05
「やっと見つけたぞ」
不意に向けられた、背筋を撫でるような猫撫で声に、嫌悪感を煽られる。
「捕まえるのは女の方だ」
「オイオイ、なんだよ!ガキじゃねえかよ!」
「何言ってる〝吸血鬼〟だぞ、どんな男でもイチコロに決まってんよ」
「こっちのガキは人間か?」
気がつけば、4人の人間が家の敷地内に侵入していた。
ロゼが、後をつけられていたのかもしれない。
随分と荒事になれた雰囲気の男たちは、それぞれ手に長い銀鎖を持っている。
明らかにロゼを狙っているのはわかるが、吸血鬼を人が狩ることなど、普通はできない。
こいつらが、反吐を吐いて血尿が出るような、厳しい修練を納めているようには見えなかった。
ロゼが戦い方を知らなくても、勝てそうだ。
俺が知らないだけで、14年と少々の間に、吸血鬼は正当防衛でも人間を傷つけてはいけなくなったのか?
「……ロゼ、下がっていてくれ」
残念ながら、武器はまだ手元にない。
武器があっても、人が相手では本気で戦うことができない、という落胆もあった。
「お前たちは吸血鬼共の駒か?」
「ただの雇われだよ、そこのお嬢さんは男が怖いらしいからな」
猫撫で声の男は、粘着質の視線でロゼを上から下まで眺める。
ロゼが男を怖がる?
そんなのは初めて聞いた。
店でも特に問題なく働いていたし、従業員や客とも普通に接していたのに?
「吸血鬼との夜はクるって言うから仕事を受けてみたが、洗っても楽しめそうにないな」
「穴がありゃガキでもいいぜ」
「吸血鬼なんだ、とんだスキモノかもしれないぞ?」
「……」
こいつらがどんな仕事を受けたにせよ、下卑た言葉をロゼに聞かせたくない。
そんな思いが湧き上がってきて、苛立ちが募る。
戦う前に、凪いだ海のような心持ちでいるのは得意だったはずが、ロゼがそばにいるだけで、何もかも忘れて荒れ狂ってしまう。
「坊や、逃げて」
「やだね」
両親は守れなかった。
守る力も意思も足りなかった。
祖父はその場は生き延びたが……変化には抗えずに杭を打たれた。
俺は復讐者になりたかったんじゃない、復讐しか残らなかったんだ。
ロゼが側にいてくれるのなら、復讐以外の人生も考えられるかもしれない。
それこそミカが言っていたように「ロゼと二人で」なんて、夢物語な展開も望めるかもしれない。
なんにせよ、全部、こいつらを蹴散らしてからだ。
「来いよ」
「坊やが粋がってんじゃねぇ!!」
金で雇われたと言うだけあり、喧嘩慣れしている男たちは、連携のとれた様子で俺を囲んで殴ろうとした。
だが、俺にとっては、その動きはのろすぎた。
蜂のように素早い吸血鬼と比べると、のろまな芋虫にしか見えない。
正面の男の腹へ潜り込むと同時に、みぞおちに膝を沈める。
そいつが倒れる前に、右側の男の顔面を指先で払って目潰し。
左の男の股間には足裏で蹴りを入れてやる。
「「「っっっ!?」」」
悲鳴も上げられずに、その場でうずくまる男達を見下ろし、最後に残った男に笑いかけた。
「人間をぶっ殺すのはクセになるらしいが、こんなに弱いと楽しめそうにないな」
あんたらのセリフを少しパクってみたんだが、少しは劇的に聞こえているか?
「あ、あんた、何モンだ?」
「聞かれて答えるバカがいるのか?
今回、お前らは組む相手を間違えた、金は諦めたほうがいい。
もしかしたらだが、吸血鬼を組み敷くのではなく、組み敷いてもらえるかもしれないな、干からびるまでの間は」
家の前にゴミを散らかされるのは困る、呻いている男達を連れて帰れと言うと、震える男は、うずくまる男達を急かして、這々の体で逃げ出していった。
金で雇った人間なんて、この程度だ。
それでも、許せない。
目の前の、汚れていてなお愛おしい少女を見つめ、今の襲撃を受けたことで固まった心を告げる。
「……ロゼ、やっぱり吸血鬼を狩ることはやめられない。
それでも俺を守るって言うのか?」
吸血鬼どもが、ロゼに何を望んでいるのかは知りようが無いが、本当なのかも知らない弱みを突いて、人間を仕向けてくるくらいだ。
仲間として扱っていないのは間違いない。
ロゼを狙うことが許せない。
俺がロゼを守らなくては。
「坊やを守る。
自分で決めたの、そうしたいから」
見た目は華奢で折れそうな姿なのに、随分と頑固だな、と嘆息した。
「全ての吸血鬼を敵に回してもか?」
「吸血鬼は、仲間じゃない」
ロゼの過去を思えば、吸血鬼に賛同できないのも分かるが、俺なんかのために世界を敵にするつもりか?
戦いに身を置けば、血に染まる。
俺もいつかは狂って、他の狩人達の手によって、杭打ちされるだろう。
それが、人として死ねる唯一の方法だから。
命懸けで吸血鬼を狩ってきたのに、最後に怖気付いて腐れゾンビになりました、なんて誰にも誇れやしない。
「分かったよ、叔父貴に相談してみる」
『—相談は不要だよ』
「……監視装置があるのは知ってたが、双方向なら、もっと早く連絡して来いよ!」
玄関のインターホンから叔父貴の声がして、さっきの立ち回りを見られていたかと思うと、顔に血がのぼった。
思い切り、ロゼを抱きしめた後だよ!
トレーニングの疲労も残っているので、体の動きも鈍かった。
こんなのが頭首だ、と思われたら情けなくて、顔をだして歩けない。
『ちょうどそちらに向かっていたのでね、10分ほど待っていておくれ』
昨日は一応敬語を使っていたが、もうかしこまる気はなくなったらしい。
その方が、こちらも気が楽だ。
「了解」
「はい」
とりあえず、家の中にロゼを案内して、侵入対策用の警報やその他をオンにしておく。
「女用……あった」
先ほどスウェットの上下を引っ張り出したクローゼットには、女性用の服も置いてあった。
ロゼの身長では大きすぎるけれど、男性用よりはいいだろう。
この隠れ家は、かなりオープンに利用されているのかもしれない。
あいつらを撃退したことで、新たな追っ手がかかるかもしれない。
どうせ、この隠れ家に居座る気はない。
今夜から、吸血鬼狩りを始める予定は変わりなしだ。
吸血鬼達は、自分たちが動き回って大事にしたくないのかもしれないから、叔父貴に相談すべきだろう。
「ママ、っとロゼ、シャワーを浴びないか?
あー、髪を洗うの手伝うけど」
意識していないと「ママ」と言ってしまう。
ロゼ以外に聞かれたら、18歳の顔に変わっている現状であっても、変態にしか見えないだろう。
叔父貴に聞かれてるかもしれないんだよな、絶対からかわれるに決まってる。
女性用スウェットの他にも、厚手の柔らかな靴下を見つけたので、片腕に抱えて、もう一方の手でタオルを引っ張り出す。
他に、シャワーを浴びるのに必要なものはなんだ?
女性の場合、ボディソープの他にも、シャワー用のローションとかいるんだったか?
流石に、そこまでは置いてないだろうな。
「1人でできると思う」
汚れてもつれて固まっている髪の毛を、1人で洗うのは大変そうだが、一応、ロゼ自身の羞恥心?を優先すべきだろう。
ロゼに対しての俺の感情は、説明できない。
母親への慕情のようなものでもあるし、恋愛感情のようでもある。
ただ単に、眷属として、親たる吸血鬼への忠誠心なのかもしれない。
どんな感情であるにせよ、執着していることだけは、間違いない。
生き延びてから、愛情を受けることも、与えることもないまま、育ってきた。
自他問わず、細かい心の機微など見通せるはずがない。
とにかく、彼女を泥だらけのままではいさせたくない想いが、気持ち悪い。
多少磨いたところで、ロゼの青白い顔も、凹凸のない体も変わりはしないと理解していても。
……汚れた迷子の子供を保護した時の感情、の可能性もあるか。
「分かった、女物の下着はないけど、服はこれを着てくれ」
脱衣場にスウェット上下と靴下を運んで、その上にバスタオルとフェイスタオルを乗せておく。
ブースの奥から、すぐに聞こえ始めたシャワーの音を聞いて(使い方は知ってたか)と安心する。
シートベルトのはめ方を知らなかったのだから、シャワーの使い方が分からないと言ってきても不思議ではない。
……まあ、考えてみれば、ロゼが住んでいた30階建の集合住宅にも、シャワーブースはあるはずだ。
シャワーのことはどうでもいいとして、舞踏会の会場で何があったかを聞かないといけない。
俺が目覚めたのは病院だったし、そのあとはいろいろあって、ロゼのことを一度も考えなかった。
意識の片隅にすらなかった。
何故ロゼのことを考えなかったのか……俺がサイコ野郎だからか?
それとも、思い出しなくなかったのか。
家族のように失うことを、恐れて。
簡易寝台の端に腰掛けて、ボトルのドリンクを煽る。
不味い、生理食塩水のようだ。
食料品の選択が保存性と使用用途に特化していて、ストイックすぎて悲しくなるが、今は早く肉体を作りたいので、食餌制限が重要になってくる。
必要なのはビタミンやミネラル、たんぱく質にカロリー。
必要ないのは過剰な糖質。
ある程度筋肉がついたら、本物の生クリームが使われているケーキが食いたい。
自分の本来の食生活の嗜好と、相容れない味のドリンクを飲み干してから、簡易寝台に横になる。
全身に疼痛が響く。
寝て起きれば、筋肉が太くなっているだろう。
超回復の時間だけは、医療がどれだけ発達しても、あまり短縮できていない。
ロゼが出てくるまで起きていようと思ったが、トレーニングの疲れが出てきて、そのまま眠ってしまったらしい。
◆
「—のかね?」
「坊やを守るために、ここにいる」
「これまでもイモータルハンター側に吸血鬼の協力者が出たことはある。
……このまま、隠れ家で頭首様の帰りを待つ、ではダメなのかね?」
「待っていたから、坊やは死にかけた。
もう待つのは嫌」
「そうかい」
叔父貴とロゼが、ぼそぼそと低い声で会話しているな、と目覚めかけの寝ぼけた頭で考える。
そういえば、どうして叔父貴はロゼを従業員に採用したんだ?
ロゼとの出会いが、俺が記憶を取り戻す切っ掛けになった。
叔父貴は「記憶の改竄が解けてしまうのは、時間の問題」と言っていた。
それでも、たまたま、偶然というにはおかしくないか?
「では、影の盟約者、たおやかな夜の乙女よ、我らの命運をそなたに預けよう」
「……うん」
会話が途切れ、俺は自宅で使っていたベッドで寝ているつもりで寝返りを打ち、そのまま簡易寝台から落ちた。
シングル程度の幅しかないのを忘れていた。
「いてぇ」
「何やってんだい、頭首様」
「……」
腰を床に打ち付けた、とさすっていると誰かに頭を〝ナデナデ〟される。
誰なのかは、見上げなくても分かっているが、何故、今ここでそれをする?
「頭首様、隠れ家に女を連れ込むなんて、隅に置けないね」
「連れ込んでない」
ニヤニヤと笑っている叔父貴に威嚇して、頭の上の手を払いのけようとして……茶色の瞳と目があった。
……なんで無表情なのに、嬉しそうな顔してるって感じるんだろうな?
これも俺が腐れゾンビ化し始めているせいか。
だが、少しずつ人で無くなっていくのなら都合がいい。
最後のその時を見極めるのは、叔父貴や他の狩人に任せるとして、それまでは吸血鬼の能力を万全に使いこなしてみせる。
一体でも多くの吸血鬼を殺すために。
まずは〝新米吸血鬼〟から、最後には〝親〟まで。
俺が生きている間に、どれだけ殺せるだろうか。
先は見えないが、全く暗鬱な気持ちにはならない。
俺は、自分の人生を、やっと取り戻したのだ。
ここでルッツ視点、終了です
次からロゼ視点になります
題名回収になったのか、なってないのかは微妙