正宗くんと秘密の部屋
「時空が、歪んでいる……」
それは、見ればわかるよ。
なんてことを心の中でツッコみつつ、私は正宗くんと一緒にこの奇妙な部屋を眺めていた。
私達の寝室とよく似ているが、妙に狭い部屋に私達は閉じ込められている。
部屋にあるのは二人のベッドとソファだけ。そして部屋の入り口にはこう書かれている。
『キスしないと出られない部屋』と。
「これは、誰の陰謀だ……」
「いやたぶん、正宗くんのだと思うよ」
今度は言葉でツッコみ、私は扉が開かない事を念のため確認する。
「俺は、何もしていない」
「多分無意識じゃない? 正宗くんって、拗ねると異次元空間作り出して籠もるから、あれの別パターンじゃないかな」
トンでも超能力者の正宗くんは、次元の壁だって越えられるし特殊な空間を作る事もできる。
元々は敵を閉じ込めて殺すための空間らしいが、最近はもっぱら拗ねて引きこもりたいときに用いられる。
「しかし今回は、作った記憶がない」
「でも絶対そうだよ。正宗くん『キスの日に何もできなかった……』ってここ数日ずっと凹んでたし」
別にキスの日じゃなくてもキスしてるし、その日だってした。
でも友人の神くんから『特別なデートとキスをした』と聞かされた事が相当羨ましかったらしかったらしく、『キスの日を忘れる自分は最低だ』とまで言っていた。
だからこの部屋は、正宗くんの後悔と落胆の結果に違いない。
「無意識に、力が暴走したのか」
「暴走したのは力じゃなくて妄想な気がするけど、まあそんな感じじゃないかな」
言いながら、私は申し訳なさそうにしている正宗くんと向き合う。
「それで、どうしたい?」
「どうしたいも何も、こんな空間は破壊せねば」
「でもそんな事しなくても、キスすれば出れるんだよね?」
扉に書かれた文言を指さすと、自分で作り出したくせに正宗くんは顔を赤らめている。
「い、言われてやるのは少し恥ずかしい」
「自分で作ったくせに」
「だから余計にだ。それに、よりにもよって和葉をこんな部屋に閉じ込めてしまうなんて……」
「違う人と閉じ込められるよりはずっといいよ」
言いながら、私は戸惑っている正宗くんの顎に指を伸ばす。
「せっかくいつもと違う空間にいるし、たまには私の方からしちゃおうかな?」
顎を掴んで下を向かせ、私は背伸びをしながら正宗くんの唇を奪う。
途端にカチッと音がして扉が僅かに開いた。
「あ、結構あっけないね」
もっと凄いキスじゃないと駄目かと思ったが、触れるだけのキスで十分だったらしい。
「とりあえず、出る?」
そう言って正宗くんの手を引こうとした直後、突然天地がひっくり返り私はベッドの上に押し倒されていた。
せっかく開いた扉もバンっと勢いよく閉まり、書かれた文言も変わっている。
「正宗くん、『いっぱいキスしないと出れない部屋』に変わってるよ?」
「一回で、足りなかった」
「何回で足りそう?」
「わからん」
チラリと扉を見ると、今度は『もの凄くいっぱいキスしないと出れない部屋』に変わっている。
この調子だと、結局空間自体を破壊しないと出れないオチになりそうな気もする。
でもこの手の部屋に入ったときは現実の時間は止まっているのが常だし、たまには思う存分キスするのも良いかもしれない。
「じゃあ今度は、正宗くんの方からキスして?」
「可愛く誘うな、キスですまなくなる」
「そのときは、また別の部屋作れば良いよ」
次の瞬間部屋の文言がまた変わった気がしたが、正宗くんの甘いキスに捕らわれてしまい、確認する事は叶わなかった。