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1 境目の春期講習(7)

 名倉も難波も戻ってこない。

「どうもどうも、おひさおひさ」

 次に現れたのは羽飛だった。すでに更科たちも顔合わせ終わっているのか、

「遅かったね、どうした?」

 と問う。羽飛も全員のマグカップが並んでいるのを確認して、

「悪い、俺はインスタントで」

 と注文をつけた。阿木は無視しているが更科が、

「はいはい淹れますよ」

 素早くポットから熱いコーヒーを注いだ。

「ああ疲れたなあ」

「久々の勉強ってのは特にね」

「ひたすら眠いったらねえ」

「春眠暁を覚えずの世界よねえ」

「全くだ」

 みな軽口ばかり叩いている。乙彦だけは黙って茶をすするのみ。そうでもしないと間が持たない。ふと羽飛があたりを見渡して、

「今日、これだけか?」

 問いかける。阿木が答えた。

「名倉くんと難波くんのふたりが外で密談しているらしいけどあとは知らないよ。会長さんは?」

 阿木は清坂のことを最近、会長さんと呼ぶ。最初は呼び捨てにしていたのになにか思うところでもあるのだろうか。

「美里とは今日まだ顔見てねえなあ」

「あれ、あんたたち隣同士だったでしょ。一緒に来たんでなかったの」

「いつもならな。今朝は向こうがさっさと学校行っちまったからまだなんだよ」

 照れもせずごく普通にいい放つ羽飛。更科がひょいと入り口を眺めては、

「B組の状況はちょっとわからないからなあ。それで、あとは泉州さんだけど、阿木さん、どうしてる?」

「泉州さんも来るって言ってたけど、まだみたいね」

 講習の終わるタイミングもあってなかなか全員揃わない。しかも内部外部の区切りまである。面倒なことである。


「そいで、難波と名倉、なに密談してるんだ?」

 羽飛は乙彦に話しかけてきた。三月にめいっぱい語らった相手だけに口も心地よく動く。

「よくわからないが、暴力沙汰にはしない安心しろと話していたぞ」

「暴力沙汰だと?」

 すぐに更科が割って入る。空気が凍りかける。

「いやさ、関崎と名倉がふたりで先に来てたらしいんだけど、ホームズの奴が無理矢理引っ張り出して話し合いを持ちかけたらしいんだ」

「あいつ新学期早々からなにやってるんだか」

 大きくため息をつくも、羽飛はコーヒーをすするのみ。行動はしない。

「ご存じホームズだから、また見当違いの推理やらかして被疑者を責めてるんだよ。大丈夫、いざとなったら俺がちゃんと名倉かばうよ。関崎、安心していいよ」

 ぞわり、背中が冷える。もちろん顔には出さない。

「ん? 名倉が? 被疑者? なんだそりゃ」

「つまりさ、俺が都築先生と別れたのは名倉のせいなんだと勝手にホームズが思い込んでいるんだよ。そうじゃないって何度も説明したんだけど、あいつかあっとなるともう見境なくなるからさ。もうほっとくことにした」

「おい、止めねえのかよ。それちょっくらまずくねえか? 悪いがそんなこと聞かされてコーヒー飲んでいられるような気分じゃねえよ」

 腰を浮かせる羽飛を、あえて乙彦は押さえた。

「羽飛、俺もふつうだったら名倉にくっついていく。そうしなかったのは、難波の態度が非常にまじめだったからなんだ」

「まあホームズだからな、奴は」

 不承不承も、羽飛は座り直した。

「そのあと、更科から説明を受けて納得した。もし相手が立村だったら俺も追いかけていくしかないと思うんだが、それだけきちんと考えている難波なら安心だ」

 別に面白いことを言ったつもりはないのだが、室内大爆笑と相成ったのはなぜだろう。羽飛はテーブル叩いて笑いこけている。

「たしかに、そうだ。更科もよくわかってるよなあ。これが立村なら、ってとこがみそだよなあ。んで、ついでなんだけどな、今日立村の顔見たか?」

 いい調子に話が逸れた。英語科在籍の乙彦が答えるしかない。

「ああ見た。のんきに吹奏楽部の連中と音楽の話で盛り上がってたぞ」

「盛り上がってた、かよ」

 不意に羽飛と更科が顔を見合わせる。首を細かく振る。

「羽飛、まだ立村とは話してないのか」

「休み中に一回会って、まあいろいろしゃべったけどなあ」

 歯切れの悪い口調で羽飛は再度、更科を見やる。更科も、難波の話をしている時とは違って表情が少々曇っている。

「なんかあいつ、妙な感じしねえか?」

「うん、羽飛の言いたいことはなんとなくわかるよ。今朝も挨拶だけしたけどね。関崎、どう思った? なんか立村の様子、変じゃなかったかなあ」

 やはり他の連中も同じように感じているのかもしれない。羽飛が続ける。

「うまく言えねえんだけど、妙に明るいってかな。なんかいいことあったのかお前って突っ込みたくなるんだけどな、いつものあいつならどん底に落ちてても不思議じゃねえのになんであんなに朗らかに笑ってられるんだってかな」

「同感だ。俺だけじゃなかったんだな」

 控えめながらも乙彦なりに感想を述べた。阿木が口を挟んだ。

「もしかしたら立村くん、春休み中に新しい彼女ができたとか」

「それはないないないない!」

 三人男子が口を揃えて否定する。

「彼女は絶対にない! あいつ本当だったら失恋してどん底に落ち込んでても不思議じゃねえんだぞ。絶対浮上不可状態だろうと思って俺もこの前遊びに行ったんだがな、まあ、元気。めちゃ元気。もう過去は過去未来に向かって歩くとか言いやがってよ」

「ああ、杉本のことだよね。立村がどん底だろうとは俺たちもみなそう思ってた。評議連中一同ね。それが、妙に前向きなんだよ、明るいっていうか、やる気に道溢れているってか、俺たちの方がどうしたもんだかてとまどっちゃったよ」

 乙彦と同じことを更科も話し、付け加えた。

「天羽と俺の共通見解なんだけど、立村、この春、もしかしたら、卒業したのかもしれないね」

「なに? 立村くんってなにか別に塾とか資格とか勉強してた?」

 見当違いの言葉を発する阿木さんを無視し、羽飛が頷いた。乙彦にも同意を求めるようにちらと見やった。


 ──卒業。

 男子同士で共有できるその意を、乙彦は鼓動とともに受け取った。

 ──だが、誰と?



 

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