5 入学式の噂話(1)
始業式の次の日は入学式だ。今年に限って言えば、入学式当日在校生は一部の生徒を除いて午前上がりとなる。
「公立高校では、先に入学式をやってそのあと始業式って聞いてたけど」
静内とやっと朝、挨拶することができた。何事もなさそうな顔をしているが、心なしか軽やかな笑顔を見せる。
「私たちの時は違ったよね」
「外部生だからな。朝から呼び出されて麻生先生と面談だ。ついでに藤沖とも初対面。なかなかハードな一日だった」
「そうね、私もそんな感じだった」
出会った頃と変わらない、色気なしの黒いゴムでひとつ留め。全く外見は変わっていない静内を、乙彦は改めて観察した。一年経てば何かしら変化が生まれているはずだし、少なくとも内面はいろいろあるはずだが。
「なによ、気になることある?」
「いや、ここまで変わらないというのは珍しい」
「私が? まさか、そんなわけないじゃないの」
笑い飛ばす。あっさりと、からからと。
「一年経って全く成長してないなんて最低じゃないの。まあいいけどね。ただいま私は、三月ウサギを追いかけて不思議の国に転がり込んだアリスのようなものだから。スペードの女王の裁判はいつかしら」
静内にしては珍しく、意味不明な言葉をつぶやく。
「トランプが好きなのか」
「関崎には理解してもらわないでもいいよ。とにかく、この学校は奇々怪々、不思議なことばっかり。また新たな幕が開くってことね」
少しだけ棘を感じる。生徒玄関で分かれる寸前に乙彦は尋ねた。
「名倉からいろいろ聞いているのか」
「またあとで!」
もっと早く聞けばよかったのだが。最近の乙彦は、聞くべきことを後回しにしすぎて忘れてしまうことが多い。疲れているのかもしれない。
今日も古川の席は空いたままだった。
「さてと、今日は入学式なんだが、午前中は普通に授業だぞ。英語科A組は面子が変わらない分多めに勉強できるのをありがたいと思え。さ、教科書出せよ。おい、忘れた奴がいるとは言わせねえよな」
相変わらずべらんべえの麻生先生が、机と机の間を縫って机を軽くたたいて歩く。一応授業だとは聞いていたけれども、もう少し緩やかに始まると思っていたのだろう。文句たらたらぶうぶう言う奴の多いこと。
「先生、授業の前に、ひとつ質問です」
疋田が突然、挙手をする。
「おう、どうした、出前ピアニスト」
「古川さん、今日もお休みなんですけど、風邪そんなに長引いているんですか」
「そうなんだよ。ずいぶんとなあ。春の風邪はたちが悪いらしいぞ、お前らも気を付けろ」
「そういうんじゃなくて、提案なんですけど」
ちょこんと立って、クラスメイト全員を見渡し、
「今日午後、空いているんで古川さんをお見舞いに行きたいんですけど、古川さんちにいくら電話をかけてもつながらないんです。なんか変じゃないですか」
春の日差しらしきものが寒々しく差し込んできている。まだ肌寒い中、暑がりな誰かが細く窓を開けている。麻生先生はちらりとそれを見て、
「おい悪いが寒いから閉めてくれ」
指示を出した。そのあと一息置いて、
「疋田には悪いんだが、お見舞いタイムはもう少し待ったほうがよさそうなんだ。親御さんからも連絡来ててな」
「でも、春期講習の時からずっと休んでいるってことは何かあったんじゃないかって、もうみんな心配してるんです」
「ごめんな。残念ながら今はだめだ。もうしばらくして古川がつらっとした面で現れるのを、みんな待とうじゃないか」
なだめようとする麻生先生だが、その言葉に説得力はない。具体性に欠ける。でも疋田は、
「わかりました」
とだけ答えてあっさり席に着いた。後ろの席の江波に向かって頷いている様子が、ちょいとひっかかる。
──怪しまれているのか。それとも、噂がやはり、流れているのか。
立村の様子を改めて伺う。新学期が始まってからほとんど話をしていない相手だが、全く微動だにせずノートを見つめていた。
とりあえず授業も一段落し、乙彦が生徒会室に向かおうとすると、
「関崎、あぶなかったな」
ささやく声がする。見上げると藤沖が耳元に口を寄せている。気色悪い。すぐに離れた。
「例の件か」
「ああ、どこまで持つか、だな」
余計なことを言ってはならない。乙彦が何も答えずにいる間に、藤沖はすったかたったと教室を飛び出していった。応援団も入学式にはお呼びがかからず、生徒会と一緒に対面式でのお迎えとなる。




