2 明け渡しカウントダウン(10)
缶コーヒーを飲んだあとは床拭きに入った。その間、古川とは別行動につき乙彦はひたすら仕事に没頭することができた。見た目はきれいでもずいぶんと汚れているものだ。あっという間にバケツの水が真っ黒に染まった。ふたたび電話が鳴るまでの間、何度水を交換したかしれない。
「あ、立村? 今どこにいるのさ? え? どこどこ? うちの前? 早いねえ。わかったわかった。今から降りてくからそこで待っててよ」
古川も受話器を取り、素早く指示を出す。
「悪いんだけどちょっとだけうち見ててくれる? 立村捕まえてすぐに連れてくるからさ」
「あいつどこにいるんだ? もう霧島と話ついたのか?」
「さあ。どちらにしてもあいつ方向音痴だから私が迎えに行かないとまずいと思うんだ。なんどか来たことはあるんだけど誰かかしら案内人はいたからね。たぶんそのへんの電話ボックスからかけてきてるんじゃないかな? 適当に回ってみるよ」
いつの間にかジーンズとトレーナーに着替えていた。外に出る格好にしたということだろう。
「わかった。俺ももう少し片付けておく」
だいぶすっきりした部屋の中で乙彦は古川に声をかけた。
──今はまだ三時すぎか。
乙彦が目一杯働いたかいあって掃除は終盤へと差し掛かっているところだった。古川の言うとおり、荷物を売るなり引き渡したりするのが夕方以降であればそれまでは手伝うべきだろう。運び出しに男手は必要だ。一人ならともかくも二人ならスムーズだろう。
さほど間もなく、古川が賑やかに戻ってきた。
「お待たっせー。ほら、立村入んなよ。さっき言ったとおりいるのは関崎だけだからさ。荷物ばっかだけど、ほら、あんたなにまごまごしてるのさ、初会の客じゃあないんだから」
玄関で何やらもごもご言っているような感じがする。古川がせっついている。
「ほらほら、なに恥ずかしがってるんだって! そりゃ誰もいなかったらまずいかもしれないけどさ、あんたと私との間に何があるってのさ。二人きり?そんなこと気にする玉かいあんた。何度も言ってるけど関崎は朝から来てくれてるの。別に早朝サービスしているわけじゃなくて、これから起こるであろう面倒な問題を話すために来てもらってんの!その関崎が、たぶんあんたにも関係あることじゃないかって」
話が長引いている。乙彦のことも話題になっているようだ。立村がなぜ頓着しているのかわからないが、とりあえずは挨拶しよう。なにせ誘うように言ったのは乙彦なのだから。
「立村、悪いな、今日は俺か古川に頼んで呼び出してもらったんだ」
雑巾持ったまま玄関を覗き込んだ。そこには紙袋とビニールをぶら下げて、薄い長コートを羽織りぼかんとした顔で突っ立っている立村がいた。乙彦と目が合った途端、口をあわあわと動かした。
「だから金魚みたいなことしてるんじゃないの」
古川にたしなめられるも、首を振る。ようやく出てきた言葉は、
「関崎、あと、古川さん。一旦外で話をしたほういいよ。まずいよ、これ、絶対に誤解されるって!」
雑巾を持った手をつかもうとする。ひょいとよけ、改めて尋ねる。
「今、掃除で男手が足りないんだ。見ればわかる。誰かの手伝いがどう考えても必要だ。まず上がって様子見ろ」
「そうだよ立村、何、思春期のエロ坊主みたいに照れてるのさ」
立村は大きく首を振った。古川に真剣な顔で訴えた。
「古川さんや関崎がなんでもないのはわかってるよ。疑うわけないけど、やはり男子と女子がふたりきりってのは誤解されるよ。とにかく、一旦どこか行こう。それから、手伝うことあれば手伝うから」
頑なすぎる立村の口調に、古川も呆れつつ乙彦に声をかけた。
「関崎、悪いけどこっちに来て。玄関で座って話すっきゃないわ。お菓子ありがとね。いまグラス持ってくるから。全く何いきなりモラリストになってんのよ、あーあ、めんどくさい!」




