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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第9巻 布引の竜宮城

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259話 無支祁

「此方は、この問題を解決する手段を求めて、陰陽同好会に入りました」


 玉座の間から退出した後、夢乃が語り出した。


「2年間で、助力を願える糸口を見つけようとしていたところ……」

「飛んで火に入る夏の虫が、居たわけだな」


 B級程度が抱える問題なら大したことはないと、軽々しく思った一樹の見誤りだ。

 礼品を約束されているため、正式な依頼だと考えて、受け入れるしかない。


「夢乃にとって国家試験は、どうでも良いわけか」

「遣いの大鬼を1体、憑けて頂いております故」

「B級の憑き物が居るなら、試験くらい容易いだろうな」


 大鬼とは、源平盛衰記に記された化け猫の仲間だろう。

 一樹が感知した猫の気配は、布引の滝に現われた竜宮の遣いだったわけだ。


「それで何仙姑様すら煩わせているのは、一体何だ」

無支祁むしきは、御存知でしょうか」

「中国の無支祁だったら、大まかには聞いたことがある」


 無支祁は、夏王朝(紀元前2070年~ 紀元前1600年頃)の禹王が、治水工事を行った際、桐柏山(河南省と湖北省の境界にある山脈で水源の一つ)で、強風と雷を起こして抵抗した神の名だ。

 無支祁は、全長15メートルほどの猿に似た姿で、青い身体に白い首、金色の瞳、白い牙、首は30メートルほど伸ばせて、怪力にして疾風の如く俊敏だった。

 禹王の臣下は何度も鎮圧を試みた末に捕らえたが、神の身であり、武器では殺せなかった。

 そのため首を鎖で繋ぎ、鼻に穴を空けて金鈴を取り付け、淮河(中国で長江・黄河に次ぐ第三の大河)に沈めた。


 それから、遥かに時を下る。

 唐の永泰年間(765年~766年)、楚州(現在の江蘇省。北部は淮河が流れ、中国と朝鮮半島の間にある黄海に面する)で、李湯りとう刺史しし(知事)をしていた頃。

 ある夜、漁師が楚州で釣り糸を垂れていると、まったく引き上げられない大物が掛かった。

 泳ぎが得意な漁師が海中に飛び込み、深く潜ったところ、鎖が水中に沈められていた。

 どこに繋がっているのかと怪訝に思った漁師が報告し、李湯の耳にまで届く。

 李湯は、泳ぎに長けた数十人の漁師に命じて、鎖を引き上げさせようとした。

 だが人力では鎖を引き上げられず、50頭あまりの牛も使って、ようやく鎖を引き上げた。すると鎖の先には、15メートルあまりの猿に似た怪物が繋がれていた。

 引き上げた時には、目が閉じられたままで、眠っているようだった。

 目や鼻から海水が流れ出し、口から流れるよだれは酷い悪臭で、誰も近付けない。

 暫く経つと怪物は目を覚まし、荒れ狂った。

 人々が逃げ出すと、怪物は鎖を引き摺りながら、海中に戻っていった。


「その無支祁が、蓬莱に流れ着いたとか、そういうオチか」

「ご推察のとおりです」

「東海の安寧を保つ立場の何仙姑様だと、悪臭を放つ物体を東海に捨てられないな」

「神を相手に、直接手を下すことも、憚られそうですね」


 状況を理解した一樹は、深い溜息を吐いた。


「俺が使役する幽霊巡視船に鎖を繋いで、どこかに引っ張っていけば良いかな」

「そうして頂けましたら、仙境の出入り口の濁りが浄化されます」

「……地球で最も深い海って、何処だったっけ」


 一樹は自らに問いかけるように呟きながら、蓬莱宮の荘厳な玉座の間を後にした。


「北西太平洋にあるマリアナ海溝は、水深1万メートル以上だそうです」


 夢乃は一歩後ろを歩きながら、静かに答える。


「日本列島からは、南に約2500キロメートルになります」

「幽霊巡視船の速度だと、片道2日と少しか。引っ張ると遅くなるから、呪力を多目に籠めて、往復してもらうか」


 幽霊巡視船には、45人の幽霊巡視船員が付いている。

 一樹自身が乗船せずとも、指示しておけば彼らが行って、任務を果たしてくれるわけだ。

 無支祁を引っ張っていって、目標地点で切り離す。

 トラブルがあれば、その時点で切り離す。

 内容が単純明快で、途中で指示を出さなくても良い。

 つまり一樹の気が、幽霊巡視船に届かなくなっても良い。


「やることは理解した」

「よろしくお願い致します」


 一樹は短く頷きながら、夢乃と共に宮殿の回廊を歩き始めた。

 蓬莱の宮殿から外へ出ると、視界が一気に開ける。

 空は霞がかった青で、現世とは異なる透明感を帯びている。淡い霧が陽光を和らげ、空間全体に柔らかな光を満たしていた。

 道の両側には、瑠璃や翡翠でできた灯籠が並び、微かな光を放っている。

 それらはただの装飾ではなく、霊的な気配を含んでいた。

 足を止めた一樹が灯籠に手を翳すと、ひんやりとした感触が掌に伝わり、内部から脈打つような波動を感じた。


「これ一つでも、滑石製の勾玉と遜色がない霊物だな」

「ここは三神山に数えられる仙境ですので」


 一樹は灯籠から手を離し、再び歩き出した。

 蓬莱宮を抜けると、その先には黄金色の砂浜が広がっていた。

 波打ち際には、淡い光を放つ貝殻や珊瑚のかけらが散らばり、波が引くたびに輝きを増す。

 海は静かで、どこまでも青く澄んでいる。

 しかし、その奥に広がる深淵には、何か得体の知れないものが潜んでいるようにも感じられた。


「無支祁は、この海域のどこに?」


 一樹は海を見渡しながら尋ねた。


「あちら側、南の沖です」


 夢乃が指差したのは、数百メートルほど先の沖だった。

 周囲の海は綺麗に見えるが、蓬莱の基準では濁りが混ざっているのかもしれない。

 一樹は小さく息を吐いた。


「では、始めるとするか、『PL200、出て来い』」


 一樹が静かに海へと手をかざすと、海上に羽根が落ちるほど静かな揺らぎと共に、白と青の船影が浮かび上がった。

 まるで蜃気楼のように現われた幽霊巡視船に向かって、一樹は念じる。


『無支祁の鎖と、巡視船にある2本の錨を繋いで、マリアナ海溝まで曳航してから投棄しろ』


 錨とは、船が流れないように、綱や鎖につけて海底に沈める重りのことだ。

 中型以上の巡視船には、両舷に1つずつ錨が搭載される。みやこ型巡視船は、大型に分類されており、もちろん搭載されている。

 一樹の指示で動き出した幽霊巡視船は、無支祁が沈んでいる海上へと向かい始めた。


「取り付け作業をするための潜水は、幽霊船員がするのですか?」

「そうだ。幽霊だから呼吸は必要ない。楚州の刺史が命じた漁師達より、上手くやれるだろう」


 無支祁は、古代中国では神の1柱に数えられた存在だ。

 おそらく猿などから昇神して、桐柏山に神域を生み出し、治水工事で神域を荒らされたことから抵抗して、夏王朝の禹王に倒されたのだろう。

 全長15メートルであるから、推定で荒ラ獅子魔王に匹敵するS級以上の力を持っていた。

 だが神域を失って呪力の回復がままならず、その都度で起きて暴れるだけになっている。

 中国は無支祁を受け入れないだろうから、桐柏山にお帰り頂くわけにはいかない。

 日本に居着かれても迷惑なので、各国の領海外であるマリアナ海溝に送るのが最善だ。

 日本のためになる行動でやる気を出す幽霊巡視船員にとって、無支祁の投棄は是であろう。


「直上に到着したようです」

「よし、『そこで錨を下ろせ』」


 一樹に指示された幽霊巡視船は、錨を下ろし始めた。

 次いで幽霊巡視船員の何人かが、澄んだ海へと飛び込んだ。

 彼らは水の抵抗を受けることなく、音もなく降下していく。

 やがて、海底に横たわる鎖の元へと到達した。


 無支祁を封じた鎖は、まるで海底に横たわる沈没船のように鎮座していた。

 これほどの長期に渡って朽ちないのだから、霊物か、神仙の術でも掛けられているのだろう。

 船員達は慎重に鎖の端を引き寄せ、巡視船に積み込んでいるロープを使い、下ろされた錨との結び付けを始めた。

 途中で外れては溜まらないので、沢山のロープで、何重にも結び付けていく。

 海底での作業は静かに進行し、最後の固定が完了すると、幽霊巡視船から合図が送られた。


「繋がったそうだ。それでは、行ってもらう」

「……何年も煩ったのですが、呆気ないですね」

「幽霊巡視船が無ければ、手の出しようがなかった。相性が良かったのだろう」


 白い霧を纏いながら、幽霊巡視船は蓬莱の外へと向かっていった。


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― 新着の感想 ―
かなり面倒な依頼かと思いきや幽霊巡視船のお陰で楽勝だったな。まぁ幽霊巡視船無ければ解決厳しかっただろうが。
無支祁! 諸星大二郎先生の西遊妖猿記をどうしても思い出してしまい、そしてこれは流れ流れて孫悟空と見えない因縁が結ばれそうで個人的にワクワク
蓬莱案件の扱いはヤバすぎるけど思ったより依頼が難しくなくて良かった 一樹居なかったら詰んでた気もするけど TOブックス発送通知が来たので楽しみにしております
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