1 境目の春期講習(14)
明日の予定やその他いろいろ話をした後、
「味覚がおかしくなっている二人を帰すには自分らが解散するしかないよね」
更科の発言になんとはなしに、学校から出ることになった。
生徒会連中は去年もそうだが、いったん生徒会室から出たら馴れ合って歩くことはそうそうない。気の合う奴とその後別の場所で食べたりするかそれとものんびり帰るかのどちらかだった。
「名倉、今日はこれから暇か」
「ああ」
「なんか食い物買うか、今日は弁当を持ってきていないんだ」
「俺もだ。学食に行くか」
乙彦も同意しかけたが、よく考えるとまがりなりにも生徒会役員である自分らがこのあたりで喋っているのは周囲からも注目の的になるだろう。他愛もない話であれば聞かれても困らないが、乙彦がこれから確認したいことはかなり込み入った話で、しかも自分らの立場をも左右しかねない。乙彦は自分が後ろめたい行動をしているとは思わないし、名倉にもそれはさせたくない。しかし、走り出している以上、どうしようもないこともあるわけだ。
「さっきの難波との話が聞きたい。人気のないところで適当にパン買って食おう」
「そうすると、今日は割りと天気もいい、このへんの公園で食うとするか」
あまり金をかけたくない外部生にとって、お天気の良さはありがたいこと。子どもらがかけまわっている公園であれば、よほどの物好きでもない限り耳をそばだてる奴はいない。
たまたま通りがかった肉屋で鶏の唐揚げ弁当が処分価格で叩き売られていた。腹持ちの良い弁当をぶら下げて、やたらとでかいマンションの敷地内にある公園に潜り込んだ。春休み中だけに小学生が多いが、ベンチもそれなりにある。席を押さえてまずは食った。
「うまいな、この唐揚げ」
「半額ってのは、そのへんで菓子パン二個買うくらいの金額だな。運が良かった」
「全くだ」
名倉は一気に弁当を平らげた後、
「本当に今朝は運が良かった」
改めて呟いた。
「難波とのことか」
頷いた名倉に、乙彦は念のため周囲を見渡した後確認した。
「更科のことで追求されたのか」
「されかけた、が、知らぬ存ぜぬで通した」
「やはりそうか」
単なるアホなホームズ崩れではなく、親友の更科のことであれば身を呈して守ろうとしているらしい難波のことだ。もしも名倉が企んでいることに気づいたら何が起こるかわからない。生徒会を崩壊させるくらいのことは言いかねない。
「実際のところどうなんだ。更科本人から聞いたところによると、前々から別れることは決まっていたようだが」
「らしい。俺がわけわからないふりしていたら、難波が一方的に更科の家庭事情について説明しだした。驚く内容も多かったので適当に相槌打っていたら、俺への疑いは晴れたらしい。よくわからない奴だ」
「更科の家庭事情か」
名倉は頷き、弁当がらを袋に入れた。両手を組んで前かがみになり、首を振った。
「今回に関しては俺は無実だと考えていい、と思う」
「お前が中学時代の友達に喋ったことが原因ではないということか」
「そうだ。どうも、更科と中学の先生とは親同士が決めた許嫁らしい。この言葉は難波が使った語彙を引用している」
「婚約者か」
初耳だった。乙彦の手元に残っている白米がなかなか減らない。
「そういうことだ。年齢差もあり彼女の方は全く乗り気でなかったが更科が親の意向を組んで押し切ったらしい」
「親の意向ったって未成年だろう」
「両家のめんどうな事情があって、彼女側が下手に出て更科家に詫びを入れねばならない環境なんだそうだ。俺も今日初めて知ったが、更科の家は結構大きな会社らしく、彼女の親がなにかとんでもないしくじりをし、結果として娘を息子の嫁に差し出すことで手打ちになったらしい」
「いつの時代の話だ」
「信じたくないが、現実だ。話を一気に戻すと、長年の問題を、彼女の家が金で解決を試みたということで、チャラになったらしい」
「ということはつまり、教師と生徒の不純異性交遊ではなく、ビジネスの話となるわけか」
「そういうことになる」
名倉は肩から力を抜き、マンションを見上げた。
「難波が俺に突っかかったのは学校側に妙な噂を流したのではということだったが、そもそも俺はこの学校の人間とほとんど付き合いがない。関崎や静内と離す程度だと冷静に答えたら納得していた」
「中学の連中、というところには頭が回っていなかったか、あのホームズも」
「危なかった」
名倉と同じ台詞を乙彦も呟いた。




