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彼女の思惑


「フィオ様、おはようございます! 朝ですよー!」

  

 扉の向こうに、メイドのリリアンの溌剌とした声が響いた。


 目覚めた時には薄暗い気もしていたのだが、気がつけば窓の外もほのかに明るくなっている。

 ジルベルトはずいぶんと長い間悩んでしまっていたらしい。


「んん……」


 隣からは、吐息混じりの眠そうな声が漏れる。

 リリアンの声がフィオレンティナの耳にも届いている証拠である、きっと彼女の目覚めも近い。

 

(これは、まずいのでは……)


 扉の前に待ち構えるリリアン。

 彼女は間もなくあの扉を開け、この部屋へと入ってくるはずだ。

 

 するとそこには、いるはずの無いジルベルトが待ち受ける。隣には、腕に絡みつきながら寝息を立てるフィオレンティナ。

 

 非常にまずい。しかし身動きが取れない。

 詰んでいる。


 このような姿を目撃されては、『婚前に女性の寝室へ夜這いをかけた男』と思われても仕方がない。

 リリアンに誤解だと弁解しても、おそらく信じてはもらえないだろう。実際、フィオレンティナとベッドを共にしているのだから。

 しかも彼女はべったりとジルベルトに絡みついている。それはもう、何も無かったとは思えぬほどの距離感で。


(違うんだ……ジャスミンは俺によく懐いていて、昔はこうしてくっついて寝ていて……いやしかし、フィオはジャスミンではない、人間だ、しかもこの上なく魅力的な。でもジャスミンの記憶を持っていて……)


 声にならない言い訳が、ジルベルトの頭をぐるぐると回る。

 リリアンへなんとか説明しようと考えてみても、「フィオはジャスミンだから」なんて訳の分からないこと、とても言えるはずがない。


 もう、言い逃れは出来ない。

 ジルベルトが腹をくくったその時――



 

「……ジルベルト様、少しだけ我慢して下さいませ」


 寝ていたはずのフィオレンティナが、ジルベルトの身体を分厚い毛布で覆った。たちまち、視界は毛布で遮断される。


「っフィオ! 起きていたのか」

「しーっ……喋るとリリアンにバレてしまいますわよ」


 毛布越しに、悪戯なフィオレンティナの囁きが聞こえた。

 彼女はリリアンからジルベルトを隠そうとしているようだった。しっかりと、毛布ごとジルベルトを抱え込んでいる。

 

(助かった……?)


 まさかフィオレンティナが起きているとは思わなかったが、このように匿ってくれるなんて願ってもないことだ。天使だろうか彼女は。

 

 ジルベルトは、毛布の中でホッと息をついた。

 しかし束の間、今度は別の問題が顔を出す。


(……これは!)


 隠れることに必死で気づかなかったが、頬に感じるこの柔らかさ。

 先程まで、腕に押し付けられていた感触。

 身体が一気に沸騰する。


「フィ、フィオ!!」

 

 このように胸を押し付けられたまま、ジルベルトには平静でいることが出来なかった。 


 せっかくフィオレンティナが匿ってくれたというのに、大きな声を上げてしまったジルベルトは自ら墓穴を掘ることとなる。

 


 聞こえるはずのない当主の声を聞きつけたリリアンは、勢いよく部屋への扉を開けた。


「フィオ様!? こちらから、ジルベルト様の声が聞こえたのですが!」


 部屋へ押し入ったリリアンが、目を丸くしてこちらを見ている。

 ベッドの上で、フィオレンティナを組み敷く形となったジルベルトの姿を。


「ジルベルト様……?」

「い、いや、これは違うんだ。とりあえず離れて欲しかったんだ、俺にも我慢の限界が……」

「フィオ様になんてことをなさっているのです……?」


 フィオレンティナの身体を引き離した姿が、さらに誤解を招く結果となってしまった。

 案の定、リリアンは軽蔑の眼差しを浮かべている。

 

 リリアンは正義感の強いメイドだ。たとえジルベルトが当主であっても間違いを起こしたとなると見過ごすことは出来ないだろう。 


「結婚前に、このような乱暴を働くなど……」 

「リリアン、誤解ですわ。わたくしが、ジルベルト様をお誘いしたのです」

「フィオ様が?」

「ええ。このお部屋ならジルベルト様も一緒に寝て下さると思って」


 フィオレンティナも、ジルベルトを庇う。

 けれどリリアンの疑念が晴れることは無い。


「仲がよろしいのは結構ですけれど、おふたりとも、このようなことはご結婚してからにして下さいませんか」

「いや、だから何も無かったんだ!」

「何も無いはずありません。このところのジルベルト様は特に……こんなに可愛らしいフィオ様と一晩を共にして、何も無いわけが――」

「……本当に、一晩中何もありませんでしたのよ。わたくしがここまで勇気を振り絞りましたのに。リリアン、話を聞いてくださる……?」


 ジルベルトはギョッとした。

 弁解することに必死になっていたが、フィオレンティナを見下ろせば彼女はどこか悲しそうな瞳でリリアンに縋る。


「まあ、フィオ様……! それは本当ですか」

「ええ。わたくし、女としての魅力が無いのかしら」

「そんなはずありません。フィオ様は世界一可愛らしく魅力的な女性です……! ジルベルト様の意気地なし! そんなことだからいつまで経ってもご結婚出来ないのですよ!」


(ええ……?)


 一転、本当に何も無かったことで、ジルベルトは二人から罵られている。

 フィオレンティナのためを思って、あれだけ我慢していたというのに。


(何が正解だったんだ……?)

  

 しかし、まさかフィオレンティナにそのような目論見があったとは。

 

 邪な気持ちが自分だけのものでは無かったことに、情けない男の心は踊る。

 愛しい彼女の可愛らしい思惑に、ジルベルトの胸は早鐘を打ったのだった。

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