2 明け渡しカウントダウン(1)
春期講習中も日曜は休みだ。朝一番のバイトも休みとなる。
──というところで悪いんだが関崎。
藤沖経由で連絡が入ったのは土曜の夜だった。
──せっかくのフル休日を奪い取るようで悪いんだが、古川から伝言が入った。
「なんだなんだ?」
気になっていたことではある。電話口で声をひそめる。家族に聞かれたら事だ。
──明日の午前中にお前と差しで話がしたいんだそうだ。
「俺とか? お前はいないのか」
──女王様直々のご指名だ。都合はどうだ。
「空いてはいるが」
できれば予定を入れるつもりではいたのだが、と口にしようとした。即、藤沖に遮られた。
──よおしわかった。俺から古川に伝えておく。それと場所なんだが、とりあえずあいつの家の前まで来てほしいんだと。お前わかるか?
問われて頭の中の住所録を繰って見る。細かな住所表示は覚えていないにしても、おおよその町名は記憶している。学校まで行けば徒歩で辿り着けそうではある。
──関崎なら道筋多分わかるだろうから、朝九時に古川の住んでいたマンション前に立っていてほしいんだそうだ。そこでそれなりのところに連れ込むらしい。朝っぱらから客引きなんてする気ないから安心しろ、とのことだ。
どんな時にも下ネタ女王としての誇りを忘れない古川の言葉ではある。
「たぶん、地図を見ればたどり着けると思う。だがなぜ俺だけなんだ?」
重ねて問うと、藤沖も重い声で、
──俺には一通り電話で説明したからそれでいいんだが、関崎には今後のことについて手とり足取りレクチャーする必要があるんだそうだ。まあ筆おろしのようなものだともな。
流石にその意味はわかる。答えに詰まる。藤沖が電話の向こうで笑っているのが聞こえた。
──安心しろ。古川は口だけは達者だが実際の行動は全く伴っていない机上の下ネタ女王様だ。襲われる心配はまずない。どちらにせよ、生徒会という立場からお前にどうしても協力してもらいたいことがぎょうさんあるんだそうだ。悪いが明日、行ってくれ。俺も後で具体的な話を聞いてやる。
了解せざるを得なかった。まあいい、襲われることも、ましてや襲う気もない。ただ、出かける口実は少し考えたほうが良さそうだった。
翌日は真っ暗い空のもと大雨だった。春の崩れやすい天気で自転車を使えないのはかなり痛いが仕方ない。約束の時間に間に合うように家を出ようとすると、
「おとひっちゃん、早いなあ、どこへ行くんだ?」
父から声をかけられた。
「友達の家に行く」
極めて無難な返事にとどめておく。嘘は言っていない。が、要領は覚えた。仕方のない事だが罪悪感はある。
傘を指して駅前まで行き、青潟大学行きのバスに乗り込む。がらがらに空いていた。もしかしたら立村がいるかもしれないとわけもなくふと思った。もちろんいなかった。
配布されていた一年A組の住所録を参照しつつ、おおよその位置を確認しておいた。学校から向かうよりも一つ手前のバス停で降りたほうが良さそうだった。無理に地図とにらめっこしなくても、おおよその位置取りは把握できた。まだ準備中の商店街を通り抜け、大きなマンションを探せばいい。青潟でもこれだけ高いマンションは早々ない。あえていえば、
──片岡のうちくらいか。
最上階に位置している部屋の中で、内川と無邪気にはしゃいでいた片岡のことをふと思い出した。
支持された通り、マンションの入り口で待つ。傘の柄をしっかり握る。ざあざあぶりで、ジャンバーもすっかり水を吸っている。こんなことならビニールカッパを着てきたほうが正解だったのかもしれない。
「おまたせー! ああらすっかり濡れ濡れじゃん! すぐに開けるからさ、ちょい待っててね。おーまたっせー!」
背中から聞き慣れた声が響き渡った。
「古川?」
振り返ると満面の笑みをたたえて、古川が手招きしていた。オレンジ色のスエットパンツとトレーナーでどうみてもパジャマにしか見えない。軽く羽織っているのは灰色のジャケット。
「さあさ、どうぞどうぞ。無理言っちゃってごめんねえ。とりあえずタオルと靴下出すよ。風邪引いちゃったらまじこれから大変じゃん。こっちこっち!」
春休み前と全く変わらない明るい表情で、古川はマンションのエントランスに入る入り口のロックを外し、乙彦を手招きした。
「散らかってるどころの騒ぎじゃないけど、お茶とお菓子くらいはあるから食べていきなよ。あ、それと」
さらっと付け加えた。
「今、誰もいないから安心しなよ」




