表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死者狩人は、マザコンでした 《未完、更新停止中》  作者: 賢木
取り戻した後の日常
19/24

05

 





「やっと見つけたぞ」


 不意に向けられた、背筋を撫でるような猫撫で声に、嫌悪感を煽られる。


「捕まえるのは女の方だ」

「オイオイ、なんだよ!ガキじゃねえかよ!」

「何言ってる〝吸血鬼〟だぞ、どんな男でもイチコロに決まってんよ」

「こっちのガキは人間か?」


 気がつけば、4人の人間が家の敷地内に侵入していた。

 ロゼが、後をつけられていたのかもしれない。


 随分と荒事になれた雰囲気の男たちは、それぞれ手に長い銀鎖を持っている。

 明らかにロゼを狙っているのはわかるが、吸血鬼を人が狩ることなど、普通はできない。


 こいつらが、反吐を吐いて血尿が出るような、厳しい修練を納めているようには見えなかった。

 ロゼが戦い方を知らなくても、勝てそうだ。


 俺が知らないだけで、14年と少々の間に、吸血鬼は正当防衛でも人間を傷つけてはいけなくなったのか?


「……ロゼ、下がっていてくれ」


 残念ながら、武器はまだ手元にない。

 武器があっても、人が相手では本気で戦うことができない、という落胆もあった。


「お前たちは吸血鬼共の駒か?」

「ただの雇われだよ、そこのお嬢さんは男が怖いらしいからな」


 猫撫で声の男は、粘着質の視線でロゼを上から下まで眺める。


 ロゼが男を怖がる?

 そんなのは初めて聞いた。

 店でも特に問題なく働いていたし、従業員や客とも普通に接していたのに?


「吸血鬼との夜はクるって言うから仕事を受けてみたが、洗っても楽しめそうにないな」

「穴がありゃガキでもいいぜ」

「吸血鬼なんだ、とんだスキモノかもしれないぞ?」

「……」


 こいつらがどんな仕事を受けたにせよ、下卑た言葉をロゼに聞かせたくない。

 そんな思いが湧き上がってきて、苛立ちが募る。


 戦う前に、凪いだ海のような心持ちでいるのは得意だったはずが、ロゼがそばにいるだけで、何もかも忘れて荒れ狂ってしまう。


「坊や、逃げて」

「やだね」


 両親は守れなかった。

 守る力も意思も足りなかった。

 祖父はその場は生き延びたが……変化には抗えずに杭を打たれた。


 俺は復讐者になりたかったんじゃない、復讐しか残らなかったんだ。


 ロゼが側にいてくれるのなら、復讐以外の人生も考えられるかもしれない。

 それこそミカが言っていたように「ロゼと二人で」なんて、夢物語な展開も望めるかもしれない。


 なんにせよ、全部、こいつらを蹴散らしてからだ。


「来いよ」

()()が粋がってんじゃねぇ!!」


 金で雇われたと言うだけあり、喧嘩慣れしている男たちは、連携のとれた様子で俺を囲んで殴ろうとした。


 だが、俺にとっては、その動きはのろすぎた。

 蜂のように素早い吸血鬼と比べると、のろまな芋虫にしか見えない。


 正面の男の腹へ潜り込むと同時に、みぞおちに膝を沈める。

 そいつが倒れる前に、右側の男の顔面を指先で払って目潰し。

 左の男の股間には足裏で蹴りを入れてやる。


「「「っっっ!?」」」


 悲鳴も上げられずに、その場でうずくまる男達を見下ろし、最後に残った男に笑いかけた。


「人間をぶっ殺すのはクセになるらしいが、こんなに弱いと楽しめそうにないな」


 あんたらのセリフを少しパクってみたんだが、少しは劇的に聞こえているか?


「あ、あんた、何モンだ?」

「聞かれて答えるバカがいるのか?

 今回、お前らは組む相手を間違えた、金は諦めたほうがいい。

 もしかしたらだが、吸血鬼を組み敷くのではなく、組み敷いてもらえるかもしれないな、干からびるまでの間は」


 家の前にゴミを散らかされるのは困る、呻いている男達を連れて帰れと言うと、震える男は、うずくまる男達を急かして、這々の体で逃げ出していった。


 金で雇った人間なんて、この程度だ。

 それでも、許せない。



 目の前の、汚れていてなお愛おしい少女を見つめ、今の襲撃を受けたことで固まった心を告げる。


「……ロゼ、やっぱり吸血鬼を狩ることはやめられない。

 それでも俺を守るって言うのか?」


 吸血鬼どもが、ロゼに何を望んでいるのかは知りようが無いが、本当なのかも知らない弱みを突いて、人間を仕向けてくるくらいだ。

 仲間として扱っていないのは間違いない。


 ロゼを狙うことが許せない。

 俺がロゼを守らなくては。


「坊やを守る。

 自分で決めたの、そうしたいから」


 見た目は華奢で折れそうな姿なのに、随分と頑固だな、と嘆息した。


「全ての吸血鬼を敵に回してもか?」

「吸血鬼は、仲間じゃない」


 ロゼの過去(非同意吸血鬼)を思えば、吸血鬼に賛同できないのも分かるが、俺なんかのために世界を敵にするつもりか?


 戦いに身を置けば、血に染まる。

 俺もいつかは狂って、他の狩人達の手によって、杭打ちされるだろう。

 それが、人として死ねる唯一の方法だから。


 命懸けで吸血鬼を狩ってきたのに、最後に怖気付いて腐れゾンビになりました、なんて誰にも誇れやしない。


「分かったよ、叔父貴に相談してみる」

『—相談は不要だよ』

「……監視装置があるのは知ってたが、双方向なら、もっと早く連絡して来いよ!」


 玄関のインターホンから叔父貴の声がして、さっきの立ち回りを見られていたかと思うと、顔に血がのぼった。

 思い切り、ロゼを抱きしめた後だよ!


 トレーニングの疲労も残っているので、体の動きも鈍かった。

 こんなのが頭首だ、と思われたら情けなくて、顔をだして歩けない。


『ちょうどそちらに向かっていたのでね、10分ほど待っていておくれ』


 昨日は一応敬語を使っていたが、もうかしこまる気はなくなったらしい。

 その方が、こちらも気が楽だ。


「了解」

「はい」




 とりあえず、家の中にロゼを案内して、侵入対策用の警報やその他をオンにしておく。


「女用……あった」


 先ほどスウェットの上下を引っ張り出したクローゼットには、女性用の服も置いてあった。

 ロゼの身長では大きすぎるけれど、男性用よりはいいだろう。


 この隠れ家は、かなりオープンに利用されているのかもしれない。


 あいつらを撃退したことで、新たな追っ手がかかるかもしれない。

 どうせ、この隠れ家に居座る気はない。

 今夜から、吸血鬼狩りを始める予定は変わりなしだ。


 吸血鬼達は、自分たちが動き回って大事にしたくないのかもしれないから、叔父貴に相談すべきだろう。


「ママ、っとロゼ、シャワーを浴びないか?

 あー、髪を洗うの手伝うけど」


 意識していないと「ママ」と言ってしまう。

 ロゼ以外に聞かれたら、18歳の顔に変わっている現状であっても、変態にしか見えないだろう。

 叔父貴に聞かれてるかもしれないんだよな、絶対からかわれるに決まってる。


 女性用スウェットの他にも、厚手の柔らかな靴下を見つけたので、片腕に抱えて、もう一方の手でタオルを引っ張り出す。

 他に、シャワーを浴びるのに必要なものはなんだ?


 女性の場合、ボディソープの他にも、シャワー用のローションとかいるんだったか?

 流石に、そこまでは置いてないだろうな。


「1人でできると思う」


 汚れてもつれて固まっている髪の毛を、1人で洗うのは大変そうだが、一応、ロゼ自身の羞恥心?を優先すべきだろう。


 ロゼに対しての俺の感情は、説明できない。

 母親への慕情のようなものでもあるし、恋愛感情のようでもある。

 ただ単に、眷属として、親たる吸血鬼への忠誠心なのかもしれない。


 どんな感情であるにせよ、執着していることだけは、間違いない。


 生き延びてから、愛情を受けることも、与えることもないまま、育ってきた。

 自他問わず、細かい心の機微など見通せるはずがない。


 とにかく、彼女を泥だらけのままではいさせたくない想いが、気持ち悪い。

 多少磨いたところで、ロゼの青白い顔も、凹凸のない体も変わりはしないと理解していても。


 ……汚れた迷子の子供を保護した時の感情、の可能性もあるか。


「分かった、女物の下着はないけど、服はこれを着てくれ」


 脱衣場にスウェット上下と靴下を運んで、その上にバスタオルとフェイスタオルを乗せておく。


 ブースの奥から、すぐに聞こえ始めたシャワーの音を聞いて(使い方は知ってたか)と安心する。

 シートベルトのはめ方を知らなかったのだから、シャワーの使い方が分からないと言ってきても不思議ではない。

 ……まあ、考えてみれば、ロゼが住んでいた30階建の集合住宅にも、シャワーブースはあるはずだ。


 シャワーのことはどうでもいいとして、舞踏会の会場で何があったかを聞かないといけない。


 俺が目覚めたのは病院だったし、そのあとはいろいろあって、ロゼのことを一度も考えなかった。

 意識の片隅にすらなかった。


 何故ロゼのことを考えなかったのか……俺がサイコ野郎だからか?

 それとも、思い出しなくなかったのか。

 家族のように失うことを、恐れて。


 簡易寝台の端に腰掛けて、ボトルのドリンクを煽る。

 不味い、生理食塩水のようだ。


 食料品の選択が保存性と使用用途に特化していて、ストイックすぎて悲しくなるが、今は早く肉体を作りたいので、食餌制限が重要になってくる。

 必要なのはビタミンやミネラル、たんぱく質にカロリー。

 必要ないのは過剰な糖質。


 ある程度筋肉がついたら、本物の生クリームが使われているケーキが食いたい。

 自分の本来の食生活の嗜好と、相容れない味のドリンクを飲み干してから、簡易寝台に横になる。


 全身に疼痛が響く。

 寝て起きれば、筋肉が太くなっているだろう。

 超回復の時間だけは、医療がどれだけ発達しても、あまり短縮できていない。


 ロゼが出てくるまで起きていようと思ったが、トレーニングの疲れが出てきて、そのまま眠ってしまったらしい。




  ◆




「—のかね?」

「坊やを守るために、ここにいる」

「これまでもイモータルハンター(不死者狩人)側に吸血鬼の協力者が出たことはある。

 ……このまま、隠れ家で頭首様の帰りを待つ、ではダメなのかね?」

「待っていたから、坊やは死にかけた。

 もう待つのは嫌」

「そうかい」


 叔父貴とロゼが、ぼそぼそと低い声で会話しているな、と目覚めかけの寝ぼけた頭で考える。

 そういえば、どうして叔父貴はロゼを従業員に採用したんだ?


 ロゼとの出会いが、俺が記憶を取り戻す切っ掛けになった。


 叔父貴は「記憶の改竄が解けてしまうのは、時間の問題」と言っていた。

 それでも、たまたま、偶然というにはおかしくないか?


「では、影の盟約者、たおやかな夜の乙女よ、我らの命運をそなたに預けよう」

「……うん」


 会話が途切れ、俺は自宅で使っていたベッド(ダブルベッド)で寝ているつもりで寝返りを打ち、そのまま簡易寝台から落ちた。

 シングル程度の幅しかないのを忘れていた。


「いてぇ」

「何やってんだい、頭首様」

「……」


 腰を床に打ち付けた、とさすっていると誰かに頭を〝ナデナデ〟される。

 誰なのかは、見上げなくても分かっているが、何故、今ここでそれをする?


「頭首様、隠れ家に女を連れ込むなんて、隅に置けないね」

「連れ込んでない」


 ニヤニヤと笑っている叔父貴に威嚇して、頭の上の手を払いのけようとして……茶色の瞳と目があった。

 ……なんで無表情なのに、嬉しそうな顔してるって感じるんだろうな?


 これも俺が腐れゾンビ化(人間やめました)し始めているせいか。

 だが、少しずつ人で無くなっていくのなら都合がいい。

 最後のその時を見極めるのは、叔父貴や他の狩人に任せるとして、それまでは吸血鬼の能力を万全に使いこなしてみせる。


 一体でも多くの吸血鬼を殺すために。

 まずは〝新米吸血鬼(モスキート)〟から、最後には〝親〟まで。


 俺が生きている間に、どれだけ殺せるだろうか。

 先は見えないが、全く暗鬱な気持ちにはならない。


 俺は、自分の人生を、やっと取り戻したのだ。



 

ここでルッツ視点、終了です

次からロゼ視点になります

題名回収になったのか、なってないのかは微妙

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ