エルミーニの薔薇①
フィオレンティナは伏し目がちに笑う。
いつもの天真爛漫さは影を潜め、二人きりの食堂には少しばかり重い空気が流れた。
気まずい。ゴシップ誌を読んだことが、彼女にバレていたなんて。
しかし、ジルベルトはどうしてもフィオレンティナの事情が知りたかった。
フィオレンティナが王子の婚約者であったというのは本当なのか。『性悪令嬢』になど見えない彼女に、なぜそのような二つ名がついてしまっているのか。
察しの良い彼女は、ジルベルトが聞くまでもなく自ら口を開いた。
「そちらのゴシップ誌のとおり、わたくしは半月ほど前まで王子クラウディオの婚約者でした。彼との婚約を結んだのは、十年前――わたくしが八歳の頃ですわね」
エルミーニ侯爵家のフィオレンティナは、誰もが振り向くほど美しい少女だった。
白くなめらかな肌に、琥珀を思わせる宝玉のような瞳。金糸のように光を集めるその髪は、彼女の姿をより一層輝かせる。
存在するだけで光を放つような少女は、子供ながらにして王都にその名を轟かせた。
世間から注目され続けていたフィオレンティナは、父に連れられ登城したある日、王子クラウディオ・ランベルディから一目惚れされることになる。
後に、これはフィオレンティナとクラウディオの顔合わせであったのだと知らされるのだけれど。
その日のうちにエルミーニ侯爵家には王家から婚約の打診が届き、父と王家の思惑通り、フィオレンティナはあっという間にクラウディオの婚約者となった。
フィオレンティナ八歳の頃だった。
「でもわたくし、お察しの通りおてんばな子供だったのです。馬は好きですし、剣のお稽古も、木登りもしておりましたし……つまり、王子の婚約者としては不適格でしたの」
フィオレンティナは、幼い頃から群を抜いた才能を持っていた。
皆は当たり前に彼女を褒めちぎった。そして彼女は褒められると素直に喜び、持ち前の愛くるしさで周りの者を虜にし――何をしても人並み以上の結果を出す彼女に対し、王子クラウディオは次第に劣等感を抱くようになる。
彼は見た目も中身も、凡庸な男だった。
卓越した才能を持つフィオレンティナと自身を比べては、彼女を妬み、歪んだ敵意を募らせた。
その嫉妬は留まるところを知らず、かつてフィオレンティナに一目惚れしたはずの少年は、いつの間にか彼女へ憎しみを抱くようになって。
『フィオレンティナ。もう、馬に乗るのは止めるように』
王子とのギクシャクとした関係が続いたある日。父からは突然そう告げられた。
馬だけではない、剣も、木登りも、周りに笑顔を振りまくことも。クラウディオが不快に思うことをすべて、禁じられてしまったのだった。
「笑うことまで禁じられて……本当に、今考えても馬鹿馬鹿しいですわ。でも、王子クラウディオの婚約者となってしまったわたくしが王都で生きていくためには、従うしかなかったのです」
笑わない侯爵令嬢フィオレンティナ・エルミーニ。
冷酷にも見える美貌はいつしか、美しくも棘のある『エルミーニの薔薇』などと揶揄されるようになった。
笑わなくとも、美しい。誰もの視線を奪うフィオレンティナは、依然として社交界の注目を浴び続ける。
興味本位で近付いてくる男達は、こぞってフィオレンティナに贈り物を寄越した。
誰であれば彼女を笑わせることができるのか、あわよくば彼女を手にすることができるのではないか。
やましい下心が隠された男達の贈り物は、どんどんエスカレートしていった。
花束や手紙では飽き足らず、ドレスにアクセサリー、果ては宝石まで――
「数多の男達に高価な貢物をさせておいて、せっかくの好意を無碍にする悪女。それが『性悪令嬢フィオレンティナ・エルミーニ』の真相ですわ」
「なんと……性悪とは、まったくのデタラメではないか」
「……ジルベルト様はわたくしの言葉を信じてくださるのですね。クラウディオ殿下は、わたくしが何を言おうと全く耳を貸すことはありませんでしたわ」
フィオレンティナがいくら否定しても悪評ばかりが膨れ上がり、『性悪令嬢フィオレンティナ・エルミーニ』としての存在感は増すばかり。
友人として付き合いのあった令嬢達も、蜘蛛の子を散らすようにフィオレンティナから離れていった。
令嬢達は皆、己が大事だった。『性悪令嬢』と付き合いがあっては、どんな悪い噂が立つか分からない。それは致し方ないことかもしれないが。
孤立し、蔑まれ、フィオレンティナの評判が地に落ちた頃――彗星の如く現れたのが、男爵令嬢マリエッタ・セルヴァであった。




