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10 幽閉された女王様(6)

━━明日、俺は藤沖の顔を平常心で見ることができるだろうか。


「関崎、まだ話続くけど、大丈夫? 一曲歌う?」

「大丈夫だ。そのまま話してくれ」

頭の中が麻痺しているなか、静内の説明を聞いた。

静内はとうとう、葉牡丹の少女の名前を口にした。

名倉はただ黙って乙彦を見つめている。


「この件だけど、今の段階では暴露する気ないよ。名倉と相談したんだけど、今は被害者の杉本さんがいない。あんたのことだけ想い続けてきたけれど、学校側の意向で山の上の学校に閉じ込められてしまい、もう家の学校では何を言われても何を罵倒されても届かない。反対から見れば、その山の上の学校内で大切に守られているから安心ちゃ安心よ」

 ━━そういう見方もあるのか。

 何もしてやれなかった葉牡丹の少女、杉本梨南の記憶をちらと思い出しすぐに消した。楽しい記憶は全くない。

「さっき話したこととも重なるけど私たちには時間がない。いわゆるコネ入学疑惑についてもそれは学校側の方針もいろいろあるって話だし、正直私たちの貴重な授業料を無駄使いしてって突っ込みたいけど、我慢はできる。けど、B子さんの件だけは絶対に許せない。被害者がいるのよ。被害者側の要望は絶対に飲んでもらわなきゃいけない。そのことだけは絶対に譲らない。この前学校に顔を出して賑やかそうにしてたけど、もしあの古川さんが」

 とうとう静内も古川の名前を出し始めた。

「評議委員会につらっと現れたら、一言二言嫌味を言うなり、周りの後輩たちに皮肉めいた噂話でも流してやろうかと思ってたのよ。名倉と違ってこそこそパターンだけど。学校側はこさせないことで古川さんの命を守ろうとしているし、それはOK。だったら徹底的にもう二度と足を踏み入れさせないようにすることが大切。まあ謎のアジビラだったっけ。あれは予想外だったけど、少なくとも私たちと同じ価値観を共有している人がいることはわかったよ。あとは大人の範疇。親と学校が解決すればいい。私はただA子の立場になる人がこれ以上傷つかないように、そして経済的に安心してくらせるように、手助けをするだけ、青大附属高校生徒会の意思が”命”を守るのであれば、古川さんがこの学校を去るだけで解決するはず」

「静内、さすがに人の悪口を言うのはやめろ。自分を汚すだけだ」

「このまま古川さんが来なければ、私も自分の口を汚さないで住むけどね」

 さらっとした言い方はいつも通り。だが、静内は止まらない。古川こずえに対する憎しみがどこから湧いてくるのだろう。去年の学校祭でフレンチカンカンを強制されたことが恨みなのだろうか。


いやそれだけではない。

静内が許せないのは、他人を不幸にする人間だ。

決して古川こずえの全責任ではないにしても、被害者の金でゆうゆうと私立高校で下ネタ女王様として君臨することが許せないのだ。

話し合いをすればきっと解決すると、いつもの乙彦の主張を通したいが、残念ながら今は出来ない。


「この件はどんでん返しがなければ予想通り一学期で古川さんは退学するはずよ。関崎に話したかったことは一点目ここまで。次に二点目だけど、関崎やっぱり、一曲歌いなよ」

温かい思いやりに感謝しつつ、乙彦は静内のおはこであるシャウト系の曲を選ぶことにした。喉をいためないように、普通の発音できれいに歌うことを心がけた。


「さあ次だなんでもこい」

もうやけだ。とことん聞いてやる。歌ったあとの無敵感はやはり最高だ。

「わかったいくよ。二点目は名倉が話してくれた、ほら、うちのクラスの担任のこと」

とうとう来た、野々村先生と立村の交際疑惑の件だろう。といってもすでに立村と革命軍は話し合いを行い和議にこぎつけたはずだが⋯⋯。

「立村くん、だったよね。あの語学の天才で規律やってる人」

「お前らが言う、俺と縁のあった女子を心底大切にしている奴だ」

乙彦側も隠すことはない。言いたい放題情報を提供してやる。

「話進んでいるんだね。早い。それならいくよ」

 古川こずえについての罵倒をしていた時とは違う、やわらかな表情が静内に浮かんだ。


「関崎も知ってたと思うけど、うちのクラスの担任が立村くんを追いかけ回していた件について。あんたにも話したけどまあすごかったのよ。ただ、三月までは、関崎のことを思っていた杉本さんを全力で守り続けていて、野々村先生が割り込む隙はなかった。これは私達も把握してた。けどさ、生徒会側からいろいろと噂が聞こえてきたのよ」

「立村に対してか。誰かと歩いてたとかそういうことか」

「違う。なんとなく性格が明るくなったんじゃないかとか彼女ができたんじゃないかとか、まあその、いわゆるいろいろな経験があったんじゃないかとか。彼にとってはプラスの情報だけど、周りの人たちの会話にはなんとなく陰りがあるわけ」

「なんだその陰りとは」

「そうね、杉本さんをあれだけ好きでいたくせに、卒業したらすぐに新しい相手を見つけたんじゃないかとかいろいろなこと。彼の親しい友だちからそういう声が上がってくるんだから、相当なものだったのかなと私は思ったわけ」

━━確かに俺もそう思う。

言いかけるも飲み込む。

「それに輪をかけて、うちの担任が激しいアプローチをしているわけよ。うっとおしいったらないけど、恋愛の自由は否定できないし、チャンスがあれば突撃してみようと決めた。それが四月上旬のこと」

名倉に目で合図すると、返事がきた。

「例の生徒会お茶会のあとだ」


「あとは名倉が話してくれた通り。たぶん立村くんと吹奏楽部の有志たちが英語劇の話を図書館でしてたんだろうね。野々村先生が割り込んでお手伝いしようとして、断られたけどめげない態度で顰蹙買って。生徒同士だったら自業自得と笑えるけど、2年C組の担任だからね。これはまずいと二年C組評議委員の意識が発動したの」

「発動、か」

名倉が口を挟む。

「違う。チャンス到来とわくわくしていたぞ」

名倉の言葉は正しい。

「結構きっぱりと断っていたから、立村くん本当に関心なかったんだろうなとは思った。けど野々村先生は完全に女子のお顔に戻ってて、2A吹奏楽派閥の女子たちを敵だと認定するような発言をしだしてね。これは2C女子評議が入るべき案件と判断したのよ」

静内が判断したからそういうことなのだろう。青大附高生徒会副会長にはその基準がわからない。

「立村くんには関崎が生徒会室で呼んでいるっていう全く怪しまれない嘘で、名倉と一緒に図書室から引っ張り出したわけよ。素直についてきたわね。誰もいないところに来てから全身全霊で感謝されたわよ。もうこっちが退くくらいに」

「本当に退いてたぞお前」

笑いをこらえるように名倉が相槌を打つ。静内も爆笑しながら語る。

「いや、ほんと、いろいろ関崎から話を聞いていたし、前のクラスの子から男子としてどうよって噂もいろいろ聞いてたし、判断に困る人だなあとは思ってた。杉本さんのことをあれだけかわいがっているのになんで清坂さんと付き合ってて、別れたのにお友達づきあいしているなんて、謎な関係だなあとかね」

━━誰もが同じことを思うはずだ。

「けど、立村くんと話してみてよっくわかった」

静内は腕を組み、うんうん頷いて続けた。


「あの人、要するに杉本さんが自分らしく生きられるよう心を砕いていただけだったんだね。自分のことはどうでもよくて、大好きな人のためにはどんな常識はずれな犠牲でも払える人だから、大量の伝説が生まれてしまったんだね。いやあよっくわかった」

「立村が良い奴だということを理解してもらえたのは、友人として嬉しいが、そんなにあいつ伝説持ちなのか」

なんとなく静内の言いたいことはわかるが、大量の伝説というのが気になる。静内は乙彦の質問をあっさり無視した。

「とにかく立村くんに感謝されまくるわ、杉本さんのことでは私が命の恩人みたいなこと言われるわ、お礼に英語関連の質問と内部生問題で困ったこと合ったら対処するとか言われるし。ここまで君、大盤振る舞いするのはなぜ?って質問したいのを必死に耐えながら、ああでも、やっぱりお願いしたわけ。それがこれ」

静内はカバンから採点されたテスト用紙を取り出した。

名倉と同じ、英語の実力テスト結果だが、なんと四十五点。

━━静内大丈夫か、英語の単位落とすんじゃないか。お前別のことを心配すべきじゃないのか。

静内はテストに記された、いかにも和歌を書いたほうが良さそうな文字を指さした。名倉のテスト用紙のものと同じく実に詳しい。あとで乙彦もメモらせてほしいと真剣に思った。

「一瞬のうちだったよね。全部チェックしてくれてここを直せば点数取れるとか、学校側はこういう回答を求めてるから寄せたほうがいいとか。もうびっくり。世の中本当に天才っているんだなって思ったよ。私本当は、立村くんに関するいろんな疑惑を調べようと思ってたけど、今のところ現状維持にすることにした」

「ありがたい。立村がなにかそういう問題で吊るされるのは友人として非常に辛い」

「関崎は本当に関崎だね」

 名倉と顔を見合わせて笑った。


「まず、野々村先生との関係疑惑、あれは真っ白。あれ誤魔化しようないよね。ただの杉本さんに恋い焦がれている男の子だよ、彼」

 頷くのは名倉。立村の本質を素直に認識する外部三人組。間違いない。

「私、別に杉本さんとつながりなんてないのに、少しでも情報が入ったらすぐ教えてほしいとか、杉本さんが困っていることがあったら教えてほしいとか、とにかくすごい、まくしたてるのよ」

名倉がまたうなづきながら、相槌を打つ。

「怖いくらいにな」

乙彦も共感する。

「それだけじゃない。私もびっくりして、つい誰かに杉本さんの連絡先確認して教えようかって提案しようとしたのよ。つてはあるから。評議だし。けど、立村くんとんでもないって顔で断るのよ。なんでかていうと、杉本さんは約束を大切にする人だから、もう会わないと一度でも約束したら守らないといけない。杉本さんを傷つけてしまう。彼女の望むことを叶えるためであればなんでもするけど自分が出しゃばることはしたくないとか。そのまんまじゃないけど、だいたいそういう話ね。私、もうどう返していいかわからなくなって、つい、わかりましたって答えたわよ。そうしないとこの人離れないんじゃないかってくらい、食いついてくるのよ。名倉、見てたよね」

当然のように名倉は三度目のうなづきを返した。

「静内、俺も同じことを言われた。とりあえず、英語は教えてもらえるという話で決着がついたはずだ」

━━結局立村を語学学習機として利用することで、手打ちしたな。名倉、静内。次の英語の試験の結果で俺も判断するぞ。


「あともうひとつは名倉にも話したけど、コネ入学問題の回答がいろんなところから入ってきているから、いったん様子見。年度によって入学基準が変わっているのは盲点だったから仕方ない。とりあえず、立村くんが中学入試で十五分間しゃべりつくしたという”グレート・ギャツビー”の英語劇を観てからでも遅くないなっていう結論よ。同じパターンの入学者は他にも、絵画で有名な金沢くんもいるし、その編は判断が難しいなってこと」

ここでいったん静内は息をついだ。

「けど、うちの担任の件は、片付いてない。もう少し調査するわよ」

━━俺も、野々村先生と立村の件だけは、一度きちんと話をしよう。

静内にマイクを渡した。もう一曲歌うように、促した。

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