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10 幽閉された女王様(1)

もっとクラスにしっかとコミットしたかったのだが、江波たち⋯⋯2A演劇有志グループ⋯⋯から、

「関崎は生徒会でしっかり活躍してこい!」

と押し出されしかたなく生徒会に足を運んだ。すでに情報解禁されたのか、すれ違う生徒たちがみな「英語科デー」とそれに伴う情報をやり取りしている。

「さっき聞いてめっちゃびっくり! あの立村がだよ、あの昼行灯の役立たずがさ、英語科で藤沖くんをいじめてるって聞いてもう唖然。本条先輩の弟分だからって、何様のつもりなんだろうね」

「そうそう、裏口入学してるくせにさ、ただの語学馬鹿だって先生たちも陰でいろいろ言ってたよ。本当はこの学校にいれるべきじゃなかったのに、めんどくさい理由があったらしいよ。あまり言えないことらしいけど」

「2Aはあいつに洗脳されてるって、麻生先生も頭かかえてるんだって。二年の先輩たちも困ってるよね」


階段を登りながら気づく。なんと今盛大に立村の悪口をしゃべっていたのは今年入学した一年生のはずだ。制服が真新しい。一言、嘘八百を言い放った罰を規律委員会に報告し、違反カードを十枚くらい切ってやるのが正しいと思う。

━━立村は心底、女子受けが悪いんだな。

後輩女子に呼び捨てされるくらいなのだ。

藤沖をいじめているという大嘘まで流れているとはたまったものではない。

いろいろあるにせよ、立村に洗脳されている「らしい」2Aは平和なのかもしれない。藤沖と江波の不和こそあるものの、少なくとも立村を吊るし上げるようないじめは行われていないはずだ。


「関崎くんどうだった? なんかA組すごいことになってたよね」

すでに名倉がひっそりテーブルの隅に腰掛けていた。その脇にはいつものように阿木が陣取っている。追い払わないが話もそれほどしない。それでも阿木は満足しているようで、にこにこ笑顔を振りまいている。まだ更科・難波は来ていないが、羽飛がいる。

「そうなんだよ、あの、俺たちがあれだけ手を焼いていて世話してたあいつがだぞ、とうとう演劇の主役を自分から受け入れるようになったなんて、俺と美里ふたりでマジ泣きしたぞ」

「会長はどうしたの」

「相変わらず職員室だけどな。まあいろいろあるわな」

 ━━古川のことか。

ここには名倉や阿木など、古川のアジビラ事件を知らない人間が二人いる。あえて気づかれないような言い方をしているのだろう。今回は2A英語科・例のあれという大報道があるわけで、そちらに意識をそらしているのかもしれない。

「いやあそれにしても、さっき話聞いたけどほんと驚いたよ。だってあの立村くんがだよ。先輩たちにカラオケ誘われても絶対マイクから逃げる立村くんがだよ。いくら自分で書いた脚本の内容に思い入れあるからっていっても、普通その主役受けないよ。いやあほんと、なにか彼あったんじゃないかなあ。新しい彼女とか」

━━まさか、野々村先生か。

頭から打ち消す。年上の恋人に救われたなんて話は考えたくもない。だが今日の堂々たる振る舞いを、色っぽい話題で怪我したくないという気持ちも正直働く。

「さっきのロングホームルームでは実に堂々たる態度で、今回の英語劇に関する抱負を語っていたが」

「どんなことだよ」

かいつまんで伝えてみる。難しい。

「俺もすっかり忘れていたんだが、一年の五月頃に英語科限定の特別授業で、オリジナルの脚本を書くというものがあったんだ。英語で一時間ものの舞台脚本をこしらえるってのがな」

「さすが英語科」

「書き上がった脚本は、英語科の先生がたが将来の活用を前提に保存していたらしい。そのことを立村がたまたま覚えていて、演劇有志グループの連中と手分けして読んだところ、自分の書いた”グレート・ギャツビー”を発見。演劇有志グループ一同、みな感動雨あられで上演に向けて前のめりになったらしい」

「”グレート・ギャツビー”ねえ。それはそうだよ。立村くんだって一発でわかる」

「だが、内部生にとってはこの話、悪夢の英語長文課題と言われるくらいの悪夢だときいたことがある」

「否定はしないよ。私も泣いた口」

 羽飛も大きく頷いた。

「うちのクラスには青大附中3年D組自動翻訳機立村様が鎮座ましていたので、何も考えず訳文コピー」

 阿木は大爆笑した。わけわからぬ顔をしているのが名倉だが何も話さない。

「いいよねえ、うちC組だったからその恩恵受けられてないよ」

「一応ストーリーは把握してるんだ。立村が班ノートとか、そのたいろんな機会で”グレート・ギャツビー”を絶賛する感想文書いたりしてたからな。けど、一時間も舞台持つ話なのかよ。やたらとアメリカのエリアがああだこうだっつうよくわからんこだわりと、あまり頭よくなさそうな女を執念深くストーカーすれすれの行動で待ち続ける悲惨な男の話としか思えねえ。それもそういうラブストーリー部分は本の一部。だから退屈すぎたんだよ。俺は立村と違って文学の頭なんてねえよ」

羽飛に話の腰を折られたのであとは一気にしゃべる。

「ただ、さっき羽飛にも話した通り、例の生徒会お茶会後に英語科デーの実施されるという噂が吹奏楽派閥から流れた。俺たちは英語科デーというイベント自体、初めて聞いた。吹奏楽派閥以外の連中は誰も知らない。たまたま立村は吹奏楽派閥のひとりから噂話を聞いて足を突っ込むはめになったようだが」

「ああ、江波と疋田だな」

「そうだ。またその吹奏楽派閥の中にはひとり、青潟南の教師をしている親を持っている女子がいる。今回の件の切り込み隊長で、立村主演・演出・脚本の三点セットで熱く推薦しまくった。親が青潟南の演劇部顧問なんだそうだ。英語劇をやるために必要な情報をあつめようと、吹奏楽派閥プラス立村と、おそらく疋田とセットで、その顧問教師と直接会い参考に話も聞きにいくと、とにかく熱意が半端ではない」

「うちの学校、教師の子どもそういやあ多いね。A組にいる人だと、吹奏楽でホルンやってる森宮さんかなあ。あの子あまり目立たないけど」

「いや相当、昨日は目立ってた。怖い女教師といった雰囲気で麻生先生を追い立てまくっていた。それで、立村がいうには、吹奏楽派閥一同は、青大附中伝統の”評議委員会ビデオ演劇”ではない”高校演劇”を求めていたらしい、とのことだった」

「本条先輩肝いりの、あのビデオ演劇ではなくかよ。あれを否定して前に進むとは、くうう、立村まじ成長してるよ」

「ほんとうに」

 阿木にまで言われてしまっている立村が哀れだが、乙彦は英語科2Aで起きた出来事を正しく伝えたいのでそのまま話す。

「立村は英語劇というこだわりは最初持っていなかった。吹奏楽部派閥が言うには、とにかく自分らがなにかを表現したいという熱を持っている集まりだったらしく、あいつの性格上、それになんとかして答えたかったと話していた。たまたま森宮の縁で高校演劇に触れることができて、英語が好きな集まりで、表現もしたい、演劇も好き、であれば英語劇をやろう、そういう風に一週間でまとまったと」

「一週間か」

突然名倉が呟いた。どきりとするが今の話は立村の”グレート・ギャツビーへの道 序章”だ。

忘れないうちにさらに続けよう。

「ただ麻生先生は反対していた。英語科のクラス人数が他クラスと比較して少ないことも影響しているが、それ以上に立村の演技能力や、まあいろいろなあいつに対する感情的なものが関係していたらしい」

「ひしもっちゃん相手にしてることと同じこといまだに麻生先生相手にしてるんだな、奴は。全然成長してねえな」

「全く」

また阿木がため息を吐く。笑いたいがこらえる。

「ただ2Aのメンバーは立村の英語劇をやりたいという情熱に飲まれていた。もっともあいつも最初から”グレート・ギャツビー”を選ぶつもりはなく、片岡が書いた”十五少年漂流記”を念頭に置いていたらしい。いわゆる”二年間の休暇”だ」

「”グレート・ギャツビー”より英語的なトラウマ度低そう」

「控えめだが立村なりに片岡の脚本を絶賛していた。ただ、十五少年ということは演じる人間が大幅に足りない。立村が言うには、もし”十五少年漂流記”を上演する場合には、俺や藤沖が役者としてどうしても必要になる。しかしふたりともいろいろな事情があり一学期は忙しい。とてもだが英語劇に関わっている時間はない。特に藤沖は応援団を育てている真っ最中だ。そんなわけで評議の藤沖としては、吹奏楽派閥に全部押し付けてもいいという判断をしていた。立村のやる気があれば、英語劇をまるごと任せられる。きっと藤沖は立村に対して、いくばくかの信頼もしているはずだ」

「信頼?」

隣の名倉と、羽飛、阿木が同時に呟いた。無視する。

「そうだ、藤沖と立村との間にはいろいろなしがらみが残っている。だが、クラスのために尽くしたいという気持ちは一緒なはずだ。いくら応援団で多忙とはいえ、藤沖だって本当であれば精一杯クラスに尽くしたいに決まっている。それができない現状で、藤沖の代わりに同じ力量の元評議委員長が立ち上がり、クラスの、こういったらなんだが2Aの巨大派閥・吹奏楽部員を率いている現状、これは頼るしかない」

「俺からしたら、ただ立村に藤沖がめんどくさいこと押し付けているように見えるがまあいいや、関崎話進めてくれ」

羽飛の立場だとどうしても立村びいきになる。わかっていることである。

「”十五少年漂流記”を思い切りブラッシュアップして、登場人物を減らし、演出方法を工夫し上演してはどうかと、麻生先生も身を乗り出した。ここから麻生先生の立ち位置は、英語劇を肯定するという方向に切り替わった。かわいがっている片岡の作品を立村が評価したので、この機会になんとかして片岡の背中を押してやりたかったんだろう。だが、立村はがんとして折れなかった。”十五少年漂流記”は英語科デーというやっつけ仕事ではなく、夏休みをたっぷり使って準備しきちんと上演すべき価値ある作品と言い切った」

「んで、”グレート・ギャツビー”かよ」

「そうだ。立村が自分で書いた”グレート・ギャツビー”の台本を提案したのは決して自分の好みを押し付けるためではない。2年A組連中の一学期負担を減らすためのつなぎであって本舞台ではない。英語セリフはてんこ盛りだがあの立村だ、ほぼ丸暗記でいける。さらに作品理解も小学時代からの筋金入りで問題なし。主役を決めたりセリフを覚えさせたりの手間が立村に任せられる。さらに演出もやってくれる。これだけでもだいぶ楽だ。何度も言うが今回の英語科デーで上演する目的は夏休み、いや二学期以降英語科A組の連中が自分のやりたい表現を見出していくための”リハーサル”だ。そのためには自分が恥をかいて主役やったり演出や脚本でうるさ型から文句言われるのも全部飲む。自分が吹奏楽派閥プラス何名かを率いてやるのであれば、麻生先生や俺たち参加できなかった奴らの責任転嫁はされず、あくまでも立村個人の責任になる。あくまでも2A連中の実験台、モルモットになるからどうかやらせてほしいと切に訴えた。それだけではない」

「なんかあいつのことだからなにか爆弾しかけてそうだな」

「ほんとうに」

阿木は別クラスなのになぜ立村が絡む話題だと、不安に共感するんだろう。

「圧巻だったのは次だ。うちの2Aに評議がひとり不在ということもあって、業務が滞っている現状を踏まえ、吹奏楽派閥を演劇部有志グループとして呼び代え、評議の手が回らないところを有志グループで手分けして対処すると言い出した。期間は3ヶ月。夏休みをめどにしている。それと揉めに揉めていた女子評議の代行を疋田にするよう立村が要請し、藤沖採決のもと、全員可決で受け入れられた」


「あのなあ関崎、ひとつ聞きたいんだが」

羽飛が遠慮しながら、乙彦を覗き込み尋ねた。

「お前さんの話を聞いている限り、立村を推している奴って、江波を代表する吹奏楽派閥だったか、そいつらだけじゃねえな」

「立村は誰にでも心遣いする人間だから当然他にもいるに決まっている」

「いや、吹奏楽派閥で立村の脚本を絶賛したの、森宮って、女子だよな」

「ああそうだ。立村が恐縮するほど褒めていた」

「ついでなんだが、なんだ、演劇部有志グループの中に女子どんぐらいいる」

「三人はいたはずだ。グループ外の女子も今回に限っては立村に好意的だった」

ふと気づく。英語科の女子は少ない。宇津木野がイタリアに転校し、古川がアジビラ騒ぎで休んでいる現状、ほぼ全員と考えてもいいのではないか。

 羽飛が目頭を抑える仕草をした。阿木もうんうん頷いている。

「奴の女子受け問題、解決しつつあるってことかよまじか。これ美里に報告してくるわ。いやな、俺たちの中学時代の苦労が二年越しで報われようとしているってこと、今の美里には何よりものご褒美になるわな。職員室にまだいるか、いたら連れてくる」

腰を浮かせかけ、また座った。羽飛が阿木に話しかけた。爽やかな表情を浮かべた。乙彦ではない。ということは内部生向きのネタなのか。立村に関する話題については、内部生と同様の情報がほしい。


「いやめでたい、これであいつの頭にくる噂のひとつは消えるような気がするんだ」

「なんだそのあいつの頭に来る噂ってのは」

「あいつさ、理数系が全滅してるだろ。それも半端じゃねえレベルで。だからいろんな噂があったんだよ。ほら、コネなんじゃねえかとか、ズルしたんじゃないかとか」

「けどA組じゃあなかったよね」

 阿木がさらっと述べる。本当は名倉の前でそういう言葉を発してほしくなかったが、最近はもう諦めかけている。きっと乙彦が知らないところで阿木や泉州がコネコネしたネタをいっぱい差し出しているのだろう。取り捨て選択は名倉に任せるしかない。

「そう、だからコネ組A組じゃねえんだよあいつ。きっと語学の才能で拾ってもらえたんじゃねえのって言われてるが、ここで落とし穴があるんだよ」

「何何それ」

 阿木ののりのりに羽飛も口が軽くなったらしい。

「中学校の入試って英語がねえんだよ。だからあいつの才能をひけらかすことがどうしてもできないってわけなんだ」

「う、それは逃げられない」

━━ちょっと待て、ほんとに待て。これだと立村はどう考えても。

相槌が打てない。名倉は無表情のままだ。


「いやそうなんだよ。けどな」

羽飛が人差し指を右左とゆらすようにして話をひっぱった。

「俺たちの代の入試って、面接ってのがあったんだよ」

「そうだ、確かに!」

「それでいくつか伝説が残ってるんだよ。まず、我らが青大附属のシャーロック・ホームズ難波。あいつは中学入試面接でシャーロキアンぶりをばりばりに発揮したらしい。結構喋ったってたな。五分程度か。それでも長いよな。ただまあ、難波の場合は成績もよかったから特に疑われなかったと」

「あ、話が見えてきた。そうすると第二弾が」

「あたり。立村は面接で、かの”グレート・ギャツビー”について延々と語りまくってきたらしい。もちろん面接だからどんな内容なのかはわからねえよ。ただ本人申告だと、そのネタで十分以上十五分程度、面接官にストップかけられるまで喋り続けていたらしい。なぜ十五分という区切りがあるかというと、面接って長くても十五分で終わるんだよ。つまりほとんどそれでうまったっつうこと」

「けどひとりで思い込みを喋り尽くしただけって説もなくない?」

「わからねえ。ただ、このネタが中学時代から、かなりいろんなところに流れているんだ。先輩や後輩、先生方までたまに話題になるみたいだぞ。さらにあいつ、中学三年夏の自由研究で一足お先に”グレート・ギャツビーの後編を訳して提出してるんだよ。ありえねえだろ。いまだにあの話わけわからねえぞ。それなのに十一か十二のガキだった立村が、思い込みいっぱいに十五分くらい喋るってのがよ」

 そういえばと思い出した。森宮も立村のグレート・ギャツビー伝説を知っていた。

「なぜ立村はその”グレート・ギャツビー”のめっているのかが俺には謎でならないが、それ以上に、中学入試面接のネタがいまだに引っ張られるのか、それがわからん」

「だってなあ、立村が青大附中に受かったのってそれしか考えられねえだろ。国語と社会満点だったとしても理科がまあ、五十点取れたとして、算数0点だったら普通落ちるぞ。あいつの逆転技が決まったとすれば、面接なんだよ。まじカセットテープとか保存されてねえかな。リアルでその話聞いてみたいしな」

「俺も同感だ」

「私も」


名倉がつついてきた。目線でお暇の合図とすぐに気付いた。

「そういうわけで申し訳ない。今日は失礼する」

乙彦は名倉と一緒に廊下に出た。窓辺から日差しがやんわりと落ちている。

「お前に話しておきたいことがある。いつもの公園に行こう」

「名倉、まさか」

「現実が仕掛けを余裕で凌駕している」

 聞こえるか聞こえないかの声で、名倉は囁いた。

「もしかしたら利用されているのは俺たちかもしれない」


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