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10 幽閉された女王様(8)

さっぱりしている静内はあっさり乙彦を許してくれたらしく、

「じゃあ、また明日。よろしく!」

手を振って分かれていった。

「やはり俺は間違っていたんだろうか」

「認めろ。俺もあれはまずかったと思う」

ため息を吐く。本来であれば藤沖の応援団疑惑や立村の禁断愛疑惑とか、片付けなくてはならないものがたくさんあるのだが、目の前に静内からヤンキー座りの格好で突きつけられた言葉は、最優先課題扱いされてしまう。

「決して、お下がりなんて思っていなかったが、女子にはそう受け止められてしまったか」

「関崎が関崎以外の男子を進めたら誰相手でもそうなる。ただそれ以上に相手がまずかったな。反省しろ」

「いや、本当にあいつは良い奴なんだ。こう言っては失礼かもしれないが、あの彼女にはもったいないくらいの」

「関崎が関崎である限りその迷いは消えない。飯食って風呂に入ってさっさと寝ろ」

一番効果的な処方箋を名倉からもらい、乙彦はとぼとぼ我が家へと向かった。


「おとひっちゃん、電話」

風呂から上がったところで、弟から受話器を受け取った。予想通り立村からだった。

━━関崎か。今日は本当にいろいろ済まなかった。

おそらく、受話器の前で深く頭を下げているであろう立村に、乙彦は一声かけた。

「本当に驚いた」

━━うん、絶対驚くと思った。怒られるのは覚悟してた。申し訳ない。

「いや怒ることはない。本音を言うと俺は嬉しい。早めに教えてほしかった気持ちはあるが、これだけいろんな出来事が続くとそれどころじゃない気持ちもわかる」

━━ロングホームルームでも話したけど、最初は偶然江波から教えてもらったことがきっかけだったんだ。英語科デーってなんだろうって話から始まって、そういえば森宮さんのお父さんが青潟南の演劇部顧問だったんだなって話になって、そういえば青大附属ってビデオ演劇はやってたけど一般的な演劇部ってないよね、とか。世間話がどんどん盛り上がっていった感じ。せっかくだからってことで青潟南高校の演劇部練習方法を観に行ったらみんなものすごく盛り上がって、気がついたらこうなっててさ。

「表現をしたいという話だったな

━━そう。英語科デーではいろんなイベントを選択できるんだけど、たまたま吹奏楽部の人たちは楽器以外の表現を試したいと話してたんで、演奏とか合唱はやめようってことになったんだ。本当はそういうほうが時間もかからないし、比較的スムーズだとはわかってた。けど、やっぱりみんなのやる気が盛り上がっているならその熱を冷ましたくないなというのもあって、台本探しとか、いろいろやったんだ。

「まさか去年こしらえた台本の授業が役立つとは思わなかった。まあ無断で読まれていたのはあまり気持ちいいもんではないが今回ばかりは仕方ない」

━━そうだよな。逆の立場だったら俺もそう思う。本当に申し訳ない。


ひとつ気になったことがある。乙彦は尋ねた。

「最初、片岡の”十五少年漂流記”を取り上げるという話が出ていたようだが、どこが評価されたのかを差し支えなかったら教えてほしい。いや、隣の席で片岡がぼかんとしていたんだ。英語劇自体は構わないと思っていたが、”グレート・ギャツビー”のストーリーが今ひとつピンとこなかったみたいで、血湧き肉躍る作品を取り上げてほしがっていた。あいつは俺の水鳥中学時代の後輩をかわいがっていて、できれば青潟南演劇部に入ったらどうかと勧めるくらいだった。話のネタにしてやりたい」

━━そうだね、片岡の”十五少年漂流記”読んでこれはいいって思ったんだ。本当だったらこういう作品で、青大附高を受験予定の中学生たちに憧れを持ってもらうのがいいんだよな。わかっているよ。あれを選べなかった一番の理由はとにかく人数不足。それと、どの人物演じるにしても、演技力が必要だね。俺の個人的な希望なんだけど、あれは英語劇より日本語の高校演劇脚本にしたほうが生きるような気がする。青大附属では高校に演劇部がないから難しいかもしれないけど、どこかの劇団で舞台化してくれないかなあって思うよ。

乙彦に対しては片岡の脚本大絶賛を続ける立村。

こんなに褒めるのであれば、乙彦ももっと気合を入れて台本作りに勤しむべきだったと反省する。”若草物語”隅から隅まで読み込むべきだった。

「そうか、そんなにすごいのか」

━━そう、それは思う。それでひとつ相談なんだけど。

立村は声を潜めた。

━━明日、キャストを朝礼の時に発表する予定なんだ。うち四名は決まっていて、細々した登場人物は全部テープにセリフ吹き込んで、その時その時で再生する。一番大変なのは音響係の人だな。ただうちのクラスは人数が少ないので、可能であれば音楽委員会の力を借りることできるか相談してみる。あと衣装は規律委員会の担当だから、南雲と東堂に相談しようと思うんだ。

「委員会に頼れるのか」

さすがに英語科デーだと、クラス内で手分けしてやらないとまずくないかとも思う。

立村の笑う気配がする。

「英語劇を行う段階で、クラスだけですべて補うのは無理だってわかってた。過去の英語科デープログラムを読ませてもらったら、やはりどこも英語科は人数不足だから、それなりの協力を委員会や、臨時の英語科デー委員会を結成したりして対応してたしさ。さすがに英語化デー委員会を集めてもらうのはいろいろな理由で無理だけど、委員会は頼りにしたいな。あと、これも可能であればなんだけど、外部生の人たちメインの演劇同好会および中学の演劇部あたりに声かけて、手伝ってもらうのもありだと思う。

「中学だと霧島を通してか」

━━本来ならそうだけど、俺としては霧島を高校校舎にできるだけ近づけたくないんだよな。この前のごたごたもあるから。

もっともな理由である。なお霧島は立村にこってり叱られたのが堪えたのか、高校校舎には近づかなくなった。代わりに立村自身が中学校舎の図書室に足を運んでいると聞く。最近はお互い多忙のため、霧島が品山詣⋯⋯と呼ばれている立村邸訪問⋯⋯を行い、場合によっては泊まり込む。このあにおとうとは、雨降って地固まるを地でいっている。

「そうか、そうするとベストは高校の委員会だな。そうだ、生徒会室で羽飛と更科が喜んでいた。お前が主役演じるなんて実にめでたい、浅野内匠頭からグレート・ギャツビーとは大出世とな」

━━いやそんな大げさな話じゃないんだけどな。学校ではみんなに喜んでもらえていたから、俺の仕事もそれなりに認めてもらえてるのかなくらいは思う。


しばらく英語劇のことばかり話していた。演じることは好きじゃないらしいが、裏方で動き回ることは結構慣れているらしい。

━━でも、森宮さんが高校演劇の話を持ってきてくれて本当に助かった。俺もビデオ演劇の知識だけだったから、さすがにこれはまずいと思ったんだ。もちろん本格的な時間制限ありの高校演劇を行うつもりはないし、せっかくなら青大附属らしくやりたいほうだいしてみたいな。舞台で試してみたいことは結構あるんだ。そこで、関崎に相談なんだけどいいかな。

やっと本音が出てきたらしい。

「俺に頼みたいことがあれば言ってほしい。できる限り答える」

━━片岡のことなんだけど、いいかな。

立村は声を潜めた。親が側にいるのだろうか。乙彦も昨日に引き続き両親が興味深そうに耳を傾けているのを感じる。別に昨日より安全な話をしているので隠す気はない。

「片岡か、どうした」

━━明日、キャスト発表の時に、片岡を指名したいんだ。

「指名ってあいつに演技させるのか?」

無理だ。あいつは時代劇を内川と仲良く見ることはできるが、自分で演じることは無理だ。いやなによりももっと大きな問題があるわけで。

━━事情がいろいろあるのは知ってる。だから舞台に立たせたいわけじゃない。片岡に語り部となるセリフをひたすら朗読させる役割を置きたいんだ。

「立村申し訳ないが、それを片岡に、朗読させるのか。もちろん英語で」

━━もちろん英語。”グレート・ギャツビー”は語り部の思い出話なんだ。その語り部をシルエットで表現したり、台本を呼んでいる姿自体を浮かばせるとか、無理やりセリフを暗記しなくてもできるんじゃないかな。表に出る登場人物の裏で、ひたすら語り部が朗読していく。語り部が、登場人物を操っていく。その思い出に浮かび上がる登場人物がいろいろ演技するけれど、最後生き残った語り部は、これからも漕ぎ続けていく。過去にゆきつ戻りつしながら、おしもどされながら、漕ぎ続ける、生きていく。こんな感じ。

立村の言う事が全くわからないが、「押し戻されながら漕ぎ続ける、生きていく」はなんとなく心に響くものがある。

「実際観てみないと俺には理解できないんだが、要は片岡をその語り部にして、ひたすら台本を舞台で読み上げていく役にしたいってことでよいか」

━━そう。なんで選んだかって言うと、英語科A組で一番ナチュラルに英会話を操れるのは片岡じゃないかなって前から思ってたからなんだ。


クラスに馴染めないから入れてやりたいとか、そういうのではないのか。

念の為確認する。


「立村の意図としては、片岡の英会話能力を買ったということか」

━━そう。前から片岡の英会話のしゃべりは気になってたんだ。英会話メインの塾に通っているという話をどこかで耳にしたことがあって、その影響かなとは思っていたんだ。俺は無難に会話を交わしたり、大人の会話はなんとかできるけど、普通の友だち同士の会話をぽんぽん投げ合うのは正直苦手なんだ。たぶん片岡はボディーランゲージも自然にできるから、話している人は楽しいんじゃないかな。きちんと原稿を朗読するのであれば別の人も提案できるけど、この話の語り部にあたる人は男性だからな。柔らかく話ができて、会話部分もやり取りが自然にできるのは、片岡が一番いいと思ったんだ。けどさ。


立村は言葉を切った。息を整えていた。

━━俺と片岡とはいまひとつしっくりきてない。これからもきっとそうだと思う。もちろん明日、俺なりに片岡へ提案をするつもりだけど、正直すぐにうんといってもらえるとは思ってない。特に演劇有志グループにすぐに馴染むことはできないと観ている。

「そう決めつけなくてもいいんじゃないか。まずは語らないと」

━━そうだね。関崎はそういう考えだよね。俺も本来ならそう思う。けど俺が片岡の立場だとしたら、いきなり引っ張り込まれていじくりまわされるのは辛い。それに、片岡は俺を嫌いになる権利があるんだ。片岡だけじゃなくて全ての人だけど。嫌いになる権利って、大切なことだよ。無理に好きにならなくていい、嫌ってもいい、けど表にはだしちゃだめだよ、これが守られないと、みんな辛くなる。

「嫌いになる権利か。だが、それは逃げじゃないか」

━━いろんな感じ方があるのは承知してる。ごめん。ただ今回に限っていえば、俺は片岡が少しでも居心地良い雰囲気で、無理なく、役割を努めてもらえるとほんとに嬉しい。そこで、関崎が可能であれば、話し相手としてできるだけ片岡に寄り添ってもらえないかなっていうお願いだったんだ。


「もちろんそれは引き受けるが、藤沖じゃだめなのか」

片岡のことをがしがし可愛がる藤沖のほうがよいようにも思う。立村も少しは頭を下げて協力する気持ちを持ってもらえれば。

━━藤沖はこのクラスにいるのが、今、非常に辛いと思う。

言葉を控えるようにして、それでもはっきり言い切る。

━━藤沖と俺が不穏な関係だからみんなに迷惑をかけている自覚はある。このままじゃいけないと思っているし、近いうちに自分なりの決着をつけるつもりではいる。けど、今の段階で江波がいろいろつっかかっているし、そもそも演劇有志グループの面子は藤沖への反発が強いんだ。秋のクラス委員改選までになんとかしたいんだけどな。

「お前が仲直りしたいと言い出せば丸く収まるんじゃないか」

━━ごめんどうしてもそれはできない。

やはり立村は頑固だ。羽飛が頭を抱えている姿が目に浮かぶ。

「こればかりは感情的な問題なので誰の指示も受けない。ただそれじゃまずいなという気持ちはあるよ。幸い、一番大きなトラブルの元はなくなったので、俺ががまんすればいいのかなという気はしている。関崎には申し訳ないけど藤沖とはしばらくこのままが続くかなって思う」


大きなトラブルの元、すなわち杉本梨南のこと。

彼女が山の上の学校に飛び立ってくれたので、もう立村がぴりぴりして杉本を守る必要はなくなった。同時に藤沖がわざわざ彼女の悪口について角を出し嘘で塗り固めようとしなくてもなんとかなりそうな気はする。

乙彦もこの件は全く縁がないわけではないので、それなりに対応スタンスについて悩んだが藤沖が「今ここにいる」渋谷名美子を守るている以上”命”を守るため優先せざるを得ないという結論に達した。

杉本梨南の不名誉な情報を取り消さなくても、葉牡丹の花は山の上で守られる。だから、青潟で苦しんでいる人を守る。それでいい。


━━ごめん、明日、朝礼で俺が手を挙げてキャストの件伝える。その時片岡が泡を食ってたら、フォローしてもらえるとありがたいな。それと片岡の自宅はいろいろ難しい事情があると聞いているので、一緒に入っていける関崎から片岡側の要望を教えてもらえると、演出する立場としては助かる。確か、片岡はうちから毎日お迎えが来るんだよね。そうすると練習する時間も作りにくいしな。ひとりでできることをお願いするしかないかなって。


立村が急ぎつつ電話を切ろうとするのにまかせ、乙彦は振り返った。

「おとひっちゃん、さすがだな」

にこにこ、父が頷いている。

「仲直りしたいと言い出せば、丸く収まる。そのとおりだ」

━━それだったらいいんだが。


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