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葬列の指揮者  作者: 深野メイ子
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エピローグ

バルトルトの持っていた地図を頼りに洞窟を出た一行は、二台の車に乗り込み山を下る。

まだ辺りは明るく、緑の繁みの隙間からは細かな陽光が漏れていた。

楽団とユアンが乗るバンドワゴンでは、窓を全開にしたヒナノが、今までの閉塞感から解き放たれ、肺いっぱいに山の空気を吸い込んでいた。


「はい、これ」


ユキノは洞窟から持ってきた花を一つ差し出した。

花びらが少ない、赤い花。


「お誕生日おめでとう」


ヒナノは目を丸くする。


「どうしてこれがあるの?」


ヒナノはユアンが持ってきた花が萎れていることに今更ながら気がつくと、自分の鞄から取り出し、残念そうに眺める。


「これはクロエさんに持ってきてもらったの。私が意識を取り戻した時にお願いして。クロエさんの家のお庭にはたくさん咲いているって聞いたから」


ユキノは花をヒナノの髪に飾ると、


「やっぱり、似合ってる」


そう言って顔を綻ばせた。


「ありがとう、ユキノ。

そういや私達、クロエさんの家でレコードを聴いたの。古い蓄音機で、手回しだから音がよれよれで。

クロエさんが手紙で、覚えてきてって書いてたから。

あれはなんだったんだろ」


「どんなの?」


ヒナノはうろ覚えのメロディーを口ずさむ。

運転をしていた親方はそれに合わせてハンドルを叩き始め、ベルーナは座席に置いていたアコーディオンをケースから取り出しコードを押さえる。ニコは口笛を吹き、三列目に一人座っていたユアンも息の漏れるような声で歌い出した。


ユキノの目からは大粒の涙が流れ、ボロボロのスカートの裾でそれを拭う。


「ごめんね。懐かしくって涙がでちゃった。

私達が人前で音楽を始めた頃の曲。

どうしてクロエさんが皆に聴かせようと思ったのかしら」


ヒナノは、クロエが本当にあの洞窟でコンサートを開くつもりで覚えさせたかったのだろうと思った。

こっそり見えた、出る時のあの残念そうな顔が忘れられない。

しかしあそこであの環境で演奏などしようものなら冗談ではなく、本当に酸欠になってあの世へ旅立つ可能性だってあったと思う。


「クロエさん、指揮がしたかったのかしらね。こんなところでできちゃった」


そう言ってからユキノは道の側を流れる小さな谷に浮かぶ枯れ葉を眺め、自らも歌い始める。

歌が終わると、ヒナノはユキノに抱きついた。


「嬉しいな、これでまたユキノと一緒に音楽ができる。

ユアンさんも入ったら賑やかになるね」


何度目かのカーブに多少酔いながら、親方は頷く。


「編成が変わるからな、譜面も書きなおさにゃならんな」


ベルーナは重さ十キロもあるアコーディオンをケースにしまう。

しかしユキノの表情は堅く、しばらく誰も口を開くものはいなかった。


「ヒナノ、ちょっと考えたんだけど」


砂埃が窓から入ってくるのを厭い、ユキノが窓を閉める。

一気に静かになり、その言葉は静かに車内に響いた。


「私楽団を抜けようと思うの」


「え? どうして!」


「私が死んだ真似事をしたのって、どうしてか言ったでしょ。ユアンと、あなたのため。私はこの楽団にいちゃだめ」


「やだやだ、私やっとユキノの後ろでコーラスできる自信がついたのに!」


「違うのよ、あなたは太陽にならなきゃだめなの。人を元気にする力、照らして幸せにする力、誰もが持っているわけじゃないのよ。持っている人はね、使わないとダメなの。

ね、お願い、あなたは音楽の真ん中にいて、皆を照らすのよ。

私にはユアンがいるから大丈夫。

今の曲を聴いて、あの頃の気持が蘇って、また二人でできるような気がしたの。ね、ユアン」


ユアンは少し躊躇いながらも小さく頷く。

そしてユキノはヒナノの手を握り、微笑んだ。

ヒナノは運転をしているニコや、ベルーナ、団長を見るが、誰ひとりとしてそれを否定するものは居なかった。

山を下り、村の畦道に出た車は、雲一つない空の下をひた走る。

赤い実をつけた木が等間隔で並んでいる。

再び窓を開けたヒナノは、思い切り泣いた。

車の中に、地面に落ちた熟した実の香りが入ってきた。






先を走るヒイラギ達の車には、クロエとドロペスとカラスが同乗していた。

車には運転手が神妙な顔で待機していたが、「すべてがうまくいきましたよ」という主の言葉を受けて肩の力が一気に抜けた。

何より、バルトルトの表情が格段に和らいでいた事に驚く。


後ろのワゴン車とは違い、多少の悪道では揺れを感じない高級車は、静かに村の道を走る。


「おっと、あまりに乗り心地が良いので自分の車を忘れるところだったよ。

運転手さん、すみません、僕の愛車が山の麓に置いてあるので引き返してくれませんか。

ドロペス、起きろ」


クロエの肩に寄りかかりうたた寝をしていたドロペスは、頬を叩かれ覚醒する。


「あれ? ユキノさん達は?

あれ? ここはどこです?」


明らかに山を下りてしばらく走ったであろう車が、山を前方に走っていることに愕然とした。


「なんで戻ってるんです?」


「自分の車を忘れるところだった。今車を取りに行っているところだ」


車を忘れるという前代未聞の忘れ物を回収するために余分なガソリンと時間を使わせていることに何の疑問も抱くことなく、クロエは飛び去る景色を横目に鼻歌を歌っていた。


「師匠……!」


「良いのですよ、ドロペス君。クロエさんには大変お世話になりました。この男が切掛で、皆さんに多大なるご迷惑をおかけいたしました。償っても償いきれない。一歩間違えれば殺人事件でしたから。考えただけでも恐ろしいことです」


運転手のハンドルを握る手に力が入る。バルトルトの口が開くことはなかった。


「あ、あそこです。

ありがとうございます」


脱いでいた山高帽をかぶり、降りる準備をしたクロエは、そっとバルトルトに囁く。


「何はともあれ、結果良い方向には進みましたがね、ひとつだけ、やはりあなたの信用はガタ落ちでしょう。それを覆す方法をお教えします」


バルトルトはその耳打ちに大きく反応することはなかったが、口角が僅かに上がったのを、クロエは見逃さなかった。


脇道に車を停め、クロエたちと、ヒイラギが降りる。

特に開けているわけでもなく、山道が近いわけでもない。


「クロエさん、あの、ここに停車されて、どうやってあの大量の蝋燭と花びらを運んだのです?」


ヒイラギが素朴な疑問を口にすると、クロエは自信満々に答えた。


「そりゃ僕とドロペスで運んだのですよ。ここから洞窟までは真っ直ぐですからね。車で登るより、ずっと早いのです」


鮮やかな緑の群れを背に、クロエの愛車が色の悪い排気ガスを撒きながら去っていくのを尻目に、ヒイラギはバルトルトに聞く。


「クロエさんは何とおっしゃったんだ?」


「マネージメントをすればいい、と」


「誰が?」


「私が」


「誰の?」


「ユキノさんとユアンさんの」


車で待機している運転手は、憂い事が無くなったので呑気に欠伸をしている。

ヒイラギはまじまじとバルトルトを見上げる。


「……お前がやりたいのなら好きにすればいいが、私の世話は誰がするんだ」


「もちろん私が」


暫くの沈黙の後、バルトルトが言う。


「私は今回のことで教えられました。

私のなかであなたは私の全てでしたが、こんなことをまた起こしてしまってはあなたの生き様に傷が付きます。

そうはならないように、他の色も入れてみようと思うのです。

やってみてもいいでしょうか」


「親離れだな。いいよ。こんなことをしでかしたお前だから、やってやれないことはないよ」


バルトルトは大きな体を曲げ、ヒイラギに礼をすると、後部座席のドアを開ける。

帰ったらやることは山ほどある。

心のわだかまりは洞窟の中に置いてきた。

空は晴れている。


「ユキノの歌を世界中の人々に届けます。

見ていてください」


「がんばれよ」


「……はい」


運転手の気持ちも晴れやかだった。

近々歌姫の歌が聞けるかもしれないと知り、胸を弾ませる。

今度レコードを買って、コンサートの予習をしなければと思った。




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