1 境目の春期講習(8)
泉州が現れたのはすぐ直後だった。
「みなさんおそろいねえ、早いよねえ、あ、私は水筒あるからいいよ。ずいぶん盛り上がっていたねえ」
強い香水の匂いに皆顔をしかめつつも、泉州のために阿木の隣へ席を用意した。ムードが生徒会というよりも別の世界に変わったような気がする。
「とりあえずこれ飲むか?」
挨拶代わりに羽飛が野菜ジュースらしきものを勧める。
「すっごく美味しいよ!」
清坂も口添えする。泉州が阿木の顔を見て次に更科と乙彦の様子を見やり、
「会長の好みとは多分合いそうにないからいいわ、それよりあんたたち、ここでのんびりしている間にも大変なことになってるけどいいの?」
いきなり真顔に戻った。自分で持ってきたという水筒からお茶らしきものを注いでごくごく飲む。
「泉州さん、それってなに」
更科が尋ねた。
「もう凄まじいくらい、この前の話が学校中で噂にになってるんだけど、なんでばれたの?」
「マジかよ!」
羽飛が素っ頓狂な声を出す。隣の清坂も不安げに泉州の顔を見た。
「私がさっき、女子トイレで聞いたときは佐賀さんと新井林が別れたってことと、原因は佐賀さんが霧島と浮気したことが原因だったって。霧島は利用されただけだって。ついでに会長へ新井林が告白したこともみんなばれてるよ」
「うっそでしょ? だってあの場所には生徒会と可南の人たちしかいなかったじゃない?」
清坂が、呆然としてつぶやく。冷静に泉州が続けた。
「聞いたことしか話してないけどね。みな、詳しく聞いてるよ。私がいても気にしないって感じで話しているよ。それに、噂の出処も全く検討つかなくってさ。とにかく、みんな、あのふたりが入学する前から詳しい事情を、知ってるってわけなんだけど、それでいいわけ? 私達はどうでもいいけど、会長さんはいろいろと先生方から圧力かかってるだろうし、どうするつもり?」
責めるでもなく、面倒臭そうに言い放ち、泉州はまたお茶を手酌で飲んだ。
更科が尋ねた。
「それ、今日の話だよね」
「そうよ」
「その噂、霧島が被害者ってことで伝わってるのかな」
「よくわかんないけど、佐賀さんすっごい悪女扱いされてるね。かわいい顔してまあ、実は男ったらしだったんだねって」
「新井林については?」
「どっちもどっち、浮気しちゃったらしょうがないよねって。ただ、片思いの相手が清坂さんというのはみなびっくりしてたみたいねえ」
ちらと、泉州は清坂の様子を伺う。
「そこまで噂になっちゃってるんだ、早すぎるよね」
「しょうがないよ。中学時代は佐賀さんも生徒会長らしく振る舞ってきたけど、女子はそういう業績よりも違うところで評価しちゃうからね。誰にでも擦り寄ってとか浮気とかしてるのであれば、軽蔑されるのは避けられないでしょうよ」
「まあそうだ、美里。ちょっと先に足すくわれたってとこだ、どうするよ。まあ飲め」
清坂に問いかけつつも羽飛は謎の野菜ジュースを更に注ぐ。
「そうかあ、どうしよう。今の段階で噂が広がってしまったとなると、これから一年生が入学してきた時にどういう扱いされるかは目に見えてるよね。佐賀さんも、新井林くんも、色眼鏡で見られることになるよね。噂打ち消すにも」
「ある程度は事実だからな」
思わず乙彦もつぶやいてしまった。全員がこっちを見る。
「全くの嘘であれば申し開きもできるだろうが、佐賀と新井林の一件はほぼ真実である以上ごまかしも聞かないだろう」
「いやそれはわかってるって!」
羽飛が混ぜっ返す。
「けど最初っから、いじめられるネタになるようなもん背負ってきた一年生をこのままにしていいもんかとも思うぞ。今までの事情からすると言い訳たって無理だろ」
「言っとくけど、これは会長や羽飛をはじめとするみなさんが面倒見る話、って聞いてるから私達生徒会役員は口出しするつもりないけど。それだけは確認しとくよ」
ね、と阿木に同意を求めつつ、泉州が問いかけた。清坂もお代わりのジュースを半分飲みながら、
「そうね、それは承知してる。ちょっとごめん、お腹痛くなっちゃった、保健室行って薬もらってくるね」
立ち上がった。ふらふらしながら生徒会室を出て行く清坂を見送りながら、更科が乙彦にだけ聞こえるように囁いた。
「なんでばれたんだろう。不思議だよ」
──まったくだ。
たぶん生徒会関係で誰か口軽い奴がぺらぺら喋ったんだろう。犯人か誰かだいたい見当は付いているがあえて乙彦は言わなかった。