01
坊やとヨハンさんを、探そう。
そう思ったのは、運よく知ったから。
もう、外に出ても大丈夫って。
◆
ずっと、ずっとずっと、こわかった。
ママが死んで、しらないいえにつれていかれた。
〝お兄ちゃん〟のいえだ、っておとなりのおじいちゃんに言われたけど、そのいえにお兄ちゃんはいなかった。
女の人と、お兄ちゃんのむすこっていう、3人の男の子だけ。
そのいえの女の人はすぐどなるから、いつも見つからないようにしてた。
いつもおなかがへって、さむかった。
でも、おとなりのおじいちゃんみたいに、やさしくしてくれる人もいた。
何日もたって、でも何日たっても、お兄ちゃんはかえってこなかった。
おとなりのおじいちゃんは〝せんそう〟がわるいって言った。
◆
春が10回過ぎたころ、お兄ちゃんの息子っていう男たちに、納屋に閉じ込められた。
麦わらの上に押し倒されて、上に乗られた。
「親無し子を食わせてやってるんだ、これくらい恩返ししろよ」
笑いながら言われて、それから何度も、気持ち悪い事をさせられた。
お兄ちゃんの家の女の人は「薄気味悪い赤毛なんだから、あの子に触るんじゃないよ」っていう。
それなのに、息子たちは女の人の言う事を聞かない。
女の人の言う事を聞かなくても、息子たちは叩かれないんだ。
いいな。
納屋に行くのをいやがると何度も叩かれるから、いつも終わるまで我慢してる。
我慢していれば、終われば納屋から出してもらえるから。
◆
秋になった頃、村に神父様がやってきた。
前の神父様は〝戦争〟で戻ってこなかったって。
「戦争で亡くなった勇敢な男たちの英霊が天の国へと…………」
神父様の言葉は難しくて、何を言ってるかわからないけど、身の回りのお世話をする下女がいるらしい。
女の人に「あんたには身寄りがないから、ぴったりだ」と村の教会に連れて行かれた。
「——初めまして、私はファウスト、この村にいる間、掃除や手伝いをしていただけますか?」
かがり火に照らされて、笑っている神父様の目が怖くて、泣きそうになった。
◆
何日も経った。
神父様がおかしいのは、すぐにわかった。
呼ばれるまで教会に入ったらダメと言われて、いつもは外の馬小屋にいる。
掃除の時は声をかけてから、中に入るようにって。
何人もの村の人が、教会に来たまま帰らない。
ほとんどは村の娘さん。
でも、掃除をしようと思って教会の中に入っても、誰もいない。
「神父様、掃除終わりました」
「ああ、ご苦労様ロゼット、いつも助かるよ」
神父様は笑っているけど、いつも目が怖い。
お兄ちゃんの息子たちと同じように、あんまり近づかないようにしてる。
神父様はお兄ちゃんの息子たちみたいに、上に乗ってこない。
だから教会の暮らしは好き。
神父様は、昼間は教会にこもって出てこない。
村の人たちには「神に祈りを捧げています、私もまた修行中の身です」と言っていた。
でも、昼の教会から音が聞こえたことはない。
日曜の夜の集会で、神父様が神様にお祈りをする時とは違って、声が聞こえない。
ご飯も、神父様は食べていないみたい。
村の人がお布施で持ってくる食料は、全部食べていいって言われた。
◆
夏に雨が降らなくて秋は実りが少なかった、みんなお腹をすかせている。
お布施も少なくて、食べるものがない。
食べられそうな雑草を毟って、少しの水で煮て食べた。
神父様は何を食べているんだろう。
また、村の娘さんがいなくなった。
みんな村を出て行きたい、って言ってた人ばかり。
村にいてもお腹が空くばかりで、出ていったのかもしれない。
飢えて死ぬ村人もいた冬が終わりに近づき、春が近づいてきたある日の朝、村の人たちがやって来た。
木の杭や、明るいのに、かがり火を持って。
「吸血鬼め!私たちをだましていたな!」
「神父のふりをするとは、許せない!」
「狩人様!どうか、村をお救いくださいっ」
村の人たちの一番前には、見たことのない男の人がいた。
大きな体で、村一番の力持ちのおじさんよりも力がありそうだった。
「いいか、私が中に入ったら、教会に火をかけろ。
中で仕留めることができなくても、火に炙られて外に逃げ出せば、日差しに焼かれて死ぬ」
「それでは狩人様が!」
「私のことは良い。
狩人の仕事は吸血鬼を狩ること、この命を賭してでも」
「は、はい」
男の人は村人たちと一緒に、教会に何かを撒いた。
すごく獣臭い。
「火をかけよ!」
大声で怒鳴りながら、男の人は教会の扉を叩き壊して、中へ入っていった。
神父様がいなくなったら、またお兄ちゃんの家に連れ戻される。
また、お兄ちゃんの息子たちに乗られて、嫌なことばかりさせられる。
だから、教会の中に入った。
◆
だんだんと煙が周りからやって来て、息ができない。
逃げたくても入り口がわからない。
咳が止まらなくて、涙で前が見えなくて、手で煙を追い払っていると、誰かに首を掴まれた。
見上げると神父様が、見たことのないような笑顔を浮かべていた。
怖い、怖いよ。
「こんなド田舎にまで来るとは、暇なのか狩人?」
「吸血鬼をぶっ殺すのだけが生きがいでね!」
「ハッ、イかれてるな」
「貴様らに家族を奪われた時から、だ!!」
「あー、そうかい。
ちょっとだけ待ってろ、戦う前には滋養を得ないとな」
痛い。
クラクラする。
首に神父様が食いついている。
どんどん真っ暗になって、あっという間に夜になったみたいに、何にも分からなくなった。
◆
気がついたら、森の中に転がっていた。
夜空がとてもキレイで、星が7色に光って見える。
ずっと見ていたら、目が痛くなって来た。
何か、嫌なものが来る。
日が登る方から、やってくる。
慌ててもっと奥へと逃げた。
◆
それから、ずっと森の中で暮らしている。
森の奥は昼間も暗いから、どこにいても平気。
森を出る必要は感じていない。
人に会うと、嫌なことばかりだから。
人の顔を見ると歯がムズムズする。
喉がおかしくなる。
人が美味しそうなんて、おかしい。
森のネズミとか、ウサギとか、リスとか、そういうのを齧ってればお腹が空かない。
前は動物なんて捕まえられなかった。
森のはずれに、とてもいい匂いのする場所を見つけた。
色とりどりの花が咲いている。
花びらのしずくを舐めたら、とても甘くて美味しかった。
どの花びらのしずくも美味しくて、そこで暮らすことにした。
◆
それからは目が覚めたら、太陽が顔をだす直前まで粘って、花のしずくを吸っている。
もちろん森の生き物も齧るけれど、花のしずくが一番美味しい。
この花園は、誰かが管理してる。
時々、花が根元から掘り起こされているし、新しい木になっていることも多い。
いつも美味しい花のしずくが吸いたいから、見つからないようにしてる。
ボロボロになった服の替えをもらおうと、村に出かけた時に男の人に見つかった。
男の人は〝狩人〟だと言う。
自分が神父様と同じ、怖いものになったのは知っていたけど〝吸血鬼〟というらしい。
狩人さんは〝ヨハン・ダ・ロット〟と名乗った。
身長が高くて、腕とか足の力が強そうで、怖い。
でも、ヨハンさんは、嫌なことをしてこなかった。
何度もヨハンさんに出会って、ヨハンさんは色々、たくさんのことを教えてくれた。
村よりも大きくて、人も多い〝街〟で目立たないように動く方法。
買い物するには〝お金〟っていう丸い石が必要な事。
悪い人を見分ける方法。
悪い人にお願いして、ちょっとだけお金を分けてもらう方法があるってこと。
肉屋、っていう肉を売る店で、動物の血を買えるって事。
文字の読み書き。
村では、文字が読めるのは村長のおじいさんだけだったから、ヨハンさんが文字を読めることに驚いた。
「今は、ほとんどすべての人間が読み書きできる時代だからね」
いつの間にそんなことになったんだろう。




