1 境目の春期講習(21)
いくら待っても戻ってくる気配もない。
「今日やることあったっけ」
「ないよなんにも」
「じゃあさ、どっかで食べに行こうか」
女子二人が盛り上がっている中、乙彦たちはさっさと外に出た。このまま付き合わされるのはできれば避けたい。
「遅いぞ」
生徒玄関を出て早々に、名倉が舌打ちした。
「関崎が来ると思っていたからこうやって待っていたんだ。責任取れ」
「悪かった。いろいろ用事があるんだ」
さすがに藤沖との話を口にするわけにはいかない。平謝りするしかない。名倉もそれ以上は追求せず、
「疲れた」
とだけ呟いた。
「だが、収穫もないわけではない」
「なんだそれは」
乙彦が問いかけると、名倉は親指で校舎を指差して、
「これから学校側がどう出るかを確認できた」
意味ありげに囁いた。
「女子たちの会話からか」
「静内にも言われた。女子たちの噂話には耳を傾けておけとな」
あの静内が口にするとは思えない助言だった。
「静内もなにを考えているんだ? それ以前にお前らいつ連絡取っているんだ」
「電話に決まっている」
「俺のうちにはかけてこないが」
「当たり前だ。関崎の家は大家族だ。ゆっくり状況の説明などできるわけがない。学校で話すほうが効率的だ」
もっともなことではある。乙彦も、いきなり静内から電話がかかってきて、家族から後期の目で見られるのはできれば避けたい。。
「それで学校側の出方というのはどういうことだ」
「俺たちの読み通りだ」
名倉は言い切った。
「高校側の認識を中学側のものに塗り替えようとしている、というわけだ。ついでにいうと生徒会を通じて、だな」
「生徒会を通じてだと? 俺たちもか?」
「厳密に言うと、生徒会内の元評議チームが、というところだ。ありがたいことに俺たちは蚊帳の外だから遠目の見物していればいい」
──傍観者でいろというわけか。
考え込む。曲がりなりにも自分たちは生徒会役員である以上もっとしっかり話し合うべきではないだろうか。
「具体的にはどういうことになると思っている? 名倉の正直な意見を聞きたい」
「お前も聞いていただろう。泉州とほぼ同意見だ。中学側で悪のやり玉に挙げられた女子に、全てが押し付けられることになる」
「泉州の意見と一緒か。だがそれはまずいだろう。それこそインチキを生徒会側で認めてしまうわけだから、それ自体が問題だ。俺ならきちんと席を設けてもらい、学校側と対決する必要があるだろう」
さすがに乙彦もこの件については頷けない。望んだわけではないにしても、これから罪をすべて押し付けられようとしている相手とは多少の縁がある。もうここにはいないとわかっていても、これ以上の濡れ衣を着せられるというのはあまりにもひどすぎる。
「関崎の考えは正しい。俺もそう思う。静内に至っては怒り狂っていた」
「あいつがか?」
意外だった。名倉が続けた。
「女子にとって屈辱的なことを学校側で死人に口なし扱いして片付けようとするのは間違っている、とな」
「男子にとっても同様だ」
「だが、俺は待てと言ってある。まずは様子見だ」
「様子見?」
「関崎、お前はやりたいようにやれ。だが俺は知らんぷりを通す。理由は目的がここにはないからだ。今出てきた内容は氷山の一角に過ぎない。幸いといったらなんだが、濡れ衣を着せられようとしている相手はここにいない。時間稼ぎができる」
信じがたい言葉に乙彦も思わず立ち止まった。まじまじと名倉の表情を見据える。
「静内も渋々納得している。これ以上傷つく相手はいないのだから、まずはここで学校側がどう出るか、それと元評議チームがどういう判断を下すかを観察しよう。関崎が話し合いを求めるのであればそれでもいいが、おそらく今の段階では無理だろう。まかせておけ。俺たちがなんとかする」
いつの間にか名倉には得体の知れない自信のようなものが身についているようだった。入学した頃には見たことのない得体のしれないものだった。




