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【8巻4/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
第9巻 布引の竜宮城

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260話 竜宮城と玉手箱

 1週間後、任務を終えた幽霊巡視船を回収した一樹は、夢乃と共に再び蓬莱を訪れた。

 布引の滝を経由し、滝壺に飛び込むと、前回と同じように身体が沈んでいく。しかし、滝の奥へと進むにつれ、前回とは異なる変化に気づいた。


 ――澄んでいるな。


 前回訪れた際、滝壺から蓬莱へ至る水中は、霊的に清浄とは思えなかった。

 しかし今は、嵐が全てを吹き払った後、蓬莱の気が流れてきたかのように、澄み渡っている。

 蓬莱に踏み入った後の空気も、軽やかだった。

 わずかに鼻をくすぐる蓮の香りが際立って感じられる。


「無支祁が居なくなったからか」


 前回訪れた時も、蓬莱は素晴らしかった。

 だが今は、雲間から差し込む陽光が、力強い輝きを放っている。

 敷石に沿って並ぶ蓮の池では、波紋に沿って清らかな気が流れてくる。

 ゆらめく金色の鯉が水面を跳ねると、光の粒が空中に舞い上がり、しばらく漂ってから消えた。


「無支祁は、マリアナ海溝に沈めたのですよね」


 夢乃に問われた一樹は、頷きながら答えた。


「幽霊巡視船が、ちゃんと沈めてくれた」

「霊的な存在だと、水圧では潰れませんよね。戻ってくる可能性は、どれほどあるのでしょう」

「そうだなぁ」


 無支祁は、夏王朝(紀元前2070年~ 紀元前1600年頃)には桐柏山を神域とした神で、禹王の配下に捕らわれて、淮河に沈められた。

 そして唐の永泰年間(765年~766年)、中国と朝鮮半島の間にある黄海に面する楚州で、一度引き上げられた。

 そして先頃、中国から東の海上にある蓬莱の海中で発見され、マリアナ海溝に送られた。

 それらを思い浮かべた一樹は、無支祁の行く先を想像する。


「無支祁は、川や海流に流されているようだが、移動速度は遅い。無支祁に繋がった鎖が、海底で錨になっているのだと思う」

「同意いたします」

「あとは自力で移動できるかだが、禹王の配下に倒されて、神域も奪われて、力が残っていない。マリアナ海溝に沈めば、もう上がって来られないだろう」

「戻って来ないと考えて良いのでしょうか」

「少なくとも数千年は、戻って来ないと思う。打ち上がっても、アメリカとかじゃないか」


 蓬莱が抱えていた問題は、消え去ったと考えて良い。

 蓬莱の海底で倒すよりも海が汚れないし、良い結末であろう。

 蓬莱宮の門前には、前回と同様に白虎の石像が鎮座している。しかし白虎の目に宿る光は、外敵が消え去ったからか、柔らかくなったように見えた。


 一樹と夢乃が門前に立つと、門が音もなく開かれていった。

 蓬莱宮を進んで玉座の間に入ると、そこには以前と変わらず何仙姑がいた。

 蓮の花を背に、静かに佇むその姿は、神秘的な輝きを帯びている。

 彼女の琥珀色の瞳が、一樹へと向けられた。


「ご苦労であった」


 まるで、すべてを見透かしたような労いの言葉だった。

 一樹は静かに膝を折り、頭を垂れる。


「身に余るお言葉、光栄に存じます」

「うむ。それでは約束のものを渡そう」


 何仙姑はふわりと袖を翻し、細やかな動作で手を差し伸べる。

 すると一樹の手前に、青く淡い光を放つ小箱が浮かび上がった。


「何を躊躇う?」

「ご慧眼、恐れ入ります。日本に伝わる昔話・浦島太郎で、浦島太郎が竜宮城で受け取った『玉手箱』を想像しました」


 昔話の浦島太郎では、助けた亀に連れられた竜宮城で歓迎され、やがて帰りたいと伝えたところ玉手箱を渡され、玉手箱を地上で開けたところ一気に老いたと伝えられる。

 なぜ亀を助けて、その仕打ちに遭うのか。

 地上に帰りたいと言った罰という話もあるが、別の理由も伝えられている。


「人間の浦島太郎が、竜宮城で過ごした期間をそのまま身体に適用すると、寿命で死んでしまう。そのため浦島太郎の命を守るために、乙姫が手渡した法宝だと、聞いたことはございますが」


 一樹が仮説を唱えると、何仙姑は語り出した。


「西遊記は、知っておるか?」

「三蔵法師が白馬・玉龍に乗り、三神仙を従えて天竺に向かう話でございますか」

「左様。西遊記では、太上老君の童子(眷属)であった金角と銀角が、太上老君から盗んだ羊脂玉浄瓶ようしぎょくじょうびょうと、紫金紅葫蘆しきんこうころという法宝を使った」


 金角と銀角は、太上老君が仙丹を作る金炉と銀炉の番をしていた眷属達だ。

 仕事に嫌気が差して、太上老君から5つの法宝を盗んで下界に降りて、魔王となる。

 金角が持つ羊脂玉浄瓶は、羊脂玉(乳白色のヒスイ)の浄瓶で、水差しだ。

 銀角が持つ紫金紅葫蘆は、純金の赤い瓢箪型で、仙丹の容器として使われていた。

 どちらも呼びかけた相手が返事をすると中に吸い込む力があり、千人でも吸い込めた。

 また、太上老君急急如律令奉勅の札を貼ると、吸い込んだものを溶かすことができた。


「その青い箱は、妾が作った。名は、蓮華青老函れんげせいろうかん

「蓮華青老函でございますか」

「意味は分かるかえ」

「蓮華とは、何仙姑様に由来する蓮の花。青は、五行では生気を司ります。老は、そのまま老い。函は、貴重なものを納める箱でございましょうか」

「すると蓮華青老函とは、何であろうか」

「先に西遊記の法宝を挙げられましたので、これは老いを吸う箱ではないかと考えます」

「如何にも」


 何仙姑に肯定された一樹は、目まぐるしく思考した。

 そもそも蓬莱とは、不老不死の薬がある島だ。浦島太郎の原話でも、蓬莱に辿り着いて、老いを収める玉手箱をもらったとされる。

 そして何仙姑は、蓬莱の主だ。


 ――何仙姑様が、老いを吸う法宝を用意できることは、有り得るか。


 千人の全てを吸い込むことに比べれば、1人の老いを吸い込む程度は些細だ。

 蓬莱にあるという不老不死、蓬莱の主という立場、何仙姑と太上老君との力の差。

 それらに鑑みて、蓮華青老函が老いを封じることは有り得ると、一樹は考えた。


「これは玉手箱のように老いを吸えて、開封で吸った老いが戻る法宝でございますか」

「そなたの気が大きい故、際限なく吸えるわけではない。為すべきことを為すための時間の制約が緩まると思えば良い」

「恐れ入ります」


 今世で穢れを祓うことが、為すべきことだと察した一樹は、気遣いに頭を下げた。

 冤罪をやらかした閻魔大王の祖父が、何仙姑を東海に配した玉皇上帝である。

 一樹に依頼した人選や、与える法宝について、何らかの口添えがあったのかもしれない。


「其方の気に合わせた法宝である故、他人の老いは吸えぬ」

「私の老いを吸うことに特化した法宝なのですね」

「其方の気を持つ者に対しては使えるが、対象は式神などが精々であろう」

「無制限では無いほうが、有り難いです」


 誰の老いでも吸えるなど、自分の身柄を狙ってくれと言うようなものだ。

 そのようなことは、出来ないほうが良い。

 蓮華青老函に手を伸ばした一樹は、刑部姫が羽団扇の出し入れを教えたことを思い出しながら、自分の気に溶け込ませようと試みた。

 すると法宝は、一樹の身体へ煙のように吸い込まれていった。


「九鬼の娘も、ご苦労であった」

「勿体なきお言葉にございます」


 平伏する夢乃を眺めながら、何仙姑は考える素振りを見せた。

 そして思い付いたのか、軽く頷いて告げる。


「よく仕えておる故、天元丹を与えよう。憑けている遣いも、下賜する」

「恐悦至極に存じます」


 平伏する夢乃の前に、七眼天珠しちがんてんじゅで飾られた小さな紫の絹の袋が浮遊してきた。

 それが夢乃の正面に落着すると、何仙姑は立ち上がり、退出する。

 放たれていた神性が薄らいで、一樹はようやく息を吐いた。


       ◇◇◇◇◇◇


 玉座の間を後にした二人は、宮殿の回廊を歩いて行く。

 無言で考え込む一樹に向かって、夢乃は声を掛けた。


「大変なものを渡されてしまいましたね」

「お互いにな」


 天元丹は、天地の精気を集めた仙丹だ。

 服用者の霊力を飛躍的に高めて、天地の気を操る能力を授ける効果がある。

 小さな梅の実、梅干しほどの大きさだが、飲めば呪力が上がって、仙術も身に付くのだ。

 天上の五つの星の精気と、地上の五種の霊草を精錬して作るが、製法を知る者は少ない。


「夢乃の護衛に憑けていた化猫を下賜するから、それを御せる呪力も与えるということかな」

「そうかもしれません」

「何仙姑様にとっては妥当な褒美なのかもしれないが、途方もない話だな」


 鹿野の嫁狐が200年掛けて作った仙丹は、香苗の呪力をB級中位分ほど増大させた。

 であれば何仙姑が、仙境の蓬莱で片手間に作った仙丹でも、それくらいは増すだろう。


「確か伝承では、飲んだら24時間ほど昏睡するはずだ。安全なところで飲めよ」

「承知しました」

「ちなみに副次効果は、寿命が100年延びるそうだが」


 流石は、不老不死の仙薬があるという蓬莱だと、一樹は呆れた。

 不老でも不死でもない長命の薬は、大したものではないという扱いだった。


「その点については、御身のほうが一大事ではございませんか」


 夢乃の指摘に、一樹は眉を顰める。


「他人には使えないのだから、そこまで問題ではないだろう」


 何仙姑は、『其方の気を持つ者に対しては使える』と言った。

 一樹は、穢れが浄化されて使えるようになった陽気、魂と一体化している神気、龍神の加護で得た龍気の三種類を持つ。

 それらは一樹以外では、卵から育てた八咫烏達、式神契約した蒼依と香苗、手足の再生で神気を分け与えた沙羅、国家試験に際して龍気を分け与えた柚葉が持っている。

 普通の人間は、卵から育たないし、山姫や妖狐ではないので式神に成らないし、鬼神の子孫ではないので神気を移植できないし、龍神の娘ではないので龍気も受け取れない。

 だから老いを吸える法宝ではあるが、他人には使えない。


「御身の子孫に対しては、使えるように思えますが」

「子供の気は、親とは異なるが」


 使えないと否定した一樹だが、簡単な抜け道が思い浮かんだ。

 夢乃のほうも思い付いたのか、それを口にする。


「八咫烏を氏神として祀れば、御身の子孫は氏子として、加護を得られませんか」

「得られるかもしれない」

「氏神の八咫烏が御身の気を持ち、氏子に分け与えれば、同質の気を持てるのでは?」


 一樹の子孫が、八咫烏を氏神として祀る氏子に成る。

 すると、一樹が龍神から加護で龍気を得られたように、氏子は八咫烏達から加護で一樹と同質の気を得られる。

 一樹と同質の気を得ると、蓮華青老函の使用対象に成れる。


「そうかもしれないが、子孫の老いを吸えても、依頼者にとっては無価値だろう」

「本人ではなく、家の繁栄を考える者も居ましょう。分かり易く例えますと、元華族の娘が、長命の子孫が家の繁栄に繋がるのではと思い付いたとか」

「随分と遠回りな方法だが、無いわけでもないか」


 夢乃が自分自身を例にしたことで、一樹は他人にとっても法宝に価値があると認識した。

 数百年単位で家の繁栄を考えることは、一樹が九条家の当主から聞かされた話だ。


「自身の老いを吸わせることに比べると、熱意は低そうだが、内緒にしておいてくれ」

「蓬莱の場所を教えろと迫られては困りますので、此方は申しません。ですが、御身や此方が老いなければ、いずれ露見しませんか」

「神仏に長命の御利益を頂いたと言って、誤魔化すしかないだろう。上手い言い訳を思い付いたら、俺にも教えてくれ」


 一樹は深く息を吐き、肩を竦めた。

 そして静かな潮騒の音を背に、一樹と夢乃は蓬莱宮を後にした。

 蓬莱宮の天は、青く澄み渡り、何処までも広がっていた。

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― 新着の感想 ―
過去の人物が神仏やら妖魔になって現世に留まってる例も多いし、一樹一党の何人かも純粋な人の身から外れた存在として現世に留まる可能性もありそうね 超長寿となれば拝まれるかもしれないし。
沙羅ちゃんも寿命伸ばせないとかわいそう。 側室るとして!
仙狐とかは尾ッポ増える前に寿命来るか来ないか問題があるみたいな話でしたけど寿命延びるなら滅茶苦茶ハードル下がりますね。狐の嫁入り志願が沢山……は正妻が許さないか >>蓬莱宮の天は、青く澄み渡り、何処…
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