7 どんでん返し(9)
立村とのやり取りを怪訝な顔で様子伺いしていたのは藤沖だった。
「おい、どうした」
「なんでもない」
短いやり取りであしらおうとすると、後ろの席から肩を軽く押さえられた。
「何でもないならそんな深刻な顔をしないだろう、困っているなら言ってみろ」
別に困っているわけではない。むしろ今回のことで頭を抱えることになるのは藤沖のほうだろう。静内が話していた通り、職員室で懸命に古川の居場所を尋ねていたとすればだ。
「特に何かというわけでない。ただ」
「ただなんだ」
「藤沖も仕事を手分けしたほうがいいんじゃないかとは思う」
できるだけ角が立たないように伝えたつもりだった。
「おいどういうことだ。お前もまさか」
「悪い意味で言っているんじゃない。正直どうなんだ。応援団のほうは」
水を向けてみる。
「心配してくれているようだが、無事新入生が入ってきている。ついでに言うと俺たちの代も増えつつある。やはり求める奴はいるものだ」
ここしばらく様子を見ているが、順調に面子は揃ってきているようだ。ただ教えるのが団長たる藤沖ひとりのみ。これから先評議委員としての荷が重くなるのは必至だろう。
「今はまだ、手なずける段階だろうが、藤沖も少しは余裕を持ったほうがいい。古川が仮にいたとしても、これから先ひとりでは無理だ」
「古川については、麻生先生に至急連絡を取ってもらうよう手配してある」
すでに乙彦が知っていることを藤沖は意味ありげに告げた。
「あいつの性格からしても、けじめをつけるなりもしくは続行するなり、なんらかの形で決着をつけたいはずだ。それがなくして一方的に、代行だの仕事を分配するなど、ふざけるなというところだ」
話は平行線に終わりそうだ。あきらめが肝心。タイミングよく麻生先生が入ってきたのよいことに、乙彦は話を切り上げた。
「お前らおはよう! さてとだ。昨日約束していた、女子評議代行の話なんだが、藤沖とも相談して結論、とりあえずはこのまま様子見でいこうかということになった。せっかく提案してくれたのに悪いなあ、疋田もやる気があふれているのはありがたいんだがまずは規律委員会で全力はなってくれや」
ユーモラスに語り掛ける麻生先生、やはり藤沖の意向を汲んだように見える。満足顔で頷いているであろう、後ろの席の姿が浮かんでくる。
「先生、それじゃ、さっそくですがひとついいですか」
あっさり流された疋田が即、言い返した。
「さあこい」
「とりあえず五月の宿泊研修が控えてますけどどうします?」
やはり引かなかった。頭が痛くなる。たぶん麻生先生も同じだろう。
──ゴールデンウイーク明けまで待てと言って押さえるしかないな。
一年は新歓合宿、二年は宿泊研修、そして三年が修学旅行。
ほぼ九割が持ち上がりで青潟大学に進学するからできる技だ。
公立高校の場合は受験勉強の兼ね合いもあり二年で修学旅行と聞いている。
「宿泊研修は専用の委員を立てるだろう?」
「いえ、英語科は人数が普通科よりも少ないので、評議が兼ねていたはずです。先輩たちがそれ話してました」
その辺は乙彦も聞いていなかった。そもそも新歓合宿の際も取り立てて委員など立てなかったはずだ。麻生先生は首を振った。
「いやだからなあ、藤沖ひとりだとさすがに荷が重いってこともあるので、今回に限り宿泊研修用委員を出すってのはどうだ? それこそ分担するってことになるだろ。委員やったことねえ奴は誰かいるか? あ、片岡、お前やるか」
いきなり片岡を指す。振り返ると片岡はぽかんとした顔で見上げている。発言はしない。同時に女子たちがあいまいなざわめきを醸し出す。疋田もそれを味方の合図と受け取ってか、即言い返す。
「先生、無駄な委員を増やしても意味ありません。他のクラスもたぶん評議が担当するはずなので、そこで対応したほうがいいです。だからしつこいようですけど、私、古川さんが帰ってくる間だけでも宿泊研修対応しますよ。それだったらいいでしょ。規律委員は宿泊研修の時、せいぜいあの、持ち物検査くらいだし、もしかしたらファッションショー提案するかもしれないけれど学校祭の時よりは大げさなことしませんよ」
言う言う、とにかくかじりつく。
──なんでこんなに疋田は評議委員にこだわるんだ?
立村が疋田に、評議委員の心がけについて教えをたれたのか?
あの合唱コンクールまでは全くといっていいほどクラスからは距離を置いていたはずのピアノ娘がなぜ、こんなに熱いのか。
「よおしわかった。もうなあ、負けた負けた! 疋田、そんなにやりたいんだったら、わかった、藤沖に今から交渉してやる。ってことでだ、藤沖」
あまりにも熱い疋田の訴えに、麻生先生も白旗を揚げた。責めることはできない。藤沖が般若の顔をしているのは確実、振り返りはしない。
「とりあえずだな、期間を区切って、宿泊研修の時だけ、ってのはどうだ。確かに迫っているしな」
「それは俺一人でできます」
藤沖の機嫌悪そうな声。もちろん乙彦は無視する。かかわりたくない。
「いやそれは分かっている。だが、いろいろ面倒なこともあるだろうし、女子は女子でしかわからないことも、まああるだろ。だからなあ」
「去年の新歓合宿とほぼおなじであれば問題ないです。手伝いは不要です」
「いやだからな」
なだめにかかる麻生先生の努力を無にするような言葉が、よそから飛んだ。
「去年の合唱コンクールみたいにクラス放置ってのはごめんだからな」
投げやりな声だった。一度や二度ではないその声。
──江波、お前またか。
現役吹奏楽部野郎の余計な言葉に、乙彦は思わず頭を掻きむしりたくなった。ついでにもう一言、前方で背を向けている立村にも。
──立村、この半年で疋田と江波に何吹き込んだ。




