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三.さしむかえ

 駅前の繁華街まで、三善さんと二人で歩く……。

 おおよそ十二、三分の道程だ。


「……ふぅ」

「どうしたの…恵介くん?」


 三善さんが、不思議そうにオレを見る。


「……いえ、何でもないです」


 ……知らなかった。

 女性と道を歩くのが、こんなに気疲れすることだなんて……!

 女の人って、何でこんなにゆっくりと歩くんだ……?!

 ていうか……オレって、他の人より少し早足なのかな?

 そんなこと、あんまり考えたことがなかったけれど。

 死んだバァちゃんだって、これぐらいのスピードで歩いてたと思うし……。


「……何してるの?」

「……今、行きます」


 歩くスピードが違うとなれば……やっぱり、こっちが彼女に合わせないといけないんだよな。

 歩きながら、常に三善さんの位置と速度を把握しないといけないから……めんどくさい。

 しかも……歩いている彼女に対して、オレはどの辺りの位置にいればいいのか……。

 そういうことが、よく判らない。

 前を歩くと、オレの方が先に行き過ぎちゃうからダメだろうし……。

 後ろを歩くと、何だかオレは彼女の子分になったみたいだし。

 だからって……三善さんの真横に並んで歩くのは、ムチャメチャ気恥ずかしい……。

 ……あああああッ!

 彼女の右に立てばいいのか、左がいいのか……。

 ベストなポジションが、判らないッ!

 ……とにかく!

 色々と試してみた結果……右のナナメ後ろ。

 『お互いの視界には、何となく入っているかなあ』くらいの位置をキープすることにした。

 距離感覚は……2メートル前後で。

 ……ラジャー!


「……恵介くん、どこに行くつもりよ?」


 ……あれ?

 ちょっと眼を離した隙に……三善さんとの距離が開いてしまった。

 目標ロスト。再確認せよ。

 ……ラジャー!


「あの……こっちの道を抜けてった方が近いんですよ!」


 とりあえず……それらしいことを言って誤魔化す……。


「ふうん……そうなんだ」


 三善さんが、ニッと微笑んでオレの方に近付いてくるッ……!

 離れてぇ……もっと離れてぇ―!

 ホント……めんどくせぇ―!!!

 近付いて来るんじゃねぇ!!!


 それでも、やがて……駅前に辿り着く。

 そこで、まあ……アレコレと話し合った末に……。

 オレたちは……駅の近くの某有名ハンバーガー・チェーン店に入ることになった。




   ◇ ◇ ◇




「……ありがとうございました。ごゆっくり、お召し上がり下さい!」


 オレは……自腹で一番安いハンバーガーとコーヒーを買った。

 合計、200円……。


「……もおっ、あたしが御馳走してあげるって言ったのに……!」


 二人がけのテーブル席に座った三善さんは……ご不満そうな顔で、ぷくぷくとアイスティーを飲んでいる。


「……いえ、やっぱり、そういうわけにはいきませんから」


 うん……ハンバーガーぐらいで、買収されるわけにはいかない。

 オレは……男だからな。


「……ポテト、大きいの買っちゃったから、恵介くんも摘んでねっ!」


 そう言って三善さんは、トレイの上にポテトの束をバララっと広げた。

 それから……チキンナゲット用のケチャップの入った容器を開けて。

 ポテトの先に、ちょこんとケチャップを付けて、そのままパクリと食べる。


「……ん、美味しい!」


 ……すごいなあ、本物の『お嬢様』は、そんな仕草まで美しく見える。


「……なあに……どうかしたの?」

「いや……三善さんは、ポテトにケチャップ付けるんだって思って」


 オレは……そういう食べ方は、知らなかった。

 というか……チキンを頼んでないのに、店員さんからチキン様のケチャップを貰うということは、大それた犯罪行為のように思われた。

 そんな無茶をしても……怒られないんだ。


「……え?……あたしはいつもこうして食べてるけど」

「あ……オレ、あんまりハンバーガーとか食べないから」


 死んだバァちゃんは、油っこい物が苦手だったし……。

 僅かな小遣いを、食い物に費やすのは馬鹿らしいから……オレは普段、買い食いはしない。


「……そうなんだ。あたしはたまに寄るわよ。お友達とお稽古の帰りとかにね」


 ……『お友達とお稽古』。

 ……『お』が、二つ。

 やっぱり、……お嬢様』なんだ。

 ……しかし。

 『お稽古』ってのは何の稽古なんだろう?

 お茶、お花、それともバレエとか……?

 三善さんなら、どれでもお似合いだと思うけど……。

 オレが……そんなことを真剣に考えていると。

 三善さんが、ケチャップを付けたポテトをオレの口元に差し出してくる……?!


「……ほら食べて御覧なさいよ!とっても、美味しいんだからっ!」


 ……いや……あの。

 こういうのは、小っ恥ずかしいというか。

 あの……何というか。


「……いいからっ。ほら、早く!」


 仕方なく……オレは、差し出されたポテトをパクリと食う。

 三善さんの指まで食べないように……気を遣いつつ……。


「どう……美味しいでしょう?」


 うんと……フレンチポテトにトマトケチャップを付けたような味だな。


「ええ、まあ……はい」

「……ほらねっ?」


 三善さんは、勝負に勝ったかのごとく、「ふふふんっ」と微笑んだ。

 美しい……優しい笑顔。

 ぽってりとした、柔らかそうな唇。

 つるんとした、ほっぺた。

 ……玉のような肌というのはこういうのを言うんだろうな…。

 『触ってみたい』という感情と、『絶対に触れてはいけない』という感情が……オレの中で対立してバリバリと火花を散らす…!

 ……と。

 店の隣の席から……「うほん!」という小さな咳払いの声が聞こえた?!


「……あ」

「……どうしたの」


 三善さんが……オレを見る。

 ……気が付かないのかよ。


「……いえ」


 ……何だろう。

 店の中の男たちが……みんなチラチラとこっちのテーブルの様子を探っているような感じがする。

 ビミョーに敵意の籠もった『視線』が……周囲からビリビリ感じるのですが……?

 三善さんは、平然とアイスティを飲んでいる。

 ……人に注目されるのは、慣れっこなのかな?

 だから……感覚がマヒしているとか。

 そう言えば、アパートからこの店に来る途中も……やたらと、道行く男たちが三善さんに振り向くような感じがした。

 ……若い人からオジサンまでが。

 そうだよなあ。

 やっぱり……三善さんは、道を歩くだけで周囲の男たちがギギョッと注目するような『超絶☆美少女』なんだよなあ……。

 それも、今日は……純白ワンピースの『完全・お嬢様ファッション』だし……。

 このハンバーガー店に入る時だって、オレらの後ろから、わらわらと男たちがくっ付いてきたような感じだったし……。

 ……あ。

 いつのまにか、何気に満席になってるぞ……この店。


「ほらぁ……恵介くん、もっとポテト食べなさいってば!」


 三善さんが……またオレにケチャップ付きのポテトを勧めてくれる。

 ……そしたら。

 「オッホン!」と……さっきとは別の男の咳払いの声がして……!

 ジーッとこちらを見ている『視線』が……痛い。

 ……もしかして、この人たち。

 オレを……三善さんの彼氏とかだと思っているのかな……?!

 ポテトを食べさせてもらったりしているし……。

 ……どうしよう。

 何か……果てしなく、照れくさくなってきた。

 き、緊張する……!

 よくよく考えてみると……オレはこれまでに、女性と二人きりで食べ物屋なんかに来たことなど一度も無い。

 ……まったく無い。

 ……あるはずがない。

 オレは、冴えないただの中三男子で……。

 今まで……『彼女』なんかできたことは一度も無いし……。

 三善さんをチラッと見る……。

 やっぱり……綺麗だ。美少女だ。

 今…オレは、こんなドキドキするような女の人と二人きりでテーブル席に座っている……。

 こんなこと……キセキだよな。

 夢だ……マボロシだ。

 ありえないよ。

 ありえちゃいけない……。

 だって……こんなところを中学のクラスメイトに見られでもしたら……。

 これはもう……何を一体どうのようにご説明申しあげればよいのか……。

 ……せ、説明責任が。

 ……説明責任が生じてしまうぞ……おいっ!


「はい……あーんして」


 そしたら……三善さんが。

 また……オレの口にポテトを押し込もうとする……。

 は……恥ずかしい!

 ……死にたいッ!


「いや……いいですよ、もうそういうのは!」


 か……勘違いされちゃうよ!

 周りの人たちに……!


「いいから、早くぅっ!」


 そしたら……!

 三善さんは、オレに向けてひょいっと……ポテトを一本放り投げた……!


「……うわっ!」


 オレはそのポテトを、空中でパクッと食い付く!

 ……落ちたら、もったいない!

 ……もったいない!


「うわっ、恵介くん……上手い!」


 ……って、三善さんは、笑っているけれど。

 ……オレ。

 何か……犬が曲芸しているみたいだぞ。


「上手いねぇ……そんな風にして食べたりしているの?お菓子とか」


 ……三善さん。

 こんな風に食べ物に飛びつくなんて……オレ、生まれて初めてだよ!

 バァちゃんは……ご飯の食べ方に関しては厳しかったから。

 こんな曲芸みたいな食べ方をしているのが知れたら……こっぴどく怒られる……!

 ……すると。

 ハンバーガー店のあちこちから……ざわざわとした声が、聞こえてくる。


「……あれ、やっぱり違うよな?」

「……あんなんで、彼氏とかってこたぁないだろ」

「……弟か?」

「……まさか……あんな綺麗な子に、あそこまで貧相な弟がいるわけないっての」

「……可哀想な子供に、ボランティアでご馳走してあげてるとか」

「……うん……その線だな」

「……いや、そうとしか考えられん」


 ……何が、その線だ。

 ……やっぱり。

 オレは……三善さんの弟なんかじゃない……。

 ただの……可哀想な子。

 その辺の……野良犬にしか見えないんだ……。


「あの……オレ、ハンバーガーの方を食べますから」


 三善さんにそう言って……オレは、ブスッとした顔でハンバーガーを口に入れる……。

 ……何だろう。

 この……嫌な気分は。


「……どうしたの?もしかして、恵介くん、ポテト苦手だったの?」


 三善さんが、心配そうな顔でオレを見る。


 いけない、いけない……不快な気分が、ダダ漏れしているッ…!


「いえ。あの……」


 あの……と、言ってから気付いた。

 特に話し掛ける話題がない。


「なあに……何でも、聞いてよね?」


 ……そんなこと、言われても。

 ……オレ。


「……あの……三善さんは、いつもそんな服を着てるんですか?」


 とりあえず……とっさに思い付いたことを口走ってみる。

 口走ってみて、後から思う……。

 何という……意味不明な質問だ。

 話の脈絡が全く判らない……。

 ……しまったぁぁ、と思った。

 ところが、三善さんは……。


「……ああ、これ?今日は『お友達のピアノの演奏会に行ってくる』って言って、家を出て来たから。いつもは、こんなヒラヒラしたお洋服じゃないわよ……!」


 ……はぁ。

 さらりと……『お友達のピアノの演奏会』なんて言っている。

 ……ええっと。

 オレが今まで出会った人で、ピアノを習ってるっていう女の子っていったら……。

 お父さんが歯医者とか、焼き肉屋とか、税理士とか……。

 うん……みんな金持ちの子だったような気がする。

 ……そっか。

 ホントにホントに……本物の『お嬢様』なんだ、この人。


「……えっとさ」


 今度は……三善さんの方から、オレに話し掛けて来る。


「……は、はいっ?」


 三善さんが……ニコッと微笑む。


「……恵介くん、さっきからどうしてそんなに緊張しているの?」

「……あ、あの、それは」


 そりゃ……緊張しますって。

 これで緊張しない方がおかしい。


「……あたしって、そんなに信用してもらえないような見た目をしているのかな?」


 三善さんが……フッと溜息を吐いて、そうに言った。


「……恵介くんは、あたしがあなたのお姉ちゃんだってこと、そんなに信じられないの?」


 上目遣いで……三善さんが、オレにそう尋ねてくる。


「……そ、それは……まあ」


 オレには……そう答えることしかできなかった。


「……どうして?」


 大きな黒い瞳が……オレを見ている。


「だって……オレにとっては全然、現実感がある話じゃないですから……」


 ……三善さんは……どうにも綺麗すぎるんだよ!

 こうやって、街中へ出て来て……改めて思った。

 ……こんな綺麗な人に。

 ……突然『姉だ、親族だ』って言われても。

 ……そんなのさ。


「……そっか……そうだよね。恵介くんにとっては、突然の話だもんね。やっぱり仕方がないのかな……」


 赤いケチャップの付いたポテトを、小さな口がパクッと食べる。


「……ねえ。恵介くんは、自分のお父様のこと……どんな風に聞いてる?」


 ……え。


「……オレの……親父のことですか?」


 ……そうだ。

 この人が僕の『姉』だと言うのなら……。

 オレと『父親が同じ』ということになる。

 『母親が同じ』ということは無い。

 それはもう……ゼッタイにあり得ない。


「……そうよ。あなた、お父様のこと、どれくらい知っているの?」


 ……あちゃあ。

 …ま、参ったな。


「……それが、あの……オレは、全然知らないんです。写真だって見たことないし……」


 三善さんが、キョトンとした顔でオレを見る。


「え……写真も見たことない?!」


 大きな声で驚く……三善さん。

 ちょっと……驚き過ぎだよ。


「……はい、名前もよく知りません」


 オレは……正直に答えた。


「……そんなはずないでしょう?!!!」


 三善さんの声が……ハンバーガー店の中に響く。

 シンとする……店内。


「……いや、だって、本当にそうなんですから……あ!」


 ふと……脳裏に一つの名前が浮かび上がる。


「……エザキ・シン?」


 三善さんが、叫ぶ。


「……そうよ!知ってるじゃない!」


 ……えっと。


「……あの……カタカナでは」

「……カタカナ?」


 オレの顔を覗き込む……三善さん。

 ……ええっと。

 ……話しちまえ!


「オレ……毎月、銀行口座に『養育費』を振り込んで貰っているでしょう?その送り主が『エザキ・シン』てなっているから……漢字でどういう字を書くのかは知りません」


 そのオレの説明を聞いて……三善さんの表情が暗く曇った。


「……本当に知らないの?」

「マジで知りません!」


 オレは、三善さんの眼に強く強く訴えかける……!

 全て本当のことだ。嘘はない。


「……死んだバァちゃんは、オレにそういうことは一切教えてくれませんでしたから」


三善さんは……さらに、びっくりした顔をする。


「……お祖母様って……恵介くんが、今、一緒に暮らしている方よね?」


 あ……知らないんだ。

 三善さんも……オレのこと。


「……祖母は死にました」

 

 三善さんが……静かに言う。


「……いつ?」

「……十日前です」


 この人……。

 オレのことを何も知らないくせに……!


「……そうだったの……ごめんなさい」


 三善さんは、オレに頭を下げる。


「……あたし、何も知らなくて。あたしが見た書類には、そういうことは書いてなかったから……」


 ……書類?

 ……何のことだ?


「……あ、ちょっと、待って?!じゃあ、あなたは今……あそこの部屋に一人で住んでいるの?!」


 今更……そんな質問か。


「はい…そうですけど」

「……男の子一人きりで?」

「……当たり前でしょ」

「……寂しくないの?」


 ……そんなこと。

 三善さんみたいに『お嬢様』に言われたって……!


「……だって、仕方のないじゃないですか!」


 オレは……反発する気持ちで、そう答えた。


「……お母様は?恵介くんのお母様は、今どちらにいらっしゃるの?」


 ……母親……つまり、僕を産んだ女性……。

 ……ちくしょう。

 この人……マジで、オレのこと、何も知らないじゃないかっ!!!


「……オレの母親は……オレが生まれてすぐに死んでいるんです。だから、オレは……ずっとバァちゃんと二人で、あのアパートで暮らして……」


 そのバァちゃんが死んだから……。

 オレは、もう一人なんだ…。


「……そうだったの。ごめんなさい。あたし、悪いことばかり聞いちゃって……」


 三善さんは、気まずそうにそう言った。


「……いいえ」


 場の空気を変えたくて……オレは、自分のハンバーガーにパクついた。

 ハンバーガーは、少し冷えている。

 パンズがパサパサして不味い……。


「……あ、あのね……これを見て欲しいんだけど……」


 重い雰囲気を断ち切るように……。

 三善さんは、籠のバッグの中から、少し大きめの封筒を取り出した。

 下の方に……大きく『財前法律事務所』と印刷されている……。


「……ああ」


 その法律事務所の名前には……見覚えがあった。

 オレは…バァちゃんが亡くなった時に、その事務所の人に会っている。

 バァちゃんは、『自分が死んだ時には、この事務所に連絡して欲しい』と……入院した時から病院の人に頼んでいたらしいし……。

 実際……病院の精算とか、葬儀社の手配とか、役所へ出す書類とか、中学生のオレではできない様なことを、その法律事務所の人たちが色々と助けてくれた。

 ……ありがたかった。とても助かった。

 葬式の後……『君の今後について、一度ゆっくり話がしたい』と、名刺も渡された。

 実際……今度、また会うことになっている。

 あまり、気が進まないのだけれど……。

 ……つまり。

 そこは……僕の父親が契約している弁護士さんの事務所だ。

 オレの父親である人物は……バァちゃんの葬儀を自分の弁護士に任せて……。

 だけど……父親自身は来てくれなかった。

 一度も……姿を見せなかった。

 手紙も……。

 弔電や……お葬式の花すら出してくれなかった。

 だから…オレは……。

 父親は、もう……オレとは関係のない人間なんだと思うことにしたんだ。


「……えっとね、これの中のね」


 三善さんが、法律事務所の封筒からA4の書類を取り出す。


「ここ……これを、ちょっと読んでみて」


 オレの眼の前に差し出される一枚の書類。

 ……そこには、こう書かれていた。


〔ご子息、山田恵介さんの近況について、ご報告致します。〕


 ……やっぱり。

 父には……弁護士から、こういう報告書が送られているんだ。


「……あたしは、これを読んだの……一昨日、お父様のお部屋でこれを見つけて……!」


 ……ちくしょう。

 オレの中に……急に奇妙な『リアル感』が生まれてくる……。

 そうだ……つまり。

 ……この綺麗な人は。

 ……本当にオレの『姉』なのかもしれない。

 ……ちくしょうっ!


「……あたしもね、今まで知らなかったのよ。自分には『弟』がいるっていうこと……」


 アイスティーのストローを細い指先で弄りながら……。

 三善さんは、穏やかに話し続ける。


「……だけど、これを読んだら…ここには、あなたのことが書いてあって……あたしも、最初は『本当かしら』って思ったわ……でも、直接お父様にお尋ねすることはできなくって……だからあたし……お祖父様にご相談したの……!」


 オレの知らない……『父』。

 ……『祖父』。

 未知の存在が、次々と現れる…。


「そうしたら、お祖父様が……『今まで黙っていたが、お前には母親の違う弟がいる』って、そう、あたしに教えて下さって……!」


 三善さんの言葉には……説得力があった。

 きっと、真実なんだろうなって思った。

 ……だけど。

 それは、やっぱり……どこか、夢みたいで……。

 映画の世界を外からのぞいているような感じで……。

 少しも自分に関わることでは無いような感じがした。

 ……だって。

 『お父様』とか。

 『お祖父様』とか。

 『法律事務所の書類』とか…。

 ……どう考えても、オレの日常とは、余りにもかけ離れていて……。


「……だからね、あたしと恵介くんは『異母姉弟』なのよ!」


 そんなことを突然、言われたって……。

 ……『実感』が沸かない。

 ……ちくしょう!

 …………んんんん?!

 ……あれ。

 ……ちょっと…待てよ?


「あの……ちょっといいですか?」


 オレは……オレの中に生じた疑問を尋ねずにはいられなかった。


「なあに、何でも聞いて?」


 三善さんは……優しく、微笑んでくれる。


「あの……三善さんて……つまり、『三善』さんですよね?」


 オレは……馬鹿か?


「……そうよ?恵介くん、今更何を言ってるのよ?」


 ……そうじゃなくって。

 オレの聞きたいことは……つまり。


「なのに……オレの父親は、『エザキ・シン』……???!」


 何で、名字が違うんだ?!


「……ああ、それはね。……五年前に、あたしのお父様とお母様は、離婚したから……!」


 ……え?!


「……『三善』はね、あたしの母の家の名前なの…!」


 そ……そうなんだ。


「……母が離婚したからって、あたしまで三善になるのは嫌だったんだけどね……離婚の調停で、母があたしの親権を持つことになったから。それで……母は、あたしも自分と一緒に三善の籍になるようにって、強く主張したのよ。自分に不利なことが起きたら、いつでも、あたしを取り戻せるように……ズルい人なのよ……あの人」


 三善さんは……自分の母親を『あの人』と呼んだ。


「……それなのに、あたしの面倒は、江崎の家に全部押しつけて……!」


 三善さんは……エザキの家で暮らしている?


「じゃあ……三善さんは今、お父さんと一緒に暮らしているんですか?」

「……違うわよ!」


 三善さんが、強く叫んだ。


「……違う?」


 大きな声を出したことを恥ずかしく思ったのか……三善さんは、アイスティをススッと飲んで、間合いを取る。


「……あたしはね……五年前からずっと、お祖父様の家で暮らしているの。お父様の『江崎』の本家よ。お父様とも、お母様とも暮らしていないわ。お二人とも、たまに会うだけで……」


 この人も……両親と一緒に暮らしていないんだ……?!


「でも、それでいいの……お祖父様もお祖母様も、とても優しい方だし。あたしは、お祖父様の江崎の家に居る方がよっぽど幸せよ……五年前よりも」


 オレには……判らない。

 何が幸せで……何が幸せではなかったかなんて……。


「……そうですか」

「……うん。『江崎』の家の中であたしだけ『三善』なのは変だけどね。……お母様は今、青山で一人で暮らしているわ。ファッション関係の会社を経営しているの。一応、社長さんね。お父様は、代官山のマンションにいらっしゃるわ。たまにお祖母様とお掃除に行くんだけど……一昨日もそうよ。お掃除してたら、この封筒を見つけたのよ」


 つらつらと流れるように……。

 三善さんは、自分の家の状況を話してくれた。

 この人は、この人で……複雑な家庭事情を抱えているんだ……。


「……別にいいのよ。成人しちゃえば、どうせ全て、あたしの自由にできるんだから。そしたらあたし、『江崎』のお祖父様の養女にしていただこうと思っているのよ。それならもう、お父様もお母様も関係ないでしょ?だから後、ほんの数年だけ……『三善』のままで、ガマンするつもりなの……!」


 そう言って三善さんは、寂しげに微笑んだ…。


「……あの」

「―なあに?」


 オレには……きちんと確認しておかなければならないことがある……。


「あの、すいません……変なことを聞いてもいいですか?」

「……何でも、どうぞ」


 三善さんは、笑ってくれた。


「あの……アレですよね。十五年前、オレの母親がオレを産んだ時には……三善さんのご両親は、もう……結婚してたんですよね?」

「……ええっと」


 ……一瞬の間。


「……そうね。多分、そうなんだと思うわ」


 やっぱり……そうなんだ。

 どう見たって……この人の方が、僕より年上なわけだし……。

 

「……じゃあ、やっぱり、オレの母親は……浮気っていうか、不倫の関係っていうか……父親とそういうことになって……それでオレが生まれて……つまり、そういうことなんですよね……!」


 上手く言えないけれど……。


「……うん……そういうことになるんだと思うわ」


 三善さんは……申し訳なさそうに言った。

 ……やっぱり。

 ……そうなんだ。


「オレ……『不倫の子』なんですね……」


 ……そうだろうな。

 オレは生まれてこの方、一度も父親と同居したことは無い。

 顔も知らない。

 向こうは、赤ん坊の時に、僕の顔を見たことぐらいはあるのかもしれないけど……。

 ただ……毎月、『養育費』を振り込んで貰っているだけの関係だもんな。

 バァちゃんの葬式にも来なかったんだし……。

 ……ちくしょう!

 改めて自分が、『余計な子供』だと知らされると……。

 やっぱり、ショックだった……!


「……ごめんなさいね」


 ……え?


「……悪いお父様で」


 三善さんは……とても辛そうな表情をしている……!

 ……しまった!

 別に、三善さんを責めるつもりなんて無かったのに……。


「……それは……三善さんが、謝るようなことではないと思います……」


 ……そうだ。

 それは、オレと父親の問題で―。

 ……三善さんには、関係のないことだ。


「……そうだわ!一度、家族全員で恵介くんと会う機会を作って、そこでお父様にきちんと謝っていただくべきよね……!」


 三善さんが、作り笑顔でオレに提案してくれた。


「……あ、そういうのはいいですから」


 せっかくの申し出を、オレは拒絶する。


「……恵介くん?」

「オレ……会いたくないですから……!」


 ……父親になんて。

 ……別に。


「……どうして?」

「……今、オレが父親に会っても……お互い気まずいだけだと思うし…今からじゃあ、何もかも手遅れだと思うし……」

「……そんなことないわ」


 三善さんは、そう言ってくれるけれど……。


「……そんなことあります!」


 オレは……ついつい強い口調で三善さんに言ってしまった。


「……今さら、親父とはどんな関係も築けそうに無いし。オレ……親子とか家族とか、そういうのやれませんし……無理です……絶対に!」


 ……オレは。

 三善さんに全て話してしまうべきなんだろうか?

 ……どうしよう?

 ……いや。

 これは、やっぱり……はっきりと伝えておくべきことなんだと思う……。


「あの……これは多分、三善さんは知らないことなんだと思うんですけど……」


この人には、きちんと真実を知っていてもらいたい……。

 事実を全て知った上で……。

 オレと三善さんの今後について……判断して欲しいと思う。


「オレの母親は、オレを産んだ後……すぐに自殺したんです」

「……えっ?」


 三善さんの黒い瞳が、クワッと大きく見開かれる……!


「……三浦海岸の断崖から飛び降りたんです……死んだバァちゃんから、そう聞きました。オレの母親は、生まれたばかりのオレをバァちゃんに押しつけて……自分だけ一人で…!!!」

 オレは……それが、許せない。

 自分の母親が……許せない。

 母親をそこまで追い詰めた……父親が、許せない。


「……母は、二十歳だったそうです。『まだ若かったんだから、どうか許してやってくれ』って、死んだバァちゃんは何度もオレに謝ってくれました……」


 ……だけど、オレは―!


「……オレは、自分は親父にも母親にも……両方に捨てられたんだって思ってます。ずっとずっと、そう思っているんです、ですから、オレは……!!!」


 今さら、家族として父親に会うなんて……。

 そんなこと、できるはずがない…!!!


「……そうだったの……!」


 ……!!!

 三善さんの大きな瞳が……潤んでいた。


「……ごめん……ごめんなさいね」


 テーブルのトレーの上に、ぽたりぽたりと涙が零れる…。


「……あ、あの、三善さん?」


 オレには……どうすれば良いのか、判らない!


「……あたし、ずっと何も知らなくって……あたし、あなたのお姉ちゃんなのに……!!」

「ちょっ……ちょっと待って下さいよ!」


 ……すると。


「……ハフンッ!」

「……ゴホンッ!」

「……フハンッ!」


 変な咳払いの音が……店のあちこちから聞こえる。

 ……あれれ。

 いつの間にか、店内のすべての男の視線が僕たちに集中している……?!


「……泣いた!」

「……あいつ、泣かせた!」

「……ゆ、許せんっ!」


 何か、ただ事ではないような呟き声が、あちらこちらから聞こえてきて……?!!

 えっ……オレ?

 これって、オレのせいなのか?!

 もしかして……オレ、とてつもなくヤバイ状況にいる……???!

 冷たい視線が……オレを集中砲火してくる……!

 ま、まずいぞ……こりゃあ!


「……あの……三善さん」

「……なあに?」


 泣き顔で……三善さんが、オレを見上げる。


「あの……泣いていただいて、とても光栄なのですが……でも、そもそもそのことは、三善さんご自身には全然関係ないことなわけですから……!」


 ……そうだ。

 オレと父親の問題で……。

 この人は何の関係も……無い。


「……関係あるわよッ!!」


 三善さんが、店のテーブルを「ドンッ」と叩いた!

 テーブルの上の飲み物のカップが「ぶるるるんっ」と揺れるっ!

 店中から「おおっ」という声が漏れるっ!

 ……何だぁぁぁ?!


「―あたしはね、あなたのお姉ちゃんなのよっ!お姉ちゃんなのっ!ホントにホントにお姉ちゃんなんだからねっ!!!」


 い、いや……それは。

 だ、だから…あの。


「……お姉ちゃんなのよぉっ!!!」


 三善さんの大きな瞳が……まっすぐに僕を見ている……!!!


「……は、はい。判りました、判りましたから……!」


 オレには……そう答えるしかない。

 オレの返答に満足したのか……三善さんは、フッと肩の力を抜いた。


「……判ったわ。あたし、あなたに『お父様と会って』とはもう言わない……でも」


 ……でも?


「……恵介くん、あたしとは…お姉ちゃんとは、また会ってくれるわよね?」


 黒髪の『美少女』が……。

 白いワンピースの『お嬢様』が……。

 濡れた瞳でオレに懇願する……。

 ……オレは。

 ……どうしよう?


「もう、これっきり……とか、言わないわよね?!」


 オレは……どうしたらいいんだろう?


「……これからも、会ってやれよ!」

「……いいお姉ちゃんじゃないか!」

「……よく判らんが、美人のお姉さんを泣かすんじゃない!」


 そんな外野の無責任な声が……オレの耳に飛び込んで来るけれど……。


「……あたしね……ずっと、自分は一人っ子なんだって思ってたの。あたしのお父さんとお母さんは、離婚しちゃったから……もう弟や妹は望めないんだって……」


 大きな黒い瞳が…手か僕を見ている。

 彼女の潤んだ瞳の中に……。

 呆然としているオレのマヌケ顔が映っていて……!


「……だからあたし、自分に弟がいたって知った時は本当に嬉しかったの。だけど、その子はあたしとは『お母さんの違う弟』で、あたしの知らないところに住んでいて……もしかしたら、ずっと寂しい思いをしているのかもしれない……。そう思ったら、あたし、もう我慢できなくなって……どうしても、あなたに会いたくなって……!!!」


 それでも……この美しい人は。

 オレを『弟』だと言ってくれている……。

 一昨日、オレの存在を知ったばかりだっていうのに……。


「あたし……あなたにお姉ちゃんらしいこと、何もしてあげていない。あたしはそれが情けなくって、悲しくって……!」


 ……だけど。

 ……僕には。

 この人が……自分の『姉』だとは……。

 どうしても、思えない……!!!

 だって……この人は。

 オレには……綺麗すぎて、上品すぎて……!


「……あたし、今日から恵介くんと、ちゃんとした姉弟になりたいの。そう決心して来たの。だめかな?恵介くん、お姉ちゃんのお願い、聞いてくれないかな……?!」


 三善さんの綺麗な顔が……眼に痛い!


「……なってやれよ!」

「……弟なんだろ!」

「……お前がだめならオレがなるっ!」


 ハンバーガー店の中は、いよいよ騒がしい。

 だけど……オレは…。

 オレは心を決めて、しっかりと三善さんの眼を見て……!

 ……そして、言った。


「ごめんなさい……オレ、ちょっと、話の展開に頭がついていけなくて……」


 ……この人は多分いい人だ。

 ……優しい人だ。

 だけど……だけど……だけど……!

 この人は……オレの『家族』じゃない……。


「でも、やっぱり現実として……無理ですよ!そんなの……いきなり、『姉弟』だなんて……!」


 どうしたって……この人と『姉弟』にはなれない。

 なれるわけがない……!

 なれるわけがないだろっ……!!!


「……そう。そうなんだ……やっぱり……!」


 三善さんの眼から、すぅーっと一筋の涙が流れる……。

 クリスタルの粒の様に頬を流れて、ストンと零れ落ちる……。

 テーブルの上に弾け散る三善さんの涙……!

 その涙の滴が……。

 オレの心を……じんわりと濡らしていく……。


 オレ……これでいいのか?

 こんな綺麗な人を悲しませてしまって……。

 それでいいのか?

 このまま、この人との関係をスバッと断ち切ってしまって……。

 ホントにいいのかよ?

 ……ちっきしょぉう!!!!


「……ですから、三善さんっ!オレに、もう少し時間を下さい!!」


 自分でも思ってもみなかった言葉が……するりと口から飛び出したっ……!


「いきなり、オレと三善さんが『姉弟』になるとかっていうんじゃなくって……まずは、お互いのことを知るって段階から始めてくれませんか?オレに三善さんのことを、もっと教えて下さい。それから、三善さんもオレのこと、もっともっと知ってください。とりあえずは、そういうことからっていうんじゃ……だめでしょうか?!!」


 な……何言っているんだ、オレ。

 オレ……この人と、このまま二度と会わないのは嫌なのか……。

 うん……嫌なんだ。

 もっと……この人のことを知りたい……!

 ……すると。

 三善さんの顔が、「ふわぁっ」と緩んで微笑んだ……!

 まるで……大輪の花が咲いたみたいに。

 ……綺麗だ。

 ……この人は本当に綺麗だ…!!!


「……いいわっ!愛美お姉ちゃんも、それでいいと思いますっ!」


 ハンバーガー屋の店内に、盛大な拍手が沸き起こった……!




    ◇ ◇ ◇




 店を出た後、三善さんを駅まで送って行く……。

 駅の時計を見ると、三時を少し廻ったところだった。


「……もう少し、恵介くんとお話していたいんだけど……今日は、夜にお祖母様とパーティーに行く約束をしているから、もう戻らないといけないの。ごめんなさいね」


 三善さんは、さらりとそんなことを言う。


「……お祖母さんのお友達とかの誕生日なんですか?」


 パーティっていったら……クリスマスと誕生日のどちらかだろう。


「……うんうん。政治家の先生なんだけどね」


 ……あ、そうなんですか。

 ……何か、気が遠くなりそうだ。


「……そういうパーティに行くのは好きじゃないんだけど……なかなか断りにくい方もいらっしゃるから」


 オレには、どういう方なら断りにくいのか、全然想像できない。


「……あっ、そうだ。恵介くん、携帯の番号、教えてくれるかなっ?!」


 三善さんは、ごく普通にそう尋ねた。

 ……しかし。


「……あの、オレ……携帯電話とか、持ってないんです」


 自慢じゃないが……無い物は無い。


「えっ?!……じゃあ、メールとかもできないの?」


 携帯が無いんだから……メールだって無理だ。


「……おうちに、パソコンとかは?!」


 ……うんと。


「もちろん……ありません!」


 ゲーム機だって、持ってないんだから!


「……仕方ないわね。それなら、おうちの電話でいいわよ。恵介くん、今は一人暮らしなんだし……」


 ああ……ついに、言わなければならないのか。


「……あの……オレの家、電話も無いんです」


 三善さんが……キレた。


「……何でよっ!」


 大きな瞳が、オレを睨む……!


「……もしかして恵介くん、あたしにイジワルしてるのっ?どうしても、お姉ちゃんには電話番号を教えたくないとか……!」


 そんなわけがない……。


「いえ、あの……ホントなんです。バァちゃん、部屋に電話を引かなかったから……!」


 バァちゃんが、あのアパートに入居した頃は……まだ貧乏な家には、電話が無いのが当たり前の時代だった。

 そして、そのまま……現在に至るまで、バァちゃんは、電話の契約をしなかったわけで。


「……嘘でしょ?電話が無くて、どうやって生活しているのっ?!」


 三善さんは、そう言うけれど……。


「……いや、電話が無くても特に生活には困らないですし……ていうか、電話が掛かってくるような用なんてほとんど無かったんで……うちの場合」


 あそこのアパートの住人は、ほとんど青果市場の同じ会社で働いている人だから。

 仕事上のことでの連絡は……誰かが知らせてくれる。

 オレの学校関係の連絡は、1階の管理人さんか……直接、市場のバァちゃんの仕事先に連絡が行くようになっていた。

 その……オレとバァちゃんには、自分たち以外に縁戚がいない。

 だから……どうしても電話を掛けなくてはいけない相手なんて一人もいなかった。


「どうしても電話しなくちゃいけない用がある時は、外へ行って公衆電話を使ってます。でも、ほとんど使ったこと無いな……!」


 そのオレの答えに、三善さんは「ドーン」と一気に落ち込んでしまう……。


「……判ったわ。あのさ、恵介くん、明日は何時頃、家に帰って来る?」


 ……明日?


「……えっと、明日は月曜だから……」

「…恵介くん、部活の練習とかあるの?」


 ……部活か。


「オレ、クラブは……入ってません」

「……入ってないの?」


 ……はっきり、言おう。


「……あの……オレの家は、部活をやるほどのお金の余裕無くて……クラブは、何をやるにしてもお金が掛かるから……!」


 運動部なら、用具やユニフォームや遠征費用とか……。

 文化部だって、結局、何かしらの費用が必要だし……。

 バァちゃんに余計なお金の苦労させるぐらいなら……。

 初めから……クラブ活動なんてしない方がいい。


「……もういいわ……お金のことは、もういいからっ!」


 何か、三善さんの方が……いたたまれない表情になっている。

 お金が無いのは、オレの方なのに……。


「明日は……掃除当番じゃないから……三時半には、家に着いてると思います」


 話を元に戻そうと、オレは明日の予定を告げる。


「……じゃあ、あたし、三時半にあなたの家に行くからっ!」


 ……はいぃぃ?!!


「―いいわねっ!」

「……あ、はい」


 余りの勢いに、つい押し切られた。


「じゃあ、今日はこれで……恵介くんに会えて良かった。お姉ちゃん、とっても楽しかったわっ!」


 駅の改札前で、三善さんはそう言って、オレに手を差し出す。


「……何です?」

「……握手よ……握手しましょ。あたしたち」


 白くて長い指。

 ふんわりと温かそうな手が……オレを待っている……。


「は……はい」


 オレたちは……手と手を握り合う。

 女の子の手に直接触れるなんて……小学校の時のフォークダンス以来……かな?

オレは……この手の感触を、一生忘れないだろう。


「ね……お姉ちゃん、思うんだけど……恵介くんのその髪の毛、ちょっと長過ぎない?伸ばしてるの?それって校則とかは平気なの?暑くない?」


 握手したまま……三善さんが、オレの頭髪を見て、そんなことを言った。


「いや、あの……暑いです。これも、そろそろ切ろうとは思ってるんですけど……今、ちょっとお金が無くって……!」


 やっぱり……他人が見ても、伸びすぎなんだ。


「……そうね、美容室に行くと、お金が掛かるものね」


 三善さんは、そう言うけど。

 いえ……美容室じゃなくって、オレは『カットのみ千円均一』の床屋に行ってます……。


「よし……それも、お姉ちゃんが何とかしようっ!」


 ……はい?

 何とかするって……?!

 ……三善さん?


「……いいから、あたしに任せておいてっ!」


 そう言うと、黒髪ロングの『お嬢様』はニッコリ微笑んで……。

 小柄なオレの身体を……一瞬ギュッと抱き締めたッ!


 …………!!!


 柔らかくて……温かい、女性の感触。

 ほのかに香る、三善さんの黒髪の匂い……!

 それから彼女は、するりと身体を離して……。

 ニコニコ笑いながら……駅の改札口を通り抜けて行く…。

 大きく手を振りながら……ゆっくりとホームの方へ。


「……恵介くん!また、明日ねっ!」


 そんな明るい声を残して……。

 三善さんは、駅の中へと消えていった……。

 オレは……しばらく、ボーッとその場に立ち尽くしていた…。


 ……あんな綺麗な人が、オレの姉さんだって???!!!

 ……そんなこと、あるはずがない!

 ……絶対に。


 そして、「ハッ」と気付く。


 あの綺麗な人が……明日、オレのアパートの部屋に上がる?!

 うそ……そそそ、掃除、掃除しなくちゃあ―!!!





 とりあえず、『序破急』の『序』の部分がここまでです。

 二人の関係が見えてきたところで……次話からは、イチャイチャが始まります。


 すでにラストまで完結している作品なのに……改稿に時間が掛かってます。

 うん……コンクールに落ちた理由が、よく判りました。


 では……次話は、明日の同じ時間に、アップします……。

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