1 境目の春期講習(13)
清坂の顔色は出て行く前よりも真っ白だった。
「会長、まじ大丈夫?」
泉州が心配そうに声をかけ、席を作った。
「ありがと。気を遣わせちゃってごめんね」
「ってか、今日早退した方いいよ」
阿木も勧める。早退以前に講習終わっているのでいつ帰ってもいいのではという突っ込みを飲み込む。
「うん、もう少し頑張ってみる。貴史、ジュース残りある?」
羽飛は水筒を振り、次に難波を指差し、
「今日お前ら二人早く帰れよ。まじで、味覚おかしくなってるぞ」
誰もが頷きたくなる言葉を発した。
「野菜ジュースが好きでなぜ早帰りしないとならないんだ」
「そうよ、要はないってこと言いたいのよね。わかった。帰りおばさんのとこによって作り方聞いてくる。難波くん、あのジュース美味しかったよね!」
「ああ、全くだ」
疲れが溜まっている二人を早めに帰したほうがいい。更にいうなら乙彦も、できるだけ早く名倉から詳しい事情を聞きたい。見る限りだと難波と会話が紛糾したわけではなさそうだ。
「さっき先生に捕まっていろいろ話し聞かされて遅くなっちゃったの」
改めてコーヒーを飲みながら清坂は説明した。
「なんだそれは」
謎の野菜ジュースを通じて妙に共感度上がっているのか、難波が問いかける。
「まあいろいろよ。これから入ってくる一年生たちの間でトラブルがあるらしいとか、この学校では目立ったいじめがこれまでなかったけど今後は注意しないとまずいとか。とにかく色々大変なの」
「新井林たちのことか」
「そうなの。なんでかわからないんだけど、なぜかこの前集まったことが先生たちにばれててびっくりしちゃった! もちろんおしゃべりしてただけって説明したから詳しい話はばれてないはずだけど」
清坂はふと、羽飛に、
「そういえば立村くんに今日会った?」
問いかけた。
「挨拶だけな。元気だったぞ、なんでか」
「そうなんだ、私もあれから立村くんと連絡取ってないからわかんないけど、元気ではいるんだよね」
「あれ? お前ら火曜日に四人で会うとか言ってなかったか?」
またも難波が突っ込んだ。
「立村もそれ言ってただろ。詳しい話は火曜に聞くとか」
「ああ、それがなあ」
羽飛は間を取って答えた。
「お互い色々事情があったのと、我らが下ネタ女王様のご都合がいろいろあってな」
「あっそうだ! 古川さん来てないよね?」
視線が乙彦に集中した。英語科事情の説明を求められているのはよくわかる。かんたんに伝えた。
「今日は休んでいたな」
「風邪でもひいたんじゃないのかなあ」
更科がたいしたことないように呟く。一方で阿木が意味有りげに言葉を挟んた。
「清坂さん、あのあと古川さんとは連絡取れてる?」
「ううん、なんか忙しくって、電話してないなあ」
できるだけさり気なくしているつもりなのだろうが、どこか不自然に繕っている口調だった。
「そうかあ、なんか最近、古川さんについてみんなが噂してて気になってたんだ。弟さんの面倒見なくちゃいけないのかなあって思ってね。確か、古川さんちってお母さんと弟さんと、あと古川さんでしよ。だから、春休み中おさんどんしなくちゃいけないのかなとか思って」
「あの人、お父さんいないんだ」
泉州が驚いたように声を上げる。難波が短く制した。
「それぞれの家庭事情があるもんだ」
「ええ? でもうちの学校に入るのに、お母さんだけの収入だとはっきり言ってしんどくない? あの人、奨学金もらってないよ」
「それぞれの経済事情があるだろう」
できるだけ端的に済ませようとするのが見え見えの難波だが、泉州の追求はとどまらない。
「でも、あの人、いいマンションに入って暮らしてるって聞いたよ。オートロックのとこだってね。普通そんなとこ入れないよ。お母さん何している人だっけ」
「泉州さん」
清坂がぴしりと注意した。真っ白い顔を上げて、
「こずえのことは生徒会に関係ないでしょ。もういい切り上げ時よ」
きっと見据えた。一瞬にして空気が凍り、泉州もあえて口をつぐんだ。代わりに隣の阿木へ、
「噂、聞いてるよね」
頷き合っていた。
──藤沖も古川のことでなにか懸念あったようだがな。
違和感あり。後で藤沖に確認してみることにした。




