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葬列の指揮者  作者: 深野メイ子
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第九楽章

クロエの口角が微かに上がっている。

全員がわけがわからないまま、この場に似つかわしくない燕尾服の男と小さなピエロを見る。


「ドロペス、お前が行くかい?」


指名されたドロペスは首を振り、全員を見渡してから、ボロの服を身に纏った男を指した。


「あの人がいい」


指された男は何のことかわからず、呆然としている。


「それと、もう一人。あの子も」


泣き腫らし、混乱しているショートカットの少女を指差す。ヒナノは混乱した顔を親方たちの方に向ける。

指揮者は言う。


「さあ立ち上がるんです。ユアンさん。あなたが王子になるんです。

パートナーと呼べるのはあなたしかいないでしょう。

そして、ヒナノ、と言ったね。あなたはユキノの後継者。次期歌姫だ。おいで」


ユアンはゆっくりと立ち上がり、よろよろとピエロに促されるまま、赤い海に横たわる姫の側まで来た。

ヒナノは親方達の顔をを窺い、催促されるままユキノの元へと向かった。


「まず、ユアンだ。跪いて、彼女の手をとって、そう、そんな風に。そしてあなたの想いを口にして」


「僕の………?」


「そうです。あなたも随分と後悔し、罪の意識にさいなまれたでしょう。それを口にするのです」


「………僕は、独りよがりの音楽を奏でていた。音楽は一片の狂いもなく、正しい音を奏でることが正しいのだと。だけど、彼女は違った。楽譜通りではなく、時には崩して、感情のままに歌っていた。

ああ、それが出来ない僕は嫉妬して、山にこもり、自分だけの世界で生きてきた。

それなのに、彼女は、ユキノは、もう一度一緒にやろうと言ってくれた。

できるわけがないと思っていた。

だけど、ユキノが死んでしまって、僕は外に出て、外の空気を吸って、髪の毛を届けた後、街に出た。そしたら街には音楽が流れていて、僕の知らない音楽で、上手くはないのに、とても気持ちが良くって、こんなに音楽とは素晴らしい物だったのかと気がついた。

路上でバイオリンを弾いていた人が歌っていた。

何でもいいから歌おうって。

考えなくていいんだ。

音楽は、体から勝手に出てくるものなんだって。

僕は一日いたよ。素晴らしい日だった。


だけどユキノは死んでしまって、もう一緒にはできないのに。二度と。

バルトルトさんは僕にそれに気づく切掛を与えてくれた。こんなことになってしまったけれど。


僕はユキノの歌と共に、音楽を奏でられたことは、本当に幸せだった。

ユキノ、ありがとう」


ユアンはユキノの白く細い手を取り、口付けた。


「次はヒナノ。君の想いを口にするんだ」


ヒナノはユアンと同じく跪き、反対の手を取り、再び涙を流した。


「私の想い。

私はユキノが大好き。何でも受け入れて、許してくれるユキノ。私の太陽。

だけど、一度だけ、怒られたことがある。私が歌えないって言って、歌わなかった時だ。

私なんかが歌ったらユキノの歌が台無しになると思って歌わなかった。

今は、それは間違いなんだってわかる。

私は音楽の一部になりたい。

ユキノがいない演奏で、それに気づいたよ。

混じりあって、重なりあうことが、音楽なんだって。

ユキノの歌は絶対で、邪魔をしちゃいけないって思ってたけど、私の歌は、みんなと混じりあって、溶けてひとつの音楽になるって気づいたんだ。

もう一度、ユキノと一緒に歌いたかった。

ユキノ、ごめんね、ありがとう」


ユアンは冷たい手を口につけ、ヒナノはもう一方の手を頬に当てた時だった。


「ありがとう、ふたりとも」


一瞬、ユアンとヒナノ、そしてそこにいる全員は息が止まり、二人は手を取ったまま、彼女の顔をまじまじと見る。

目を閉じ、硬直している筈の整った顔が、氷が溶けたように綻んだ。

目が開いている。微笑みを携えた彼女の顔は、ほんのりとピンクで、どう見てもそれは化粧で施されたものではなく、薄暗いこの場でさえ、生気に満ちていた。


「クロエ、お前、喋らせることもできるのか」


親方が言うと、クロエは可笑しそうに笑いながら答えた。


「違うよシャルロット。彼女は死んでいない。僕は何もしていない」


ユキノは二人に手を取られたまま起き上がると、ゆっくりと辺りを見回した。

親方達は口を開けたまま、ベルーナとニコはお互い顔を見合わせた。

ヒイラギとバルトルトは硬直している。


「どういうことだ、クロエ」


「すまないね、騙した形になってしまったけれど、これはユキノの意志なんだ」


見ると当の歌姫は微笑みを携えたまま。しかし洞窟の空気は一変し、張り詰めていた糸が切れ、楽団は一斉にユキノの元へと駆け寄った。

そして全員でユキノを抱きしめると、ベルーナはユキノの頭を撫でながら言った。


「ユキノ、あんたの大事な髪の毛、こんなに短くなって。

どうしてこんな事をしたのさ。

私達、あんたを探している間、不安でたまらなかったんだよ。特にこの子がね」


ヒナノは涙で顔をぐちゃぐちゃにして、ユキノにしがみついた。


「よかった、よかった。ユキノ、生きてたんだね。本当に良かった」


ユキノはヒナノを愛おしそうに抱きしめる。


「ごめんね、こんなことして。ちょっとやりすぎちゃったかな」


立ち上がり、スカートに付いた花びらを払う。


「クロエさん、ドロペスちゃん、協力してくれてありがとう。私、随分とみんなを心配させてしまったわ。ごめんなさい。だけどね、よかった。ヒナノとユアンの気持ちが聞けて。

 髪の毛は前から切ろうと思っていたのよ。でもね、私が死んだって思い込ませたかったらっていうのもあるわ。びっくりしたでしょ。ふふ。

私が落ちた時、最初にいたのがクロエさんとドロペスちゃんだったの。

意識は失ってたんだけど、すぐに気がついて、私死んでないって思って、そしたらクロエさんが何か興奮した様子で、『ここでコンサートを開きたい』って言うのもだから、この計画を思いついたの。

突拍子もないものだったけど、うまくいってよかったわ」


「ユキノ………」


ヒナノは少し呆れながら呟いた。


「私は自分の歌に自信を持って歌っているわ。そうでないと聴いてくれてる人に申し訳ないから。

そうやっていいものを作り出す事をお仕事にしているから。でも驕ってしまってもダメ。ユアンはそうやってここに閉じ籠もった。

ユアンにも、本当にごめんね。死んだふりなんかして。でも外に出る切掛が作れてよかったと思ってる。

荒療治だったけれど。

私二人をなんとかしたかったのよ。

バルトルトさんに連れてこられた時は怖かったし、何がなんだかわからなかったけど、ユアンに出会わせてくれたこと、ヒナノが、自分の奏でる音楽に自身を持つ切掛を作ってくれたこと、感謝しているわ」


ユキノはヒイラギとバルトルトの方へ歩み寄る。ヒナノはその歩き方に違和感を感じる。


「ユキノ、足」


「大丈夫よ、ヒナノ、ちょっとくじいただけ。結構な高さから落ちたんだけど、腕を少し切って、足を少し痛めただけ」


ふふと笑うが、ユアンは顔を赤らめ下を向く。


「ヒイラギさん、バルトルトさんのやり方は間違っていたけれど、さっきの話を聞いていると、バルトルトさんはヒイラギさんが大好きなのね。

本当に私達を殺めるつもりはなかったみたいだし、あなたの側にいられなくなると、彼、死んでしまうんじゃないかしら」


ユキノは、ともすれば自分を殺めようとした男の手を取り、向かい合った。


「バルトルトさん、いつかは花束をありがとう。あなたの心はとても綺麗なのね。ただ一色にしか染まっていない、ヒイラギさんの色だけ。

私が言うことではないかもしれないけれど、もう少し色んな色を吸収してみたらどうかしら。

あなたがさっきヒイラギさんに言っていた、私達の音楽を聴いてどう思うかって。

あなたも何か思うところがあったのでしょう?」


「……私は、ミスターの意見を聞きたかっただけで、何も思ってはいない」


「でも、こんなことをしてまで確かめたかったんじゃないの? 自分が確かめたかったことを、ヒイラギさんに答えを委ねたんじゃないの?」


バルトルトはユキノの手を払い、声を絞り出す。


「私は、ミスターの代理をしたまで。

レコードではギターの弦が一本おかしかった。それを知っていて彼らは録音したのか、そんな不完全なものを大衆に聴かせる者達の音楽が、本当に良いものなのか。

あのレコードがおかしいのかもしれないし、本人達の耳がおかしくて気づいていないのかもしれない。

ミスターにそれを確認してもらいたかったのです」


「ユアン、何か言いたいことがあるんじゃないの?」


「……あれを録音した時、まだ僕たちはお金がなくって、あのギターしか持っていなかった。

納得はしていない。ピッチの狂ったギターで録るなんて。だけどあの時は、ユキノの歌声さえあればいいとふてくされていた。それに、あれくらいのズレは、普通わからない」


「あなたのギターの音をこんなに聴いてくれているひとがいるのよ」


「あんなズレ、誰も気づいていないと思っていた」


ユアンは恥ずかしそうにしていたが、やがて嬉しそうに微笑む。

そして、ユキノが生きているとわかり、自分の近侍の過ちが未遂で終わったことを知り、すっかり安堵した男が口を開いた。


「安定したギターに乗せたユキノの歌声は、この世で一番綺麗な音楽だと思ったよ。バルトルト」


バルトルトの表情は相変わらず硬かったが、先程までの狂気を孕んだような目ではなくなっていた。


「と、言うわけだそうだ。僕もそのレコードは擦り切れるほど聴いた。CとGが高いんだ。あなたほどのギタリストがそのズレをほおっておくことはないだろうから、何かしらの事情があったんだろうと思っていたし、実際、次の次のレコードは直っていたからね。音色も違ったし、ギターを換えたんだろうと」


「私は新しい機械でレコードを聴いた時に気がついたんです。

バルトルトは、知っていたのですね。

私の従者は耳が良いのですね」


バルトルトの表情がついに緩む。


「私達もまだ若かったし、その当時のプレーヤーではそこまで再現されなかったら、妥協しちゃったのね。まさかこんな形で事情を説明することになるなんて。恥ずかしいわ、ユアン」


「しかし、バルトルトのおかげだよ。ユキノとユアンの音楽が聴けたのも、チューニングの事情が聞けたのも」


「ヒイラギさん甘いなぁ。ユキノ死んじゃうところだったじゃない」


ヒナノが呆れて言い放ったその時、パチン。

またもやクロエは手を叩き、全員を見渡す。


「大団円。

僕の指揮は終わった。

いくら風穴があるからって、こんなところで大量の蝋燭なんか灯してたら、酸欠で死んでしまうよ」


「自分が言い出したくせに」


ドロペスはつぶやく。


「僕は死なないだろうが、皆が死んでしまっても僕は生き返らせることはできないからね。せいぜい室内楽団の指揮ができるくらいだ。

さあ、出ようか」


蝋燭を全て吹き消し、一行はクロエの持つランタンに付いて行く。

しかし後ろで一人躊躇う男が居た。


「僕は、ここから出てもいいのでしょうか」


そう言ったのはユアンだった。

ユキノは振り返り手を差し伸べる。


「あなたには、人を幸せにする力がある。

一緒に行きましょう」


真っ暗闇には誰もいない。

そうして、全員が光に向かって進むのだ。


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