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3 思い当たるふし(6)

 父がなぜあんなに居丈高な態度を菱本先生に対してとったのか、わかるようでわからない。無事送り出した後、乙彦なりにくってかかったが、

「子どもには任せられないことがある。お前は早く寝ろ」

 風呂あがりで髪の毛も乾いていないうちに追っ払われた。

 次の波乱を楽しみにしていたらしい兄と弟も、

「さあ、俺たちには全然わかんないし」

 とさらりと逃げられた。役に立たない。

 母に至っては、

「おとひっちゃん、あんたがいきなり中学の先生とこに行くからこんな騒ぎになるんだよ。もう火種が残ってるところにまあ、余計な事してくれたよねえ。お父さんも今まですっかり忘れてたのに、全く。けどあの先生もお若いわねえ。麻生先生よりも十歳は年下に見えるわ」

 なんだか核心をついているようでついていないぼやきのみ。

 ──いったい関崎家の人間ってのはなんなんだ!

 腹が立つがしかたない。寝るしかない。こういう時は悩まないのが乙彦のやり方だ。


「関崎、どうだった」

 一晩寝て、父がさっさと出勤しているのをちらっと見やりつつ乙彦は学校へと急いだ。校門をくぐるなり、待ち受けていたらしい藤沖に声をかけられた。やはり報告の義務はある。藤沖が連絡してきた一件なのだから。

「古川のことか」

「もちろんだ。女王様のご機嫌はいかがだったか気になるからな」

「一言では伝えきれない、いろんなことがあった」

 厳密に言うと、藤沖に伝えていいかどうか迷う部分が多々ある、ともなる。

「古川が言い寄ってきたか?」

「冗談でも言うべきではない発言だと思うぞ」

 少し手厳しくはねつけた。藤沖もむすっとしたが、すぐに気を取り直したらしく、

「悪かった。だがそれなりに話もしたんだろう」

 さらに問いかけてくる。

「もちろんだ。緊急の引っ越し理由については大まかに説明を受けた。いわゆる夜逃げと認識すればいいのかもしれないが、子どもの立場では反対することもままならない。あれは古川が犠牲者だ」

 正直な感想を伝えた。藤沖はある程度古川の家庭事情について把握しているはずなので、このあたりであれば話しても問題なさそうだ。

「確かに。あまり人に言いふらすべき内容ではないな」

「その通りだ。もっとも引っ越し準備はだいぶ進んでいて、俺がしたのは部屋の拭き掃除くらいのものだ。しかし、古川が気をもんでいたのは自分自身のことよりも、うちのクラスについてだった。これはお前に話しておく義務がある」

 一応、新学期が始まれば自動的に評議委員に収まるだろう。古川がどれだけ英語科A組の行く末を心配していたか、最近の男子チームの不協和音がどんなものなのか、などなど。もっとも藤沖の聞きたくないであろう内容……たとえば立村のことなど……はあえて省くことにした。少しでも触れたら乙彦としてはすべてをさらけ出さざるを得ない。それが本来正しいとは思うのだが、立村にも火の粉がかかる可能性を考えると、やはりそれはできない。

 時計の針を確認し、急いだほうが良いと判断した。話は長くなる。まずは春期講習に出なくてはならない。

「藤沖悪い、講習が終わったらまた話そう」

「いや、講習のあとは応援団の練習なんだ。急ぎはしない」

 少し時間稼ぎができたのがありがたかった。


 まだところどころ雪の残る道を走っていく。実はそんなに切羽詰まってはいないのだが、乙彦としてはどう説明すればいいのかわからないというのも正直ある。

 ──全くだ。古川がどれだけ心配しているかくらいは伝えられるが、最大の問題が立村との今後なんてことをにおわせようものなら藤沖のことだ、面子を傷つけられて激怒するのは目に見えている。

 なによりも、古川が青大附高にこのまま戻らない可能性も考えなくてはならない。そうするとどの女子を後釜に立てるかということも、藤沖が考えねばならない内容だろう。そこまで考える余裕があるかどうかも乙彦には疑問が残る。

 ──菱本先生の奥さんが古川の面倒を見るために一夜泊まったと聞いているが本当に女だけで荷物片付くのか? ある程度俺も掃除はしたがちゃんと予定通り荷物出しできたのか? そもそも、菱本先生もなんで俺を。

 あ、と言葉がもれそうになる。

 ──待てよ。俺が菱本先生の家でアカペラ合唱会やったのを知る奴は、今のところ誰もいないということか。

 

 あれは知られたらまずい。

 一応、立村と霧島、あと古川は菱本先生が表れて乙彦と話を従っていることを知っている。だが、そのあとの展開……まさか家に連れ込まれて焦げたピザを食わせられた件や父にかみつかれた件などは、まだ外にもれていない。

 ──菱本先生が変なこと言わなければいいが。

 背筋が寒くなる。せっかく乙彦が青大附高で充実した生活を送っているのに、今更といっていい中学入試の結果をちくちく言い募るのははっきり言って男らしくない。父にもそのあたりは今朝、きっぱり伝えたつもりだ。


 ──確かに四年前なら、父さんがぎゃあぎゃあ騒ぐのも理解できなくはなかった。学科試験だけなら俺は確実に合格圏内だったという自覚はあった。けど実際、俺は落ちたわけだから、なんらかの理由がある。それをつまびらかにせよなどと突っ込んだって、合格させてもらえる保証もない。だったら、気持ちを切り替えて水鳥中学の連中と楽しもうと割り切ったから、今の俺がある。父さんがわあわあ騒いでいたのは、中学に入る前の話だぞ。それをなんだよ、たまたま青大附中の先生が顔を出したからといって鬼の首を取ったように威張るのは、絶対に良いことじゃない。俺の親だからといってそれは絶対納得いかない。たとえ俺が何らかの陰謀で落とされていたとしても、もう過ぎたことだぞ。今、俺はちゃんと青大附属の生徒なんだから、もう忘れたっていいだろう? 



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