2 明け渡しカウントダウン(4)
引っ越しに関する苦労話もそこそこに、古川は次の本題に入った。
「私のことはまあなんとでもなるからいいんだけど、今日朝っぱらから早朝サービスの誤解かけられそうなお誘いしたのにはそれなりに理由があるよ。聞きなさいまずは」
乙彦も手を止めて背筋を正した。
「もう少しで新学期だけど、正直なところあんたうちのクラス、うまく行ってると思う?」
「行っている方じゃないのか?」
少なくとも乙彦にはそう見える。もちろん見えないほつれはあるのかもしれないし、女子たちの状況はよくわからない。あくまでも表面上では、ということになる。
「ああ、やっばりそう見えるわけね。藤沖にも同じこと聞いたけどあいつものんきなもんよ。まじでゆでガエル状態だってことわかってないよ」
「前にもそんなこと言っていたが、藤沖に敵がいるってことか」
かすかに記憶に残っているのは、秋のクラス合宿で江波がいきなり藤沖へ食って掛かったことだった。あの合唱コンクール余韻ありの時期でかつ、後期委員選出のからみもあった。そのことだろうか。
「江波たちのこと? そんなこともあったよねえ」
乙彦の問に古川はにやりと笑った。
「まあ、あれもね、火種になってるとこはあって私もひやひやしてたんだよね。幸いって言ったらなんだけど、江波たち吹奏楽部連中をうまる立村が抑えてくれているから大事にはなっていないってのも、あるだろうねえ」
「立村がか」
「そう、あの合唱コンクールで久々に元青大附中評議委員長の威厳を見せてくれたからね、すぐに引っ込めたけど。あの時に藤沖よりもやはり眠れる獅子が、って雰囲気にはなったよねえ」
「らしくないな、眠れる獅子とは」
「獅子と思っていたら眠れる豚だったということもあるし何とも言えないけど、あれがきっかけで立村の居場所もそれなりにできたし、それはそれで万事オーライとは思ってたんだ。けどねえ、肝心要の藤沖がねえ、あの状態じゃあねえ」
古川はため息をついた。
「こっちもそれなりにフォローしているつもりなんだけど、藤沖フリーダム過ぎて、顰蹙買いまくり。ほら、中学で色々やらかした彼女いるじゃない、あの子をかばってまず印象度ダウン。同じようなことなら立村もやってるけど、少なくとも杉本さんの場合は濡れ衣だからね。でも、藤沖の彼女はもうかばいようがなくて、女子たちの間でもいい噂聞かないね。さらに佐賀さんのこともあるし。立場としちゃあ、藤沖大変だよ、これは」
「俺が藤沖に対して心配事があるとすれば、あいつの応援団に対する情熱くらいだが。クラスをないがしろにしていると思われても仕方のないところは確かにある」
思うところを述べてみた。古川も頷いた。
「そうなんだよね。ずっと考えてたんだけど、本来藤沖は中学の頃から応援団を作りたくてなんなかった人間なんだよ。それがなんの因果か生徒会長に祭り上げられちゃって、はたまた今は評議。やりたいことやっとできるようになって舞い上がっているのは気持ちわかるよ。けどねえ、それと周りとの温度差がねえ。頼りにしたい関崎は生徒会に行っちゃったし、さあこれから先と思ってたとこで今度は私が、足を救われたと。呪っちゃいたくなるよねえ」
ちっとも恨んでいなさそうな顔で古川は喋り続けた。




