第37話:再会の代償 (Part 5)
「……嘘だろ。痛み、全部消えてる。なんだよこれ、めっちゃチートじゃん!」
裂けた服の隙間から見えていた傷も跡形なく消え、口の中に残っていた血の味もなくなっていた。
回復薬の性能に、驚きながらもいつもの調子を取り戻した俺は、勢いよく立ち上がった。
突然のめまいと強い気分の悪さに襲われ、思わず膝をついた。
「な、なるほどな……。外傷は治るけど、精神的なダメージは別ってか」
眉間を指でつまみ、目をぎゅっと閉じる。
体はすっかり元気なのに、心が妙に重い。
悪寒のような、言葉で説明できない気分の悪さに苛まれ、俺はその場から動けずにいた。
「あ、くそったれ。精神系の回復薬も作っときゃよかった……」
後悔が漏れる間にも、遠くから不穏な足音が近づいていた。
「追手か……」
ぐるぐる目が回る気分の悪さを堪え、俺はその場から離れ、渓谷の奥へと逃げた。
***
【????、渓谷の底】
「遠くに落ちたな」
「何が言いたい」
「なにを苛ついている。俺たちは一時的とはいえ、手を結んだ仲間だろう?」
男魔導師が鼻で笑う。
「利害が一致しただけだ。貴様と仲間になった覚えはない」
女魔導士は、目も合わせず言い放つ。
鋭い返しに、男はどこ吹く風で、話を変える。
「ツバサとか言ったか? 死んだと思うか?」
「生死は関係ない。封印鍵が手に入ればそれでいい」
「もちろんそうだが、こちらとしては、次の召喚者を呼び寄せられるのは問題だからな」
「そっちこそ大丈夫なのか? 勝手に塔を飛び出して、渓谷に来たりしてないだろうな?」
「ふん。塔には監視をつけて見張らせている。余計な心配は無用だ」
二人の不穏な会話をよそに、数十人の兵士たちが直立不動の姿勢で、次の指示を待っていた。
銀のローブを翻し、女魔導士は腕を高く上げる。
「ツバサ・ミナセを連れてこい」
冷徹な声が渓谷に響き渡る。
胸に星刻の紋章を刻んだ兵士たちが、一斉に動き出した。
「遅れるな! さっさと捕まえてこい!」
野心を隠そうともしない、低く唸るような声が響く。
闇に溶けるような兵士たちが、瞬時に姿を消した。
星刻の紋章を持つ軍勢と、闇の結界が脈動する影の軍団――異なる国の二つの兵士の集団は、冷たい風が吹き抜ける渓谷の狭間を駆け抜けていった。
女魔導士が見上げた空は、暗黒に染まったようだった。
さっきまで漂っていた白い雲海は消え、代わりに黒い霧が立ち込めていた。
それはまるで、破滅の兆しを呼び寄せているように渓谷を覆っていた。
黒のローブに身を包んだ男魔導師の顔には、いつしか欲望と狡猾さに満ちた笑みが浮かんでいた。
(第3章 第38話に続く)




