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五.けいたい



「……あの……座布団を、どうぞ」


 オレは、ちょっと緊張しながら……死んだバァちゃんの使っていた、うちにあるただ一枚きりの座布団を三善さんに差し出す。


「……ありがとう、恵介くん!」


 ちょこんと、正座して座る……三善さん。

 背筋が、スッと伸びている。

 ……和室の暮らしに、慣れているんだ。


「……今日は、ちょっと暑いわよねっ!」


 三善さんは……白いハンカチを取り出して、首元の汗を拭った。

 ……オレは。

 その姿に、ちょっとドキッとする。

バァちゃんの祭壇から……お線香の穏やかな匂いが、部屋の中に拡がっていく……。


「……あ…飲み物、麦茶でいいですか?オレ……学校の帰りに、冷たいのを買って来たんで……!」


 スーパーで1リットル入りの紙パックのやつを買って来た……。

 いや……うちにもヤカンとかあるし、正直、沸かして作った方が安く済むんだけど……。

 ……何か、オレが作ったのは、三善さんに飲ませてはいけない様な気がした。

 おかしな物が入ってると思われたりしたら……嫌だし。

 ここは、やはり……市販品をお出しするのが、無難であろうと判断した。


「ありがとう。いただくわ……あたし好きよ、麦茶……!」


 ……好きなんだ、麦茶!

 ……良かった。

 麦茶にしておいて……!!!


「……い、今、持って来ますっ!!!」


 オレは……猛ダッシュで台所へ飛び込む!

 冷蔵庫をガバッと開けて……麦茶のパックを取り出す。

 それから……きちんと洗って、ピッカピカに磨き上げたコップを二つ持って……!


「……お待たせしましたぁぁッッ!!!」


 三善さんの眼の前で……パックを開け……。

 トクトクドクッと注いで、ススススーッと差し出す!

 うん……開封しているところを、ちゃんと本人に見せないと……。

 三善さんも不安になるだろうし……。

 オレなりに、気を遣ってみた。


「……ありがとうっ!いただきますっ!」


 三善さんの清らかな手が……コップを掴み……。

 三善さんのぷっくりとした唇が……コップの丸い縁に、そっと接触する……!


 ……おおおっ!


 彼女は……コクコクと喉を鳴らして麦茶を飲んだ……!

 ……飲んだ!

 ……飲んでるぅぅぅ!!!


「……美味しいわ!」


 三善さんが、ニコッと微笑む……。

 バンザイ……スーパーの麦茶!

 バンザイ……買って来て、本当に良かった……!


「あれ……恵介くん、飲まないの?!」


 ……あややややや。


「の、飲みますっ!飲ませていただきますっ!」

「何言ってるの……恵介くんが買って来てくれた麦茶じゃない!」


 三善さんは、クククっと笑った。


「……い、いただかせていただきまするッ!」


 な、何を言ってるんだ……オレは。

 ……ううう。何か…緊張する。

 とにかく……ぐびりぐびりと、麦茶を飲む……!!

 もう、麦茶の味なんか……全然判らない。

 オレ……今、この綺麗なお姉さんと二人っきりで……麦茶を飲んでるんだッ!!!

 同じ1リットルのパックに入っていた麦茶を……分け合って!

 ……いいのか。

 オレ……こんな、大それたことをして……。

 この麦茶は、全て三善さんに献上して……。

 オレは……水道の水とかを飲むべきなんじゃないか?!

 ……いや、いや、いや。


「……どうしたのよ?」


 ……ま、まずい。

 へ、変に思われてはいけない……。

 だから……飲む。

 麦茶を飲む。

 ごくごく、当たり前の様に……。

 ごっくんごっくん、飲ませていただくのですッ……はい!


「……んぐっ!」


 オレは……コップを空にする。

 ああ、一杯の麦茶を飲むのが……。

 こんなにも、勇気の居ることだなんて……!


「……あ、そうそう、恵介くん、あのね……!」


 不意に……三善さんが、オレに話し掛ける。


「……な、何ですか?」

「あ……ちょっと待って……!」


 そう言って、彼女は……通学カバンの中をゴソゴソやって、手の平サイズの四角い物体を取り出した……。


「……はい、これ!」


 それは……メタリック・ブルーの携帯電話機……?!

 三善さんが、その小さな機械をスーッとオレの前に差し出す。


「これ……三善さんの携帯電話ですか?」


 そうだよな……三善さんは、高校生だし。

 『お嬢様』なんだから……携帯電話くらいは当然持っているよな。

 もちろん……オレの中学にも、自分の携帯を持っている生徒はたくさんいるけれど。

 オレ自身は、触ったことは無い……。

 こんなに近くで見るのも、初めてだ。


「そうなんだけどね……これ、恵介くんにあげるっ!……使って!」


 三善さんは、オレにニッと微笑みかける……!


「……は?……はい???!」


 携帯を……オレにくれるって……?!!!


「……いや、でも……オレが、これを貰っちゃったら、三善さんが困るでしょ?」


 だって、三善さんは……自分の携帯電話が……なくなっちゃうじゃないか……。


「……あ、いいのよ。あたし、携帯は二つ持ってて、こっちは普段使ってない方だから」


 ……ふ、二つ?

 ……携帯電話機を?

 しかも……こっちは、使っていない???


「だから、これは恵介くんのにしようって思って、持って来たのっ……!」


 そもそも……何で、女子高校生が、携帯電話機を二つも持っているのか……。

 その辺の段階から……オレには、理解ができない……?!!!


「えっとね……あたしの普段使っている電話機は、これよ!」


 三善さんは……カバンの中からもう一つ、赤い携帯電話機を取り出した。


「これね、先月、新しくしたばかりなのっ!」


 あ、ああ……。

 いわゆる、『機種変更』ってやつですね。

 うん……そんな言葉を、小耳に挟んだことがある。


「……この前、お父様と外でお会いした時にね……お父様が、あたしに『そろそろ機械を新型のに替えた方がいいんじゃないか』って言って下さってね……それで、二人で電話屋さんへ行って、この赤いのを買っていただいたのよ……!」


 三善さんは……お祖父さんと暮らしている。

 お父さんとは……たまにしか会わないんだろうな。

 そのお父さんに……新しい携帯電話を買って貰ったんだ。


「……じゃあ……こっちの青いのは、古い方の電話ですか?」


 それにしちゃ、ずいぶん綺麗に見えるけれど……。


「違うわよ……古いのは、家に置いてきたわ。あれは、もう二年近く使ってた機械だから……」


 ……違うんだ。

 って、ことは……。


「ああ、そっか……古いのは、もう壊れちゃって使えないんですね?」


 ……そういうことなんだな。

 そうでもないと、新しいのなんて買って貰えないよな。

 確か……携帯電話機って、何万円もするらしいし。

 ……しかし。

 二年使ったら、故障して交換なんて……携帯電話って、オレが思ってたよりも壊れやすいものなんだな。

 ……などと、オレが考え込んでいると……。

 三善さんが……ちょっとムッとした表情になる……!


「あたし、そんなに乱暴な使い方はしないわよ!壊れてませんっ!機種交換した日まで、ちゃんと使ってましたっ!」


 ……は、はい?


「え……壊れてもいないのに、新しいのを買ったんですか?」

「そうよ……!」

「え……まだ使えるなら、機械を新しくする必要は無いじゃないですか?!」


 オレの問いに……三善さんは。


「……だって、色々と機能とか、デザインとか……新型の方が良くなっているじゃない」


 ……機能?

 ……デザイン?

 携帯電話機は……電話が掛けられれば、それでいいんじゃないのか……?!

 よく、判らないけれど……。

 とにかく……別に、故障したりしたわけじゃなく、新しくしたんだ。

 高価な物を……。

 さすが……『お嬢様』は違うなあ。

 ……ん???

 ……あれ。

 ……ちょっと、待てよ。


「……古いのは、もう使ってないってことは……じゃあ、この青い機械は何なんです?」


 オレは……眼の前の、もう一つの青い携帯電話に眼を落とす……。

 三善さんが、お父さんに買い換えて貰ったのは……赤い電話。

 それは今、三善さんの手の中にある……。

 そしたら……オレの前のこの青い電話機は……。

 ……これは、何なんだ?!


「……あ、それはね」


 三善さんは……ちょっと、恥ずかしそうな顔をして……。


「その青いのは……こっちの赤いのを買っていただいた後に……お祖父様が、あたしに下さった物なの……!」


 え……何で?

 もう、三善さんは赤い携帯電話を持っているのに……。

 お祖父さんが、別の機械をくれた……???!


「……あたしがお父様に、こっちの赤い電話を買い換えていただいた日にね……その日の晩に、あたし、帰宅した後でお祖父様にお見せしたのよ……『今日、お父様にこの電話機を買っていただきました』ってご報告したの……!」


 ……うん。

 三善さんは、きちんとした『お嬢さん』なんだ……。

 だから……お父さんと外で会った後……同居しているお祖父さんに『どんなことがあったか』ちゃんと報告しているんだ……。

 ……だけど。

 どうして、それで……もう一つの電話機が出てくることになるんだ?


「……そしたらね……その次の日の夜に、お祖父様があたしの部屋に突然いらして……お祖父様が、こうおっしゃるのよ……!」


 三善さんが、お祖父さんのクチマネする……!


「『愛美、あいつには負けていられない。それなら、僕は、この電話をお前にプレゼントするからね……!』って」


 ……えええ?


「それで……その青い方の電話機を下さったのよ……!」


 へ?!……携帯電話機を機種変更した翌日に、別の電話機をプレゼントしてくれた……?!


「……お祖父様は、昔からあたしのこととなると、お父様に対抗意識をお持ちになるから……」


 ……た、対抗意識?!

 ……何だ、それ?


「それでね……お祖父様ったら、こうおっしゃるの……『僕の選んできたこの青い電話機は、舶来物だからね。あいつが買ったその赤い国産品とは、中身の出来が違うんだぞ』って……携帯電話を、腕時計みたいにおっしゃっるのよ……!」


 ……んんんんん?!


「……あの……『ハクライモノ』って何ですか?」


 オレには……言葉の意味が判らない。


「ああ……『外国製』ってことよ。確かに、これフィンランドの会社の携帯電話機なんだけどね。でも……どっちの電話機も、機能的にはそう変わらないのよ!」


 は……はぁ。

 フィンランドって……何処にあるんだ?


「……その上、お祖父様ったら……『これは、僕と愛美との直通のホットラインだからね。そう思って、大事に使いなさい。僕は、愛美から電話が掛かってきても……その青い電話からでないと絶対に出ないからね。あいつの赤い方の電話は、もう捨ててしまいなさい』って……そんなことを、おっしゃるのよ……!」


 ……どういう世界の話だ。

父親と祖父で、三善さんに新型の携帯電話の押しつけ合いをする…?!

 ……お金持ちのすることは。

 ホント……よく判らない…


「でも……そんなことを言われても……あたしの元々の電話番号は、お父様に買っていただいた赤い電話機の方が引き継いでいるわけだし……今更、お祖父様にいただいた青い電話機の番号をお友達たちに連絡するのも大変でしょう?」


 ……う、うん?


「携帯電話が二つあっても……これじゃあ、毎日、両方の機械を持って歩かないといけなくなっちゃうじゃない?番号が違うんだから」


 ……た、確かに。


「お祖父様ったら、そういう問題について全然判っていらっしゃらないのよ……!しかもね……お祖父様の携帯に登録してある、あたしの電話番号は……前の機械と同じままでしょ?だから……お父様に買っていただいた赤い方で無いと、繋がらないのよ。お祖父様、携帯電話機に登録されていない電話番号で掛かって来た電話には、絶対にお出にならないから……!」

「え……自分で青い電話機をプレゼントしておいて……その電話機の番号を自分の携帯に登録するのを忘れてたんですか?」

「そういうことなのっ……!」


 三善さんは、プンスカしている……。


「全然、お祖父様と愛美とのホットラインなんかじゃないのよ……その電話機から掛けても出て下さらないんだから。だから、結局……お祖父様とお話しする時も、お父様に買っていただいた赤い方を使うしかないってことなのよっ……!」


 ……はあ。


「だからね……こっちの青い方の電話機は、お祖父様にいただいたけれど、あたしは全然使っていないのよ。電話番号を知っている人だって、一人もいないんだから。そんなの、あたしが持っていても無駄なだけでしょ?だから、これは恵介くんにあげようと思って持って来たのよっ……!」


 三善さんは……そう言った。

 ……うえええええっ??!

 な、何で、そうなるの……?!


「これは、お姉ちゃんからのプレゼントよ……はいっ!受け取って!」


 三善さんは……にこやかに、そう言ってくれるけれど……。


「でも……オレ、この電話機を貰っても、毎月の使用料とか払えませんし……」


 うん……オレには、金がない。

 本当にない。

 ……全然ない。


「大丈夫よ。そういうのは、お祖父様が払って下さってるから」


 ……何で?!


「最初に機械を買って電話会社と契約したのは、お祖父様だから……きっとお祖父様は、ずっとこのまま毎月の料金を払い続けて下さると思うの……!」


 ……そ、それって。


「幾ら、使っていないからって……あたしが、勝手に解約することはできないじゃない?契約の名義は、お祖父様になっているんだから」


 それは……そうなんでしょうけれど。


「でも……オレ、必要無いですから……携帯電話とか……」


 何とか……断る口実を探す……。


「オレ……電話する相手とか、いないですし……!」


 ……そしたら。

 三善さんが……大いに怒る……!


「……何言ってるのよ!恵介くんが電話を持ってなかったら、お姉ちゃんとお話しできないじゃないっ……!」


 ……あわわわわッ?!


「……その電話は、お姉ちゃんと恵介くんのホットラインになるんだからねっ!」


 三善さんは……自分のお祖父さんに言われたことと同じことをオレに言う……。


「……だけど……あの……その……!」


 そんなこと、言ったって……。


「……この電話機をオレに渡すってこと……三善さんは、お祖父さんには……話してないんですよね?」


 ……うん。

 三善さんの話している感じだと……許可は貰ってないよな。

 ……勝手にそんなことをするのは。

 マズイんじゃないだろうか……。


「……いいのよ、あたしのお祖父様は、恵介くんのお祖父様でもあるんだから。とっても優しい人なのよ……こんなことぐらい、きっと笑って許して下さるわよっ!」


 三善さんは、そう言うけれど……。

 優しい人なら……どうして、ちゃんと許可を取らないんだ……?

 オレの頭に……ふと、一つの疑問が浮かび上がる。


「あの………三善さんが、オレと会っているっていうこと。三善さんのお祖父さんは、知っているんですか……?」


 三善さんの表情が……暗く曇った……。


「……ううん。まだ、お話ししてないわ。内緒のままよ……」


 ……やっぱり。

 ……そうなんだ。


「どうして……内緒なんです?」


 三善さんは……答えた。


「……あたしが、恵介くんの存在を知って……最初にご相談した時にね……お祖父様に言われたの……」


 ……何て?


「……『恵介くんは、に会ってはいけない』って」


 オレに……会ってはいけない……?

 ……うん。

 オレは……大きく息を吸って……深く、吐く。

 ……そうだよな。

 オレは……『不倫の子』だから。

 三善さんのお祖父さんは……。

 オレを……三善さんに会わせたくないんだ……。


「……お祖父様は、『そのうちに会う機会をちゃんと作る』って、あたしにお約束して下さったんだけど……そんなの待ってたら、いつになるか判らないじゃない?」


 ……そうだよな。

 約束だけして……。

 一生会わせないってことも……あるだろうな……。


「だけど……お姉ちゃんは、どうしても、すぐに恵介くんに会いたかったから……だから、恵介くんの住所を調べて……それで、昨日、ここに来たのよ」


 三善さんは……真剣な顔で、オレにそう言った。


「……調べたって?」


 何を……どうやって?


「それはね……『財前法律事務所』に聞いたの……!」


 ああ……オレの父親が契約してる弁護士の……!

 オレの『養育費』のこととかにも関係しているんだから……住所くらいは知っているよな。

 オレのバァちゃんとも、連絡していたんだし……。


「……弁護士の財前さんは、お父様とお母様の離婚調停の時にお世話になったから、あたしもよく存じ上げているの。だから……『お祖父様から、恵介くんのことを聞きました』ってお話したら、すぐにここのの住所を教えて下さったわ」


 それって……三善さん。

 弁護士さんに嘘をついてまで……。

 そこまでして……オレに会いに来てくれたんだ……!


「……お姉ちゃん、どうしても、恵介くんに会いたかったのっ!」


 三善さんが……ニコッと、オレに微笑む。


「……お祖父様やお祖母様には……いずれ、お姉ちゃんがちゃんとお話するからっ……だから、大丈夫よ!」


 優しくオレに……そう言ってくれた。


「恵介くんは、とっても良い子なんだから……きっと、お祖父様たちも判って下さるわよっ!」


 オレの知らない……オレの祖父母。

 いや……オレの祖父母ではない。

 血は繋がっているとしても……他人だ。

 オレとは……関係のない人たちだ。

 オレが生まれてから十五年……。

 一度も会ったことのない人たちなんだから……。


「だから……とにかく、この携帯電話は、あなたのお祖父様からのプレゼントだと思って受け取って!もし何かあったら、お姉ちゃんが全て責任を取るから……ね?」


 そう言って、三善さんは……メタリック・ブルーの携帯電話をもむオレに手渡してくれようとする……。


「……いや、でも」


 ……オレは。

 こんな形で……知らない人の持ち物を、預かるというのは……。

 ……あんまり気が進まない。


「これって……三善さんのお祖父さんが、三善さんにプレゼントした携帯電話機を……オレに『又貸し』してもらうことになるじゃないですか……」

「……恵介くんからだと、そういう見方もできるかもしれないけれど……」


 ……いや。

 思いっきり、そういう見方しかできないじゃないですか……!


「勝手にそういうことをするのは……やっぱり、よくないことですよ……」


 オレが……そう答えると……。

 ……三善さんは。

 キッとした表情で、オレを睨むッ……!


「……もおっ!……いいから黙って、受け取りなさいっ!」


 ……三善さん?


「携帯電話は、現代では生活必需品なのよっ!だって、電話がないと……お姉ちゃん、恵介くんと連絡が取れないじゃないのっ!」


 強いテンションで……押し切ろうとする、三善さん。

 三善さんも……これが、『悪いこと』だっていうことは、よく判っているんだ。

 ……そして。

 お祖父さんの信頼に対する『裏切りの行為』だということを理解した上で……。

 それでも……どうしても、オレにに携帯電話を持たせようとしてくれている。


「……受け取ってよ!恵介くんっ!」


 ……それは、つまり。

 結局……オレが彼女との連絡手段を何一つ、持っていないからで……。

 ああ…どうしよう?!

 オレが……自分で携帯電話を買えば、全て丸く収まるんだろうけれど……。

 今のオレには、そんな金はないし……。

 だいたい……保護者無しで、携帯電話って契約できるんだろうか……?

 ……難しいだろうな。

 それくらいことは……オレにも、想像することができる……。


「……お姉ちゃんの一生のお願いっ!」


 ……そう言って。

 三善さんは……。

 オレに、頭を下げてくれた……。

 オレみたいな人間に……。

 三善さんみたいな、『お嬢様』が……。


「わ、判りましたから……あ、頭を上げて下さい……!」


 オレには……そう答えることしかできなかった……。

三善さんが、こうまでしてくれくれたんだ……オレも、腹をくくろう!

 この電話は、三善さんとの通話だけに使うことにすればいい……。

 どうせ、オレの方から三善さんに電話を掛けることは無いだろうし……。

 オレには……他に電話する相手もいないんだし。


「……いいのねっ!ありがとうっ!」


 三善さんの笑顔は……麗しい……。

 うん……麗しいとしかいえない。

 綺麗+可愛い+美しい+上品+……とにかく、素晴らしい……。

 オレは……何だか、とっても恥ずかしくなって……三善さんの顔を見ていられなくなる。

 青い携帯電話に、視線を落とした……。

 

「……判りましたから。この電話機は、オレがお預かりします……」


 そうだ……預かるだけだ。

 貰うんじゃない……。

 オレの物ではないんだから……。


 オレの答えに、ホッとした様子の三善さん……。

 改めて、ニッコリと小さく微笑んでくれた……。


「……恵介くん。使い方、判る?」

「……いいえ」


 ……今まで一度も使ったことないんだから。

 そんなの、判るわけがない。


「……もう、しょうがないわねっ!」


 そしたら……三善さんは。

 何だかすごく嬉しそうな顔をして……。

 オレに……携帯電話の使い方とメールの送り方を一通り教えてくれた……!


「……ええっとね。まず、ここをボタンを押したらね……!」


 座布団から腰を上げて……。

 三善さんのプロポーションの良い身体が……。

 ずりずりと、オレに近寄ってくる……!


  ……近い!

 ち……近すぎるよっ!!


 三善さんの芳しい吐息が……。

 オレの顔に直接掛かるような、超近距離に最接近……!

 ……三善さんは。

 とても……いい匂いが……する。


「ほら……恵介くん、自分で操作してみて……!」


 オレに携帯を持たせて……。

 そのオレの手の上から……三善さんの手が、操作の仕方を教えてくれる……。

 自然と……手と手が荒れ合って……!


「……そうそう、そのボタンよ!」


 オレ……小学校のフォークダンス以来だな……。

 女の子と……触れるの。

 いや……こんなに綺麗な人と触れ合うのは……。

 これが最初で最後だろう……。

 ……うん。

 一生の思い出にしよう。

 ……っていうか。

 オレ……五秒後に死んでも、後悔しないと思う……。

 生まれてきて良かったよ……バァちゃん!!!


「……判った?」

「……だいたい」


 夢のような時間が……夢のように終わる……。

 三善さんは……また、自分の座布団に戻る。


「……お姉ちゃんの携帯は、もう登録してあるからね!」


 どうして、この人は……こんなに無防備に『知らない男』に近寄って来られたんだろう?

 こんなにも……綺麗な『お嬢様』が。

 ……オレを……自分の『弟』だと信じているから?

 ……『血族』だと……信じているから?

 ……それとも。

 年下の……小さな『子供』だとしか、思っていないから?

 オレは……いつも小学生に間違われるくらい……背が低い。

 ……やせっぽちだ。

 ……貧弱な肉体をしている。

 だけど……オレの眼から見た、三善さんは……。

 ……綺麗すぎる一人の『異性』としか。

 ……思えない……。

 『お嬢様』で……『美少女』……。


「まあ、使ってるうちに段々判ってくると思うから……そうそう、忘れてたわ!」


 再び……三善さんは、自分の通学カバンの中をゴソゴソする……。


「……ストラップ、付けとくねっ!」


 ……あの、三善さん?

 その小さな『クマさん』は……何なのですか?


「……可愛いでしょう?あたしのとお揃いなのよ」


 と……彼女は、自分のワインレッドの携帯電話を取り出す。

 ……確かに。

 赤い携帯電話機のストラップの先に……。

 同じクマが、ぷらんぷらんと吊り下がっている……!


「……やっぱり姉弟なんだから、同じのを付けないとねっ!」


 ……え、え、え?!

 普通……世の中の『姉弟』は。

 お揃いのストラップを、付けないといけないものなのか……?!


「……なあに?恵介くん……嫌なの??」


 ……どうせ、オレが抗議しても付けるんでしょう……それ。

 段々、三善さんの性格が判ってきた。

 この人は……絶対に自分の意見を押し通す……!


「……ほらほら、おんなじよ!見ても見て!」


 ……ほら。

 二つの熊さんが、並んで揺れる……。


「……ところでさ……恵介くんは、普段は夜、何時頃にお布団に入るの?」


 ストラップの紐を青い方の携帯の穴に通しながら……。

 三善さんが、オレにそんなことを聞いてきた。


「えっと……だいたい、十一時くらいです」


 オレは……正直に答えた。


「……割と早いんだ。恵介くんは、夜更かししたりしないのね」


 オレは……祭壇のバァちゃんの遺影を見る。


「……死んだバァちゃんが働いていた青果市場は、朝早くから『競り』があるから。毎日、五時起きだったんです。だから……うちは夜は早く寝る習慣がついてて……」


 冬の朝早く……布団をたたむ、バァちゃんの小さな後ろ姿を思い出す……。


「じゃあ……恵介くんも、朝はお祖母様と同じで五時に起きるのね?」

「いえ……それは、バァちゃんが倒れる前までのことで……」

 バァちゃんが倒れて入院したのが、二週間前……。


「……最近は……大体六時半ぐらいに起きています」


 すっかり……生活のペースが変わってしまった。


「……ああ、じゃあ、大体あたしと一緒ね……良かった!」


 三善さんが……また意味深なことを言い出す。


「……あの……何がです?」


 オレは……恐る恐る、聞いてみた。

 ……すると。

 三善さんは……「ヘヘヘン!」と、可愛く微笑み……。

 ……ああ。

 何か……嫌な予感がする……。


「ほら……お姉ちゃん、明日からは、毎朝、恵介くんを起こしてあげないといけないでしょ?だから、その目安になる時間を知りたかったのよ……!」


 ……え。

 ……は、はいぃぃ???!


「これからは毎朝、お姉ちゃんが恵介くんにモーニング・コールしてあげるからねっ!」


 ……なん……ですとぉッ?!!!


「いや……オレ、そんなことをしてもらわなくても……ちゃんと、朝は起きられますからッ!」


 そんなこと……やらたら……!!!


「……恵介くんは、お目覚めにあたしの声を聞くのは嫌なの?」


 三善さんの強い視線が……オレの心にズキリと突き刺さる……!


「……いや、そういうことじゃなくって……そんな、お気遣いしていただかなくても……ぼオレは、大丈夫ですからッ!!!」


 もう……頭が動転して、何をどう話せば良いのか判らない!!!


「気遣いなんかじゃないわよ……あたし、いつもやっていることだし」


 ……え……いつも???!」

 三善さんは……毎朝、モーニング・コールをしているっ……???!

 だ、誰に??!

 ま、まさか……『彼氏さん』とか、いらっしゃるのかっ???!!!


「……うん、お祖父様にね!」


 お……お祖父さん??


「うちのお祖父様は、お仕事で地方へ行かれることがとても多いの。だから、ホテルにお泊まりになった時は、毎朝、あたしがモーニング・コールすることになっているのっ!」

「……は、はぁ」

「あたしが電話で起こして差し上げるのを、いつもお祖父様、とても喜んで下さって……だから、恵介くんにも同じことをしてあげたいのよっ!」


 そ、そういうことか……。

 し、しかし……!


「いや……お、お気持ちは、大変ありがたいのですが…」


 毎朝、三善さんから電話掛かってくるなんて……気になって眠れないよ。

 不眠症になる!

 毎晩……朝まで電話の前で正座して待つことになると思う……。


「……何が嫌なのっ?!」

「いや……あの、何て言うのか……女の人から、毎朝、電話が掛かってくるっていうのは……」

「……恵介くん、もしかして恥ずかしいの?」

「……はい……正直、ちょっと」


 ホントは……『ちょっと』どころではなく恥ずかしい。

 顔から火が出て……その炎がここから半径1キロメートルの市街を全て焼き尽くすぐらい気恥ずかしい。

 小っ恥ずかしいぃぃぃぃぃぃ……!!!


「……そう。じゃ、直接電話するより、メールの方がいいのかな?」


 ……ああ。何という強固な意志!

 この人は自分のやりたいことは、何としても押し通す……!

 全面的に諦めて、方針転換っていう考えは皆無なのですね……。


「……で、できれば、メールの方でお願いしますッ……!」


 オレは……ダメージの少ない方をお願いすることにした。


「判ったわ。じゃあ、最初はメールからってことにしましょうねっ……!」


 ……『最初は』って。

 ほら……絶対に退かない。

 退かない人なんだなあ……。

 ……三善さんて。


「では……ここで今日の本題に入りますっ!」


 と……唐突に、三善さんが明るく高らかに宣言するっ……!

 ま……まだ何かあるのですかっ?!


「……ふんふんふふん、ふーん!」


 と……鼻歌を歌いながら……。

 三善さんは……またスクールバッグの中をまさぐっている?!


「……お姉ちゃんね…今日は、お友達にこういう物を借りて来ましたっ!」


 そうして……カバンから出てきたのは……。

 黒革のケースに入った……大きなハサミ……!


「お姉ちゃんの学校のお友達にね……おうちが美容室をやっている真代さんて子がいるのよ。その子にお願いして借りてきたの。これ、本物の美容師さんのハサミよ!」


 三善さんは……革のケースからハサミを取りだした。

 何か全体的に「シャキーンッ!」としたシルエットをしている。

 何か、カッコイイかも。


「……さ、恵介くん、こっちにいらっしゃい」


 三善さんは……「ニッ」と笑って、ハサミをカチカチやる。


「はい?……あの、どういうことです?」


 オレには……三善さんが何をしようとしているのか……。

 全然、想像ができない……。

 そんなオレに……。

 彼女は……言った。


「……今日は、お姉ちゃんが恵介くんの髪を散髪してあげますっ!」


 ―えっえっええええーッッ?!!





 携帯とかって、描写が難しいですね……。

 下手にこだわると……あっという間に情報が古くなりますから。

 一度、スマートフォンに替えた人でも「こんな機能はやっぱりいらないや」と、機種変更して普通の携帯に戻す例があるそうですし。

 つーか、携帯がカラー液晶になった時が、私は一番の革新だと思いましたよ。

 もう十年以上前ですね。

 十五年前の映画では、携帯電話は「金持ち」を表すガジェットでしたし……。


 では、続きはまた明日……。

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