頼もしい味方(フィオレンティナ)
ジルベルトが、心配してくれている。
それだけで会いに行きたい気持ちは先走り、我慢の効かないこの足は急いで客間を飛び出ようとした。
しかしそんなフィオレンティナを、リリアンが慌てて呼び止める。
「ちょ、ちょっとちょっと、待ってください、フィオさま」
「リリアン? 何ですの?」
「そのまま行くおつもりですか?」
「えっ」
彼女の慌てる顔を見てからやっと、鏡越しの自分に目をやった。
下ろしたままの荒れた髪に、ピンクベージュのナイトドレス。鏡に映ったフィオレンティナは部屋着のまま――油断しきった寝起き姿のままだった。
「あ、危なかったですわ……! このまま突撃するところでしたのね……」
「フィオ様はそのままでも可愛らしいですけれど、ちゃんと身支度を整えましょうね。昨日、せっかく素敵な服を買ったのですから」
「そうですわね……恥ずかしいですわ」
一旦、頭の冷えたフィオレンティナは、昨日買った服の中から濃い紫のワンピースを選んだ。
襟元にはレースとくるみボタンがついていて、厚手の布地で仕立てられている。スッキリとしたシルエットでありつつ、スカート部分が二枚重なりフワリとした愛らしいデザインは、アルベロンド地方特有のものだ。ふかふかとしていて、とても暖かい。
「わあっ……可愛い! フィオ様が着るとお人形みたいですね!」
「褒めすぎですわ、リリアン」
「髪も可愛くしましょうね。さあフィオ様、お座りください」
リリアンはフィオレンティナをドレッサーの前に座らせると、手際よく用意を始めた。道具は、櫛にオイルに、紫のリボン。美しく波打つ金髪が、リリアンの手によってゆるくふわふわと編み込まれていく。
「……フィオ様は、デルイエロの町でメリッサとお会いましたか?」
「メリッサ? ああ、あの妙な方ですわね。ジルベルト様を好いているようでしたけれど」
「やっぱり! フィオ様にまで突っかかったのですね。本当にどうしようもない女だわ!」
リリアンによると、あのメリッサとかいう女は彼女の幼馴染であり、昔からジルベルトを狙っているらしい。
しかし昨日の様子を見た感じでは、ジルベルトに脈が無く焦っているというところだろうか。彼から少し忠告されただけで、捨て台詞を吐きながら逃げていってしまった。
「すぐどこかへ逃げていきましたわよ。取るに足りませんわ」
「いいえフィオ様、油断なさらないで下さいね。あの者はとーっても執念深い女なのです。何がなんでもジルベルト様を手に入れようとするでしょう。こうなったら、ジルベルト様には早くフィオ様と婚約して頂かないと……」
メリッサのことを憎々しげに呟きながら、リリアンはゆるく編んだ三つ編みの形を整える。最後に紫のリボンを結ぶと、彼女は鏡越しにフィオレンティナへ微笑みかけた。
「出来ました! さあっ、この可愛いお姿、ジルベルト様にお見せしましょうね!」
「リリアン? やけに張り切ってますわね……?」
「だって、私はお仕えするなら絶対にフィオ様がいいんです! 可愛らしいし、お優しいし、威張らないし……まるでお屋敷に花が咲いたようで」
(わたくしがいい……!?)
王都では、令嬢達からは妬まれたり、嫌味を言われたり、分かりやすく仲間はずれにされたり。敵だらけの世界で生きてきたフィオレンティナにとって、こんなにも真っ直ぐな好意は初めてのことだった。
迷惑がられても当然だと、ある程度は覚悟してノヴァリス伯爵家までやって来たのに、まさかこうして応援してもらえるとは。
胸の奥がくすぐったくて、なんとなくそわそわしてしまう。
「絶対に、ジルベルト様にはフィオレンティナ様を選んでいただきます! メリッサなんかに負けないでくださいね、フィオレンティナ様!」
「え、ええ。頑張りますわ……!」
「ジルベルト様をメロメロにしてしまいましょう!」
「メロメロ……!?」
リリアンの勢いに若干たじろぎながらも、共に拳を掲げて気持ちを奮い立たせる。
気を引き締めたフィオレンティナは、ジルベルトに会おうと部屋を出た。
ジルベルトを探して屋敷を歩く。レンガ造りのノヴァリス伯爵家はやけに広く、彼の姿はなかなか見つからなかった。
リビングにもおらず、食堂にもおらず、屋敷中をウロウロとしていたらいつの間にかブラックまでついて来ている。ずいぶんと懐かれたものである。
「ブラック。ジルベルト様がどこにいらっしゃるかご存知ない?」
試しに聞いてみたけれど、彼の瞳は『知らない』と言っている。『ジルベルトと遊ぶより、僕と遊ぼう』とも……彼はどうやら、遊び相手を探していると思っているらしい。
「またあとでフリスビーを投げて差し上げますわ。今はジルベルト様を探さなければね」
ブラックをなだめつつ、フィオレンティナとリリアンと――ぞろぞろ並んでジルベルトを探す。
あとは書斎か屋敷の外か、なんて考えていたら……エントランスに、とある人物が立っていた。




