
意外と広い。家族三人でも入れる……。時々三人で入っている……。
しかも天然温泉!
こんな森の中で貴重な水なのにどうやってと思ってたけど、どうやらサーベニアさんの魔法の道具の一つで地下からくみ上げているらしい。
集めているのは傍迷惑な物ばかりじゃなかったんだね。
ぼくはランスお父さんに支えられながら湯に浸かっている。
流石にまだ一人だと沈むし危ない。
「よし、セイル、肩まで使って一緒に10まで数えような」
「あい!」
「「い~ち、に~い、さ~ん、よ~ん、ご~お、ろ~く、な~な、は~ち、きゅ~う、じゅ~う!」」
その後はのぼせないうちに一足先にクリアお母さんに引き渡されてボクはお風呂から上がった。
◇
「おっと、忘れてた。ボルファスにサーベニアからの荷物を渡されていたんだった。獲物と一緒に外の倉庫に置きっぱなしだった」
夜。
夕食を終えて、お茶風の薬湯を飲みながらランスお父さんたちが寛いでいると、不意に思い出したかのようにランスお父さんが手を叩いた。
「ちょっと取ってくる」
そういうと立ち上がり、外の倉庫へ向かうべく玄関へと歩いていった。
◇
「何、これ?」
ランスお父さんが箱を持って戻ってきて机の上に置く。
ボクが抱えられる位の箱だ。
ボクは箱を抱え軽く振ってみる。
中からカラカラという音がした。
「セイルくん! 振っちゃダメぇ!」
クリアお母さんが慌てて止めに入る。
「開けていい?」
「開けるのは明日にして、今日はもう仕舞っておきましょうね」
さっさと開けちゃえば良さそうだけど、以前、大音量で鳴り響く魔法道具を夜にあけてしまって止め方が分からずにえらい目に会ったらしく、夜に空けるのは懲りたそうだ。
なので、開けるなら昼間にしているようだ。
だから今日は仕舞っておくようなんだけど、
「ボクもしまうの手伝う!」
以前から気になっていたんだよね。
いつも何処に持って行っているのかって。
「セイルくんが? う~ん、地下室に降りるけど……」
「地下室なの?」
一応当たりは付いてはいたけど、そう言えば、地下の倉庫に入るのって初めてだ。
歩けるようになってから、基本的には外に行くのも家の中でもランスお父さんかクリアお母さんのどちらかが傍にいたから地下の倉庫に一人で降りるという事がなかったし、何より2才前のこの身では階段の上り下りすら、ロッククライミングとかボルダリングとかの世界である。
「そうよ……階段有るけど大丈夫?」
「あい!」
クリアお母さんがサーベニアさんからの荷物を持ってリビングを出て行く
ボクはクリアお母さんの後ろを追いかけていった。
◇
「セイルくんはここで待っていてね」
地下へと続く階段を降りると、そこから廊下が伸びていて、両壁にはいくつかの扉があった。
「なんで?」
その中の一番奥の扉の前で立ち止まる。
「う~ん、いろいろ物が置いてあって危ないから。ねっ、分かった?」
「あい」
そういうとクリアお母さんは一人で部屋の中へと入っていった。
ここで待っていてとは言われてもここまでくるとやっぱり気になるよね。
でも、約束したし……。
しばらく、ボクがクリアお母さんが入っていった扉を凝視しつつ葛藤していると、
一瞬、閉じられた扉の隙間から光が漏れてきた。
何だろう今の光は? ライトボール?
「クリアお母さん、大丈夫!?」
ボクは気になって部屋の中へと声を掛ける。
シーン
でも、扉に向かって呼び掛けてみても返事がない。
あれっ?
こんどは扉を叩いてみる。
シーン
さっきの光ってマズいんじゃない?
もしかしてボクが箱を振ったせいとか!?
ボクは焦った。
背伸びをして扉の取っ手に手を伸ばす。
でも、ちょっと届かない。
思いっきりジャンプしてみる。
よし届いた!
転生の際に薄紫髪ツインテール少女神のパスティエルに能力値を上げてもらっていたおかげで、普通の赤ちゃんよりはかなり身体能力の上昇が速い。
おかげで跳び上がってぶら下がる事も出来た。
取っ手を動かして壁を蹴る。
ちょっとだけ動いて、扉が開いた。
手を放して地面に降る。
それから開いた扉をさらに動かして、中の様子をそっと覗き込む。
薄明りの灯された部屋の中。
そこには、
「あれっ?」
倒れているかもしれないと思っていたクリアお母さんの姿が、そこにはなかった。
「クリアお母さんがいない?」




