落ち着く従者
別サイトにも投稿していきますが、こちらには【全年齢版】を投稿していきます。
「――今日も貴方は地味で落ち着くわ、エリク」
自室に入ると同時に、私は目の前に控えていた専属従者、エリクの胸へと飛び込んだ。
悪口とも取れる言葉を添えて。
殿方の胸を借りるなど、貴族の令嬢なら卒倒しかねない行儀の悪さだが、ここは私の自室。私と彼しかいない。彼を堪能し、ただ癒しを求める。
「すぅ………はぁ~」
屋敷から出れば、私はずっと「完璧な令嬢」の仮面を貼り付けている。背筋を伸ばし、公爵家に恥じぬ振る舞いを心がけていた。そうした品位ある振る舞いは貴族として当たり前で、そんな貴族達の更に上を目指さなければならない。
しかし、それはだいぶ無理をしている。その無理は、ただ勉強や作法が厳しいなどの理由ではない。
私には、この世界の人間が眩しすぎるのだ。
眩しい人々の波から切り離される自室は唯一安らげる空間。扉がカチリと閉まるその音が彼に飛び込む合図で、毎日の日課と言ってもいい。地味で人間味のある彼に触れることこそが私の精神を安定させる。
「香りも地味だわ。温かい。」
「……左様でございますか」
エリクの返答は、いつものように従者らしく落ち着いていた。
私の重みを受けてもよろめくことすらなく、彼はただの「置物」のように対応する。
私の顔が埋まった位置にある彼の服からは、石鹸の香りと、彼自身の穏やかな体温が伝わってくる。
エリクは、髪の色も瞳もこの国では一般的なブラウンで地味だ。その地味な瞳を縁取るまつ毛も長くはない。日差しを浴びて健康的に焼けた肌も、腕や顔にうっすら残る傷も、温室育ちの貴公子たちとは対照的。けれど、よく見れば配置は整っている。目、鼻、口、輪郭…どれも形は良い。
私にとって、その過不足ない地味さや傷の跡が残る醜さこそが生きている証拠であり、何よりも心地よい。
「学園の生徒は皆、キラキラと眩しすぎるわ。」
深く、深くため息をつく。肺の中にある学園の空気をすべて吐き出し、代わりにエリクの控えめな香りで満たしていく。
これが、私の心の癒し。
「それに、香水が強い方が多いのよ。みんなエリクみたいに控えめで爽やかな香りの奥に、ほのかに体臭を感じるくらいが丁度いいというのに。すぅっ……ああ、落ち着く……」
「ロザリアナお嬢様、あまり嗅がれますと……。」
「いいのよ、黙ってなさい」
「……」
エリクは、少し困ったような言葉を零してから静かにそう言った。
私が十分に満足して腕の力を抜いたのを確認すると、彼は流れるような動作で離れ、私が脱ぎ捨てた制服の上着や鞄をテキパキと片付け始める。間を置かずにテーブルには温かい紅茶と、私の好みの焼き菓子が用意された。
「本日は、少し濃いめに淹れております」
湯気の向こう側で、いつも通り冷静で、決して華やかではない彼が私を見守っている。私はその完璧な仕事ぶりに、つい頬が緩む。
彼は私の完璧な従者。
この「地味」な彼がいる限り、私は明日もまた、眩しい部屋の外へ踏み出せる。
人形のように美しすぎる、私にとって不気味な外の世界へ。
この後、1時間くらい置きくらいに後6話投稿予定。新しい物語も、よろしくお願いします。




