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4 始業式の空白(3)

 生徒会室には羽飛と名倉しかいなかった。女子連中の顔が見られないのは非常に珍しい。

「クラス替えどうだった」

「まあいろいろだ」

 小声でやり取りをする。髪の毛をきっちり坊ちゃん刈りにしてきた名倉をからかいたいのはやまやまだが、目の前には羽飛がいる。あえて控える。

「さっき会長に会った。職員室に寄ってから立ち寄るそうだ」

「ああ美里な、あっちゃこっちゃで呼び出し食らってるなああいつも」

「死にそうな顔をしていたので、今日はさっさと帰ったほうがいいと伝えておいた。特に今日は俺たち生徒会もやることはそんなにないだろう」

「まあそうだな。すでに春休みの段階で仕込みは終わってるしなあ。ただ在校生との対面式で、ちょっとばかし不穏なにおいが漂ってるんで、そこんところはチェックかもな」

 初耳だ。名倉が話を引き取って乙彦に伝える。

「今年の対面式では新入生にものをぶつけて驚かせようというたくらみが、一部の不穏分子の間で持ち上がっているそうだ。ものにもよるが、けがでもしたら大変だろう。未遂のうちに押さえないとまずいということだ」

 ──名倉にそれ言われても説得力がないぞ。不穏分子はお前だろうに。

 口にできるわけもなく、乙彦は羽飛に話をつないだ。

「もの、とはどんなもんだろう。情報はないのか」

「まあ大したことじゃねえだろ。せいぜい飴玉だろ。できれば饅頭とか、ようかんとか、クッキーとか、そういった腹持ちのよさそうなものを個人的には希望ってとこなんだがな」

 くく、と笑いをおさえつつ、それでも羽飛は首を振った。

「生徒会役員ってめんどいなあ。希望があるんだったらさっさと言ってもらえれば俺と美里とで、先生転がしの術を全力でかけてやるんだけどなあ」

「なんだその先生転がしの術とは」

 名倉が問いかけた。

「教師ってのは反抗する相手じゃねえの。こちらで話し合いを上手に持ち掛けて、うまく話を通して、仲良くやること、そういうもんだろ」

「それでうまくいってたのか」

 乙彦も念のため問う。あっけらかんと羽飛は言い放つ。

「まあ小学校の頃はてこずったがな。今じゃあもう得意技レベルにまで達してるよな。ったく、立村もせっかく俺や美里がお手本見せてるんだから、もう少しその技をマスターしろって突っ込みたいぞ。ったくなあ。んで、A組どうだ? もう、クラスの役員決まったんだろ?」

 もう情報が入っているのか。早い。

「立村から聞いたのか」

「ああ、あいつも忙しいみたいでちょこちょこっとしか言わないけどな、一通り手書きでほら、こんな感じ」

 相変わらず女手の美しい文字がレポート用紙に踊っている。

「手紙だけ見たら女子だよな」

「いや、女子も字が下手な奴はいっぱいいる」

 突っ込みつつも目を通す。評議委員女子の場所にはちゃんと、古川こずえの名前が入っている。

「古川、ところでどうした? 俺んちでも電話かけてるんだけどなあ、出ねえんだよ。美里がかけてもおんなじなんだ」

「そうか、休みだった」

 下手に勘繰られてはまずい。ただでさえ乙彦は顔に思っていることが出てしまう性格だ。話を逸らすことにした。そういえば男子ふたりもいない。

「難波と更科はどうした」

「あいつら、さっそく可南女子高校の生徒会長に会いに行ったぞ」

「水野さんとか」

 声がつい、上ずりそうになるが堪える。努力が必要だ。羽飛は気づいてないのか、あっさりと、

「これから交流会を本気でやらねばな。いろいろあったけど、渉外としてやるべきことはきっちりやり遂げるという心境に、我が青大附高のシャーロック・フォームズは達しているんだと。暴走をさせないためにあえて、更科もくっついてったし、心配することねえんじゃね? 悪いがお前の弟分もいないところで話をしないと、ちとめんどうだ」

「そうだな」

 雅弘のことを出されるとやはり、分が悪い。誤解されたままなのがかわいそうだが仕方ない。落ち着いたら雅弘にも話をしなくてはと思う。

 ──雅弘の相手は、水野さんだ。誤解を解くことができただけましだ。そうでも思わないとな。


「それじゃ、俺たちも先に帰る。帳簿は金庫にしまっておく」

 名倉がかばんを手に取った。まだ寒いのでジャンバーが必要だ。ちらと名倉が乙彦に頷いてみせた。たぶん、話があるはずだ。

「じゃあ俺も行く。清坂が来たら、無理するなと伝えておいてくれ。本当にあのままだと倒れるぞ」

「了解」

 短い返答ののち、羽飛はもう一杯自分用のコーヒーをマグカップに作り始めた。だいぶインスタントコーヒーも減ってきている。生徒会の予算でコーヒー代を出すことはできないので、誰かの寄付が必要だ。

「行くぞ」

「じゃあな」

 名倉を先頭に廊下に出た。


 ふたり、同時に大きく息を吐く。

「遅かったぞ」

「悪かった。会長に引き留められて伝言頼まれて時間を食った」

「それよりお前に話したいことがある。早めに人のいないところに行こう」

 名倉の目が、生徒会室にいた時よりもはるかに鋭い。乙彦も望むところだ。はっきりしているのは学内で話すべき内容ではない、ということだが、聞きたいことがあふれ出してきそうなのは自覚している。足早に階段を降り、周囲を見渡しつつ小声で尋ねた。

「何かあったんだな」

「さっき、羽飛が話していたことも関係している。これ以上はばらせない。とにかくどこか外で食おう」

「わかった。だがひとつだけ聞かせてくれ」

 嫌な予感がする。乙彦はもう一度尋ねた。

「お前が仕込んだのか」

「仕込んだわけではないんだが、そうなった」

 グレーな答えはほぼ真っ黒ということか。

 名倉は生徒玄関で靴を履き替え、改めて周囲を見渡した。外に出て、もう一度冷たい空気を吸い込み、

「しかし世の中、人間関係、どういう風につながっているかわからないもんだ」

 しみじみと呟いた。

「悪いことはするもんじゃないってとこか」

「毒には毒を制すという言葉もある」

 ──羽飛の話と関係ある? まさか雅弘のことか?

 乙彦の問いを待たず、名倉は小声で予言した。


「今月中に俺たちの学年から、ひとり、退学者が出る」

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