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待ての出来ない前世犬令嬢は、今世こそご主人様から愛されたい  作者: 小桜


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気まずい朝食


 嵐のような雪も朝のうちに止み、ノヴァリス伯爵家に静けさが戻った。


 と言うよりは、静か過ぎる。

 ノヴァリス伯爵家の食堂には、カトラリーの音だけが響いている。

 遅い朝食をとるジルベルトとフィオレンティナの間に流れるのは、不自然な沈黙。

 このような時に限って、他に朝食をとる者は誰もいない。


 いつもなら、「このパンが美味しい」だとか「今朝見た夢の話」だとか、食堂にはフィオレンティナの明るい声が響くのに。フィオレンティナは黙々とパンをちぎり、ひたすら朝食を口に運ぶ。 


「フィオ……?」

「どうかいたしましたか? わたくしに何か御用でも?」

「いや……特には、何も」

「でしたら、話しかけないで下さる? わたくし急いでおりますの」


 彼女の態度には、いつにない棘があった。

 冷たい声。伏せられた瞳。会話を続ける意思は一切感じられない。


「急ぐ……とは? なにか予定があるのか?」

「……わたくし、今日はデルイエロの町へ行こうと思いますの」

「やけに急だな」

「先日、少女に誘われておりましたでしょう? 会いに行ってまいりますわ」


 いつも愛嬌を振りまき、あるはずの無いシッポを振っているようなその人が、今朝からまったくこちらを見ない。

 このようなフィオレンティナは出会って以来初めてのことで、取り付く島もなく困惑している。

 とりあえず分かるのは、フィオレンティナが怒っているということだ。おそらく、彼女が怒っているのはジルベルトに原因があるのだろうけれど。

 

「……では俺も一緒に行こう」

「いえ、わたくし一人で大丈夫でしてよ。雪も止みましたし、馬で駆ければすぐですわ」

「しかし、君一人では危ないだろう」

「分かりませんこと? わたくし、今日はジルベルト様と一緒にいたくありませんの」


(一緒に……いたくない――?)

 

 ジルベルト相手に拒絶など絶対になかったフィオレンティナが、きっぱりとジルベルトを突っぱねた。

 懐かれていた彼女から拒否されたショックは思いのほか大きく、朝食を食べる手も思わず止まる。


「そ、それは何故……」

「ご自分の胸に手を当てて、よくお考えになって下さいませ」


 フィオレンティナに言われたように、ジルベルトは思い当たることを考える。

 

 昨日の夜、彼女はいつも通りだった。

 一緒に寝ようと誘いに来て、同じベッドに入ってからは話をして、彼女は愛らしく腕に抱きついて、そのまま眠って――

 たとえ、ほぼ一晩中邪念に駆られていようとも、ジルベルトは必死で耐えた。フィオレンティナを傷つけるような行為はしていないはずだ。


 しかし、業を煮やしたフィオレンティナは、呟いた。

 

「ジルベルト様にとって、わたくしは所詮『ジャスミン』なのですわ」

「……? 何のことだ?」

「一晩一緒にいて、よく分かりましたわ。わたくしは女として見られていないということが」


 じわりと涙をにじませるフィオレンティナに、ジルベルトは凍りついた。

 彼女は完全に誤解している。ジルベルトが手を出してこなかったことに、自信を失っているらしい。


「わたくしにも、一応プライドはありますの。これでも、勇気を出して露骨にお誘いしたつもりでしたのよ。なのに、ジルベルト様ったらひとつもわたくしを見ないんですもの」

「フィオ、それは違う」

「なにが違うと仰いますの? 結局、夜が明けてリリアンが起こしに来るまで、ジルベルト様はずーっと寝ていただけでしたわ。まるで犬と添い寝ているかのように」


 なんてことだ。傷つけまいと我慢していたことが、かえってフィオレンティナを傷つけてしまっていたなんて。


 二人は結婚前の男女であって、間違いが起こってはならない。ジルベルトはそう考えていた。しかし、彼女はそうでは無いらしい。


「すまなかった。フィオをそんなに悩ませてしまうとは……」

「もう構いませんわ。わたくしはジルベルト様にとって、犬と変わりない存在ですもの。なのに多くを望んでしまって、少し傷付いただけですから」

「君が犬と同じだなんて、そんなはずは無いだろう!」


 ジルベルトは、我慢出来ずにフィオレンティナへと詰め寄った。


「俺は一晩中、必死で我慢していた。フィオの顔を見ぬように目を閉じても、隣で寝ている君を意識せずにはいられなかった。すべて、君が魅力的であるからだ。触れたくなるところをギリギリで耐えていた」

「な、なぜそのように我慢なさったのですか? わたくし、ジルベルト様なら何をされても構いませんのに」

「また、そのようなことを……! フィオ、何をされても良いなんて言ってはならない。結婚前の君相手に、我慢出来なくなってしまう」


 我に返った時には、怒涛のように本心が口から溢れ出ていた。こんな邪な気持ちを知られてしまえば、幻滅されてしまうのではと恐れて、我慢していたのに。

 

 ただ、フィオレンティナは驚いていたが嫌がってはいないらしい。どうやら誤解は解けたようで、その顔からは先程までの怒りが消えている。


「それならわたくし、早くジルベルト様と結婚したいですわ」

「フィ、フィオ」

「ジルベルト様は我慢出来ても、わたくしは()()なんて出来ませんわ。早く結婚したくて私、こんなことを――」


 フィオレンティナの、真っ直ぐな言葉がジルベルトに刺さる。


「ジルベルト様は……わたくしではお嫌?」

「い、嫌なわけないだろう……」


 恥じらうフィオレンティナが愛し過ぎて、結婚前だの間違いだの、正論を言う気力も消え失せる。

 ジルベルトはもう何も返せずに、それだけを言うのがやっとであった。

 

次話の更新は夜になります。

申し訳ないです!

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