エルミーニの薔薇②
男爵令嬢マリエッタ・セルヴァ。
明るく可愛らしく、少し抜けたところもある親しみやすい彼女は、あっという間に男達を虜にした。
「彼女は、とっても頭の良い方でした。こう……わたくしに反感を持つ男を探し出すのが、とっても上手なかたですの」
「反感を持つ男……?」
「ええ。わたくしに贈り物を突き返されたり、冷たくあしらわれたりしてプライドを踏みにじられた男達。そして――わたくしに劣等感を抱くクラウディオ殿下のことですわ。そんな男達に、彼女はひとこと告げるのです。『フィオレンティナ様から、嫌がらせを受けました』って」
『フィオレンティナさまから、無視されるのです。私が何か粗相をしてしまったのかしら……』
『フィオレンティナさまのワインが度々ドレスにかかって、困っていて……でも、近くを歩いた私が悪いのですよね』
マリエッタは狡猾な女だった。
フィオレンティナの嫌がらせを「悩み」として男達に相談し、「でも、自分も悪い」と付け加える。
すると男達はマリエッタを庇うのだ。
マリエッタは悪くない、やはりフィオレンティナは酷い女だ。そのように彼女を慰めながら。
マリエッタの思惑通り、すんなりと強弱の構図が出来上がる。
もちろん、フィオレンティナだって反論した。
マリエッタに嫌がらせなどしたこともなかったし、そのようなことをする必要もなかった。だって、これまで彼女など視界の隅にも入れていなかったのだから。
しかし、性悪で冷たいフィオレンティナと、か弱く脆いマリエッタ。
周囲はどちらの言い分を信じるかとなると――
フィオレンティナに反感を持つ男達は、面白いくらいにマリエッタの言葉を信じた。
マリエッタに共感し、同情し、彼女によって捏造された嫌がらせの証拠となる品々もたいして調べることもなく信用される。
悪女として名を馳せていたフィオレンティナには為すすべもなく、無実の罪は日を追う事に重ねられていった。
「そうしてわたくしの罪が積もりに積もったタイミングで、マリエッタは勝負に出たのですわ」
「勝負? ……まさか」
「マリエッタ自ら、階段から転がり落ちましたの。わたくしの目の前で」
階段から落ちたマリエッタは、幸いにも打撲で済んだ。
しかし、この時点ですでに彼女と恋仲となっていたクラウディオは、フィオレンティナに激怒した。
彼は、嫉妬したフィオレンティナがマリエッタを突き落としたと信じて疑わなかった。
そう信じたのはクラウディオだけではない、周りの貴族達も、親さえも。
「親も……?」
「ええ。わたくしなんて、エルミーニ侯爵家に泥を塗った娘に過ぎませんもの」
誰も信じてくれない。
もう、フィオレンティナは頑張れなかった。どう反論しても無駄であると悟った。早く処罰されて、楽になりたいと思った。
断罪の末、クラウディオから言い渡されたのは『婚約破棄』、そして『王都追放』。
フィオレンティナは、甘んじてそれを受け入れたのだった。
「――むしろ嬉しかったですわ。あんな王子の婚約者なんてまっぴらですもの。わたくしは喜んで王都を飛び出しました。ジルベルト様にお会いするために、アルベロンドを目指して」
「……そうか」
ジルベルトは頷いた。
彼女の口から語られる真実を聞き漏らさぬように。
「でも……わたくしはマリエッタを突き落としたり、しておりませんわ」
「ああ」
「嫌がらせなんてしておりません……贈り物だって、欲しいなんて一言も言わなかったのに」
「そうなのだろうな」
いつの間にか、彼女の声が震えていることに気がついた。
隣に座る『エルミーニの薔薇』は、その美しい瞳からぽろぽろと涙を流していた。
頬を伝う涙は雫となり、ぽたぽたとエプロンにシミをつくる。
「一人きりで、辛かったな」
ノヴァリス伯爵家に突然現れた『性悪令嬢フィオレンティナ・エルミーニ』。
その正体は、天真爛漫で人懐っこくて――孤独を抱えた一人の少女。
「――わたくし、やっと自分に戻れる」
流れた涙は美しく、あまりにも寂しい。
ジルベルトは、彼女の小さな肩をそっと抱き寄せることしか出来なかった。




