3 始業式の空白(4)
思い当るふしはある。乙彦は口をつぐんだ。このままだと否応なしに嘘つきになる。咳をしたふりをしてごまかした。
「退学とは、おだやかじゃないな」
「そうだ。畳みかけるようにことが動いている」
「お前が仕掛けたわけではないと信じていいのか」
念のために問う。
「そうだ。俺は何もしていない。そういう噂があると聞いただけだ」
「誰から聞いた?」
乙彦の知る限りだと、古川が引っ越すという話は一部の仲間以外にはもらしていないはずだ。何度も周囲を見回して、歩き出す。
「人のいない外が一番安全なような気がする」
「カラオケボックスはどうだ」
「関崎がマイクから目を離さなくなるからいやだ」
にこりともせずに冗談を言う。
「それに金もない。関崎、このまま話そう」
日が少しだけ照ってきた。できるだけ明るい道を乙彦と名倉は肩を並べて歩き出した。まだ桜の気配はない。
「おれは仕掛けていないが、情報は偶然手に入った」
思い切ったように名倉は話し出した。寒そうに首筋へ手を当てる。
「どこで仕入れた」
「厳密には中学時代の連中が集まっているところでだ。また奈良岡が春休み帰ってきたので、いろいろ話を聞いた。だがそこで聞いたわけではない」
なんだかややこしい。
「どうも奈良岡の友だちの友だちに当たる奴が、青大附高のとある生徒にひどい目に遭わされたらしい。俺の仲間がすぐに情報を洗ったところ、すぐに判明した」
──奈良岡、ってああそうか。こいつのマドンナだ。
忘れかけていた記憶を呼び起こす。夏のことなど覚えていない。
「情報を洗うってのはどういうことだ」
「奴はそれなりに情報網を持っているからその点は早い。奈良岡に伝える前に陰でさっさと処理してやろうと、そいつが俺に話を持ち掛けてきた」
「やはりお前、一枚噛んでいるのか」
寒々しい気持ちになるも、名倉は慌てて首を振る。
「手を下してはいない。それは本当だ。今回に限っては、だがな」
「だがその話の内容が全く見えない。名倉、お前の話している内容は大まかすぎて具体性が少ない。もっとわかりやすく説明してくれ」
情報を洗うだの、陰でさっさと処理だの、かたぎじゃない世界の話が進んでいるようにしか見えない。
「じゃあもう少し具体性を持たせるとするか」
名倉は考え込んだ。しばらく頭を掻いたのち、ティッシュで鼻をかんだ。
「奈良岡の友だちの友だちをA子とする。次に青大附属の悪い奴をB子とする。つまりA子はB子の母に父親を取られたという経緯がある」
──A子とB子?
いきなり核心を突く内容だ。乙彦が必死に隠そうとしていることを、名倉は偶然のもと見出したというわけか。
「Bは女子ということか」
「そうだ。そのB子は青大附属に在学している。お前も知っての通り、青大附属は金のかかる学校だ。当然学費はB子の親が出している。関崎のようにアルバイトで払っている奴はまず例外だが」
指で乙彦を差しつつ、名倉は続ける。幸い誰もいない。
「A子の母親は、父親から離婚を要求されているが突っぱねている。それでA子の父親はB子の家に逃げ込んでいる。いわゆる本妻を捨てて愛人のもとに走ったというわけだ。離婚に応じてもらえないというのなら、兵糧攻めで行こうと決めたらしく、ここ数年ほどは雀の涙程度の生活費しかもらえない状況らしい。ことあるごとに離婚届に判を押すよう攻め立てられているが、A子の母は清貧に耐えている。これが怒らずにはいられるか、関崎」
「確かにそうだが」
全くの第三者を相手にするならば、当然乙彦も怒りたい。
だが、今の話を聞く限りB子はどう考えてもひとりしかいない。
「お前や友だちが怒るのは理解できる。だが、あくまでもそれはA子とB子の親の話だろう。当のB子は何もしていないはずだ。責めるのは哀れだろう」
「関崎、お前らしくない。それは間違いだ」
言葉を荒げて名倉がかみつく。迫力が違う。
「もちろん、親同士の問題であることには違いない。子どもは被害者と言われればそれまでだ。だがB子に限って言えば、青大附属に入学できるだけの能力を持っているのだから、自分の状況がどういうものかは把握できているはずだ。俺の聞いた限りだと、A子の父親が生活費を極端に減らしてきたのはここ一年ほどだそうだ。金のかかることが何か起きたんじゃないかと勘繰らざるを得ない。さらに」
ここで名倉は言葉を切り、鼻をかんだ。
「普通じゃない状況を一緒に暮らしてるB子が気づいていて、さらに被害者の本妻家庭、つまりA子宅があることを知っていて、無視したままのうのうと優雅な生活をしてきたことが、まず一番の罪だ。もっと言うなら青大附属に入学するという贅沢を味わっている。その金があればA子家族は、父親がいなくても少しは生活が楽になったはずだ。さらに気づいた段階でそのことを親なり学校の教師なりに報告すべきだった。贅沢はできなくなるかもしれないが、少なくともA子側への生活費をA子父親に増額させるよう促すことはできたはずだ。今まで調べた限り、B子はそのどれも行っていなかった。よってそれは、共犯者と判断せざるを得ない」
「それ、俺たちがB子の立場だったらできるか」
「自信はない。が、俺たちができるできないの問題にすり替える必要はない。俺たちが仮にできなければ、間違っているというそれだけだ」
肩を震わせつつ名倉が論ずるのを、身体に流し込む。
──思い当るふしがあるな。
古川や藤沖から聞かされていた事情を元にするならば、名倉の話は全くもって正しい。A子はとにかくB子が誰かはもう、言わずともわかる。
──あのマンションは広かった。そしてゴージャスだった。
贅沢な生活を送っていた、それが罪と言われれば、おそらく古川が言い返すことはできないだろう。だが名倉の言うように、子ども側に多大な責任を負わせてもいいのかという点には疑問も残る。乙彦の知る古川の性格を考えると、気づいたらなんらかの形で文句を言うなり行動を起こしているような気がする。もちろん憶測にすぎないが。




