2 明け渡しカウントダウン(17)
なかなか古川は戻ってこなかった。
さすがに寒い玄関で座り込んでいるのも何なので、
「立村、いい加減上がったらどうだ」
促してみるものの立村は決して頷かなかった。
「どうせ古川がうまくとりなしてくれているだろう」
「そういう問題じゃない。どちらにしても誤解を招く行動と思われても仕方ないんだからさ」
大きくため息をつく。
「それにしても、これからのこと考えないとまずいよな」
「古川のことか」
「そう。それだよ。はっきり言って一番大きいダメージだよ」
霧島への恨み節をつぶやいていても詮無きことと気づいたのだろう。
「古川さんが英語科をまとめてくれていたのは事実だし、その要ともなる人がいなくなったら、クラス荒れるのは確実だな」
もちろん乙彦もそのことは恐れていた。むしろそういうことを話し合いたかった。霧島や新井林、佐賀たちの恋愛模様、および雅弘たちがふっかけられている誤解などどうでも良い。
「古川さんが心配しているのは主に女子たちの反応だけど」
口重たげに立村が続ける。
「あの人が悪いわけではなくても、確かに叩かれる可能性は高いよな」
「本人のせいでなくてもか」
「そうだね。ついでに、清坂氏もたぶん、受け入れられないと思う」
「それはいくらなんでもないだろう? 親友を突き放すか普通」
乙彦には納得しかねる。立村は首を振った。
「今話をしててよくわかったよ。古川さんはかなり無理してここまで学校に通ってきたんだなってさ。学校で見せている下ネタ女王の顔とは全く別のものが、きっとあるんだろうなって、前から思っていたけどやはりな。今も笑ってごまかしているけどかなりぎりきりの精神状態だと思う。それと、ついでにいうと、この学校で古川さんが続けていくこと自体がストレスになるのであれば、やむを得ないのかもなとも思うよ」
「なんだその、ストレスでやむを得ないってのは」
目を背けずに、立村ははっきり乙彦に言い切った。
「つまり、退学もやむを得ない、ってことだよ」
──おいなにか? お前、友だちを見捨てるってのか?
言葉にならず思わず睨みつける。立村は落ち着いていた。
「今日なぜ関崎と俺を呼び出したのか、話聞いていてだいたいわかった。古川さんがいなくなったあとの穴を埋めるにあたって、女子をできるだけ押さえておける立場の奴にあとを任せたいんだよ」
「俺とお前とが、か?」
「そう、多分そうだと思う。関崎ならクラスや生徒会をうまくまとめていけるし、お前が手を汚したくないところは俺が引き受ければいい。幸か不幸か、俺は青大附属の裏側をある程度は把握しているからさ。とりあえず古川さんが戻ってきたら、次の評議委員、女子で誰がいいかを相談しておいたほうがいいね。たぶん、あの調子だと、古川さんは戻ってこれないと思う」
「なぜそう断言する?」
立村の後ろ向きな言葉についかちんとくる。
「まだ何も決まったわけじゃない。立村、お前が来る前に俺も少し古川と話をしたんだが、できるだけ運命に逆らってみると気合ある発言をしていたぞ。まだ、学校に残る意志はあるようだ。むしろクラスメートとしては、古川がこのまま英語科の女王として君臨してもらえるよう努力するのが自然だと思うんだが。立村、お前の有り様はまるでさいしょから。逃げ出しているようだ」
立村は黙って乙彦を見つめた。小さく首を振った。
「たぶん、難しいと思う」
「なぜだ?」
再度の問に、立村は答えなかった。たぶん答えられなかったのだと思う。




