7 どんでん返し(7)
立村の事を話すつもりはない。野々村先生との間に秘密があるらしいとか、最近の立村の言動に違和感があるとか、乙彦が気になる点を静内に話したらさらに話がふくらんでいくだろう。自動的にそれは名倉にも伝わる。名倉を暴走させたくはないし、そもそもまだ決定打になる出来事がない。
──俺の想像に過ぎないかもしれない。その可能性もある。
だが、静内の言葉がもし正しいとするならば、野々村先生は露骨な嫉妬を立村と縁のある女子たちにぶつけていることになる。
「静内、このことに気が付いているのはお前と名倉だけなんだな」
念を押した。静内も頷いた。
「そうよ。女子たちはなんとなく、轟さんから距離を置いているところがあって、あの先生の態度をまあ、あんなものでしょと見ているみたい」
「男子からは非常に頼りにされているとは聞いている」
「らしいわね。轟さんにしろ、あとあんたのクラスの女子評議の人にしろ、くせのある人をうちの学校の男子は好むわね」
「古川のことか」
再度、話が古川こずえに戻ってきた。
「個性的な人なら私も好きよ。そういう人なら私も友だちになりたいと思う。実際ラブコールして仲良しになった人もたくさんいる。この学校にいる人じゃないけど。でも、私の言いたいのはそういうことじゃない。個性的というんじゃなくて」
言葉を選んでなかなか出てこないらしい。しばらく黙りこくったが、思い切ったように、
「はっきり言って、不潔なの。ふたりとも。着ているものがどうとか、化粧がどうとかいう意味じゃなくて、人に媚びるやり方で人間関係を作ってるのがどうも私には、受け付けないのよ。清坂さんもそうね。とにかく女子より男子に露骨にアピールして、助けてもらっている。ひとりだけならまだしも、複数の男子に媚びて、受けてって感じが、とにかく汚いの」
「ひとりなら、なぜいいんだ」
その差が分からず乙彦は尋ねた。
「ひとりなら付き合っている相手ということだし、そういうのもありでしょうよ。そういうことができる相手ならまだいいよ。でも、あの三人はとにかくありとあらゆる男子に張り付いては、利益を得ようとしているのよ。見てて本当にむかつくったらない!」
男子から見たら全く訳がわからない。
そもそも静内という女子はそういう感情からすでに解き放たれているのではないかとみていたのだが、それは乙彦の希望観測でしかなかったのだろう。今目の前で激しくぶちまけている静内は、残念ながら女子の典型的なパターンをそのまま演じている。
「静内、落ち着け。大体事情は分かった。お前が野々村先生の生徒いじめに対して憤っているのはよくわかった。それはなんとかしたい。だが」
一呼吸おいて、静内の真向かいに座り直した。かなり無理な姿勢だがしかたない。
「だが、それ以外の利益を得ようとしているかどうかという点については、疑問が残る。確かにあの三人がはた目から見て受けがいいのはわからなくもない。俺には理解できないところで、アピールしているのだろうということも想像がつく。だが、それはあの三人の性格であって、いい悪いとは言い切れない。A組で言うならば、古川のおかげでうちのクラスはだいぶまとまっている。お前もそのあたりはよく知っているだろう。藤沖が投げっぱなしにした後始末を古川はひとりで片づけている。そういう面でのありがたさを俺は否定するわけにはいかない」
「確かにそうね。私もそれはわからなくもない。けど」
「よく聞け。清坂に関しても、生徒会長としてのみ見るならば、人扱いもうまいし先生たちとの交渉もそれなりにこなす。有能と見ていい。難波や名倉をそれなりに手の平に乗せて仕事をさせるのもうまい。羽飛が上手にサポートしているからというのもあるだろうが、生徒会役員に限定すればかなり使える人材だ」
「ふうん」
面白くなさそうな顔で静内がつぶやいた。嘘ではないのだから伝えるしかない。たとえ静内の嫌いな女子に対してもだ。
「清坂が、前に付き合っていた立村といまだにつながっているというのも、静内からみればあり得ない話だろうが、周りからしたら非常にありがたい。別れた同士が顔をそろえた時に、気を遣って疲れたくはないだろう?」
「でもね、関崎、確かに清坂さんに関してはそうかもしれないけど、古川さんは」
なおも言い募る。説得しているうちに乙彦もいらだちが抑えきれなくなる。さっさとカラオケ何曲か予約して歌いまくって時間をつぶしたい衝動に襲われる。何度もマイクの柄を握り直した。
「あの人、この学校の学費、どういう風に払っているか知ってる?」
いきなり問われる。知る由もない。
「聞いたことがない。毎月普通に払ってるんじゃないか。封筒に入れるなりしてだが」
「違う、私が言ってるのはそういうことじゃないのよ! 古川さんはね、あの人のお母さんはね」
テーブルをまた殴る。もう今の静内は手に負えない。引くしかない。
「ちゃんと家庭を持っている人をたぶらかして、うちの学校ちかくの高いマンション買わせて、娘を青大附中から入学させてるのよ! 寄生虫って言っていいんじゃない? お父さんにあたる人は自分の家を捨てて古川さん一家を養ってるの。本当の家族は生活費ももらえないで、お母さんの給料だけで生活するしかなくて、苦しんでるの!」
──名倉はもう静内にすべて話したのか。
マイクの先で軽くテーブルを叩いて乙彦は問いかけた。
「それは誰から聞いたんだ。名倉か」
「名倉だけじゃない」
「噂の受け売りに過ぎない可能性もある」
「あんたは古川さんをかばいたいわけ?」
「かばうつもりはない。ただ友だちのことを根拠ないまま罵倒されたくはない。静内、お前はその辺よくわかっていると思っていたんだが、古川に関する噂はあくまでもまだ確定していないことだ。確かに、ここしばらく古川は学校に来ていないし、お前や名倉の話したことが正しい可能性もあるだろう。だが今の段階で決めつけるのは危険だ。絶対に他人には言うな」
力を込める。
「言うわけない。関崎、だから一時間だけ聞いてほしいって言ったんじゃないの。あんたにだけは言っておきたかっただけ!」
「なら俺も答える。もしも、古川がそういう事情を抱えていたとしたら、もうこの学校には来ないだろう。それだけ話が大ごとになっているのであれば、ほとぼりが冷めるのを待ち留年するか、別の学校に転校するかするだろう。だが、今の段階ではわからない。もし今、静内が口にしたら、違った場合にブーメランで総攻撃を受ける。答えが出るまでは絶対に何も言うな!」
マイクを静内に向けた。インタビューで追いつめたような恰好になる。
「関崎、あんたはどっちだと思ってるの」
震える声で静内が問う。
「あんたは、そんな汚いお金で学校に通っている女子を、許すことできる? もしかしたら彼女の代わりに別のまっとうな人がこの学校で楽しい日々を過ごしたかもしれないんだよ。正しい方法でお金を稼いだ家庭の子が、もしかしたらこんないやらしい形でお金持ちになった子に負けてるんだよ。それで平気な顔して、評議にまでなって、男子たちにちやほやされてるんだよ。そんな女子を許せる? 私は絶対に許せない。百歩譲って、轟さん、清坂さんならしかたないと思う。彼女たちは少なくとも、そういうことはしてないから。でも古川さんだけは」
「いい加減にしろ!」
立ち上がり、激しく静内の肩を揺さぶる。悪霊に憑りつかれているとしか思えない静内の言葉。むしろ乙彦の奥底にある引き金に触れている。
「どちらにしてももう少しで答えが出る。もしお前の言い分が正しければ、そこから先はどう考えようが自由だ。それまで待て!」
上から見下ろした時、きっと見据えるような静内の瞳に射すくめられた。
壁に押し付けているような恰好だった。
──俺は、何をしているんだ。
ゆっくりと手を離した。あと十分で一時間。マイクを置いた。
「帰ろう。約束の一時間だ」
二百五十円分小銭を置き、乙彦は改めて荷物を持った。静内も不承不承テーブルの上を整え始めた。黙って小銭を財布に入れていた。




