2 明け渡しカウントダウン(8)
古川が電話をかけるため、別の部屋に移った。取り残された乙彦はスナック菓子のかすをつまみつつ、改めて部屋を見渡した。植木の林、ジャングルを。
──売るといっても、引き取ってもらえるものなのか?
詳しいことは分からないにしても、ここまで古川がほぼひとりで片付けていたのは確かなようだ。春期講習なんてやってられないだろう。さらに弟の面倒やら仮住まい先などの準備も母親と手分けして行っているという。麻生先生も事情は把握しているようだが表に出さないところ見ると、やはり隠し事として認識しているのだろう。
──だが、そんなにまずいことを古川の親はしでかしたのか?
藤沖から聞いた話だと、道に外れた夫婦関係らしく、そのつながりが切れてしまったがためにマンションの家賃及び授業料が支払えなくなったという現状らしい。古川の口から漏れた内容も踏まえるとおおよそ事実と考えていいのだろう。
──始業式、来ることできるのか?
授業料云々ではなくまずは、引っ越しの荷解きとかもあるだろうし、日常の細々としたことが手間となって通うことできるのか。
──どちらにしてもこれはクラスなり誰かの協力が必要だろう。俺や藤沖は事情を把握しているからいいか、これからはもっと誰かに頼らないと倒れるに決まっている。
立村が協力してくれるのであれば、これはありがたい。
乙彦の知らない附属生事情も把握しているし、少なくとも古川だけではどうしようもないところをうまく調節してくれるだろう。まずはそこからだ。
「立村ねえ、いたんだけどね」
喋りながら古川が戻ってきた。菓子パンを二袋、あんぱんだった。乙彦に手渡し、
「もうてっきりピアノの稽古かと思ってたら、今日はないんだってさ。曜日の感覚笑われたよ。でねえ、事情を説明したら荷造りの手伝い自体はOKなんだけど」
座り直し、あんぱんの袋を破く。すぐ口に持っていく。
「これから駅前にはいくつもりらしいんだけど、どうも、おまけがくっついてくるかもしれないんだって」
「なんだそのおまけってのは」
乙彦が尋ねると、古川は顔をしかめて、
「一応私んとこに関崎が来てるってことは伝えたんだ。そしたら、これから昼に、別の待ち合わせ相手がいるらしくってさ」
「まさか、野々村先生か?」
一瞬目を丸くした古川だが、すぐにぶんぶん頭を振った。
「何言ってるのさ、まさかでしょが。洒落になんないこと言いなさんな。第二の更科都筑カップルなんてごめんだよ」
混ぜっ返したあと、また眉をひそめて、
「まだましだって。霧島キリオの人生相談のためなんだってよ。まあしょうがないよね。あれだけの騒ぎ引き起こしたんだからアフターケアーは必要よ。まさか、キリオを連れてくるなんてことできないからここに来るのは少し遅くなるけどって、言ってたね」
パンを飲み込みながら説明した。
──そうか、立村なりに動いてはいるんだな。
見えないところでそれなりになにかをしてはいるのだろう。
「でもね、やはりあんたの言ってたとおりだよ、立村なんだけど」
「なんだ?」
乙彦に向かい、肩をすくめて、
「まじで元気なんだけどあいつ! いやね、はしゃいでたりとかハイテンションだったりとか、そういうわけではないよ。ただ、あまりにも普通に元気なのよ! 本当にあいつ、涙ながらに杉本さんと別れたのかなすっごく疑問。関崎、悪いんだけどあいつが来たら一旦個人尋問したいから二人っきりになるかもしれないけど、まず襲われることはないから安心してよね」
もっともだ。できればその場に乙彦もいたいくらいである。




