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あっちがわシリーズ(仮)  作者: 七瀬みる


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8/10

あっちがわの仮面 4.勇者の槍


「あら、やだ、かわいい。こんな子、どこからさらってきたのよ」

 というのが、六歳の健太郎を見たときの、みち子の第一声でした。

 指をくわえてむにゃむにゃ眠る六歳児のほっぺたを、つんつん、ぷにぷに、つっついています。

「人聞きわるいこというな。五年前のおれだよ。おまえのときといっしょだ。こっちに迷いこんできたんだ」

 いわれて、みち子は、あらためて、じっと六歳児の顔を見つめました。

 それから、わざとらしく、顔をしかめました。

「なるほど。いわれてみれば、たしかに、ナマイキそうな顔してるわね」

「……さっきと言ってることがちがうぞ?」

「気のせいよ。もしくはサッカク。夢でも見たんじゃないの」

「さようでございますか……」

 健太郎はため息をつきました。

 みち子もさすがに無理があると思ったのでしょうか、すこし赤面して、コホン。咳ばらいひとつ。あらためて"なかったこと"にしたうえで……

「で、どうしたって?」と、ききました。

 健太郎も切り替えて、ひととおりのことを、説明しました。

 下校途中で過去の自分に会ったこと。六歳の健太郎は"みっちゃん"をさがしていたこと。いっしょにみち子の家に行ったこと。留守だと思ったら、あるはずのない道をみつけたこと。その道のさきにみち子の姿が見えたこと。だから、追いかけたこと。

「そしたら……なあ?」

 あたりを見まわし、肩をすくめて、健太郎は、話をしめくくりました。

 みち子は頭をかかえ……やがて、かきむしりました。

「あー、もうっ!」

 あれで終わったと思ったのにい――そう叫んで、ジタバタしています。

(駄々っ子かよ)

 健太郎はあきれました。でも、まあ、いつものことといえば、いつものことです。かるくスルーして話をすすめました。

「やっぱり、あのときのつづきか」

「そりゃそうでしょ。あんなことそう何回も……おきないとは、いえないけど」

「でも、半年もまえだぞ?」

「五年も跳んだんだもの。それくらい誤差よ、誤差。十年ずれなかっただけありがたいと思いなさい」

 あんただって、あのとき、しっかり抱きついてなかったら、どこに飛ばされていたか、わかんないのよ――なんて、みち子は、コワイこともつけくわえるのでした。

 半年前のおばあさんの家――まがいものの「時計塔」――でのできごとを思いだして、いまさら、健太郎はぞっとしました。

 みち子はそんな健太郎を見て、ひひ、みたいに笑うと……すこし気がすんだのでしょうか。さっぱりした表情になって、

「ま、いいわ、なんとかしましょ」

 あっさり、そういうのでした。

「また、あの砂時計か?」

「ここにそんなものないでしょ。あったとしたって、せっかく直した五年を、またひっくり返すわけにいかないし」

「じゃあ、どうすんだよ?」

「とりあえず、さきにこっちの用件を片付けるわよ。そしたら、そっちも、ついでにナントカなるでしょ」

 たぶん、と、つけくわえながら、みち子は視線を天幕の外におくりました。

 仮面の人は、そこでしずかに待っていました。

 いけね、と、健太郎は、あわてて、

「ああ、そうだ。こちら、ラマサ族のムンドゥ=ラングァで――」

 そう紹介して、命の恩人、と、つづけようとしました。

 でも、みち子は、その健太郎のことばを、さえぎって……

「ああ、はいはい。管理人よね。あいかわらずイカレたかっこうしてるわよね」

 なんて、失礼なことを、いうのでした。

 そして、呪術師のほうも、気にしたふうもなく、あたりまえのように、応じるのでした。

「仕方あるまい。いまのわれわれには、これしかアクセスの手段がないのだから。――《姫》とちがってな」

「……認証ワードは?」

「青い舌で歌うトカゲ」

 みち子は、うげっ、みたいな顔になりました。

 あらためて、しげしげと、呪術師を見つめます。

 仮面の下の表情は、うかがいしることができません。

 でも、なぜでしょう。

 健太郎には、呪術師が、子どもじみた表情で、ニヤニヤ笑っているような……そんな気がするのでした。

「……トカゲ野郎」

 ややあって、みち子が、ぼそっと、そう吐き捨てました。


  *


「ジョアナ・ゴアナの峰から雲が消えたのだ」

 仮面の呪術師は、そういいました。

「そのため、乾季がおわらない。泉は干上がり、井戸は涸れた。大地はひび割れ、草木はしおれ、花は咲かず、蜜蜂は飛ばず。タネは芽吹かず、狩りの獲物は骨になった。飢饉はすでにはじまっている」

 雨季と乾季の循環を取り戻さなければならない、そういうのでした。

 なるほど、と、みち子はうなずきました。

「季節の停滞。時間のよどみ。それでゼンマイを巻け、と。――カギはあるんでしょうね?」

 呪術師がさしだしたのは、透明感のある黒い石でした。かなりデコボコしていますが、おおまかには、ひし形といっていい形状になっています。

「黒曜石……の、矢じり?」

「勇者はジョアナ・ゴアナをこれで倒した」

「ジョアナ・ゴアナ?」

 みち子が首をかしげました。

 説明してやったのは、健太郎でした。

「魔女の山だよ。その昔、魔女ジョアナ・ゴアナが、雨雲を独り占めにした。日照りがつづいて人がたくさん死んだ。ひとりの勇者がジョアナ・ゴアナを倒した。魔女は岩になり、山になった。それでもまだ雨雲を手ばなさなかった。だからジョアナ・ゴアナの峰にはいつも雲がかかっている。そこで勇者は山を槍で突いた。魔女は雲を手放した。雨がふった。でも、今度はふりすぎた。そこで勇者は槍を抜いた。雲はまた山に集まった。雨季と乾季はこうしてはじまった――ってね」

 どうだ、と、健太郎は、胸をそらして、知識自慢。

 でも、みち子は眉をひそめました。

「なんでそんなこと知ってるのよ」

 いわれて、健太郎もわれにかえりました。

 こころもとなげに、呪術師を見やって……

「えーと……叡知の水を、飲んだから?」

 なんですってえ――みち子が血相を変えました。

「こっちがわの水を飲んだですって!?」

 そして、キッ、と、ムンドゥ=ラングァをにらむのでした。

「叡知の水って、それ、アクセス権限よね。限定版にしても。なんでコイツにそんなものわたしてんのよ」

「なぜ? 必要だろう。トカゲは太陽を追うものだ。いずれ子も産まれるだろう」

「産まないわよっ!」

「それでは因果がつながらないぞ。もう気づいているのだろう。自分がだれをさがしているのか」

「…………」

 みち子はくちびるをかんでうつむきました。

 呪術師はただしずかに見つめていました。

 健太郎は、二人の顔をみくらべて、顔全体をクエスチョン・マークにしていました。

「なんのはなしだ?」

 トカゲと太陽の神話は知っています。でも、そのたとえをもってして、ムンドゥ=ラングァが、いま、ここで、なにをいおうとしているのか――それはさっぱりわかりません。

 でも、みち子には通じているみたいです。それが、なおさら、不可解でした。

 みち子はなにも答えません。

(このごに及んで、かくしごともないだろう)

 健太郎は、イライラして、語気を強めました。

「なあ、どういうことだってばよ」

 すると、みち子は、めんどくさそうに――あるいは、いつもの調子をとりもどして――ぞんざいに、答えたのでした。

「あー、はいはい。わかったわかった。えーとね。時守は裏側から時間を管理する一族。中枢システム時計塔の暴走でいろいろ狂った。それを直す。あたし、えらい。以上っ!」

 わかった?と、みち子は天使の笑顔でたずねました。

 健太郎は、正直、ぶん殴りたい衝動にかられました。

「わかるかっ!」と、どなりました。

「なんでよっ!」と、みち子もどなり返してきます。

「これくらいわかりなさいよね」

 くちびるをとがらせて、ぶつぶついっています。もしかして本気なのかもしれないのが、みち子という女の子のオソロシイところです。

(こいつは……)

 健太郎はため息をついて、たすけをもとめるように、呪術師を見ました。

 呪術師は笑いました。

「まあ、これも部族の物語だとでも思って、聞いておくのだな」

 そして、話しはじめました。


  *


「時守は時間を管理する一族だ」

 それがいる、と、まずは思え――呪術師は、そういいました。

「だが、時間を管理するとは、どういうことか。そもそも、時間とはいかなるものか」


 たとえば、時間を巻き戻して、もう一度さいしょからやりなおしてみたとする。

 同じ映画を巻き戻して再生するように、まったく同じできごとが、寸分たがわず、くりかえされるのか?

 それとも……

 やりなおすたびに、少しずつ、ちがうできごとが起きて、その積み重なりが、ついには、巻き戻し前とはまったく異なるできごとの連鎖を――歴史を――形成するのか?


 仮面の男は、そう、問いかけるのでした。


「パラレルワールドってやつか」

 と、健太郎はききました。

「そうだ。時間は分岐する。可能性は無限にある」

「無限なんて、そんなもの、管理できるのか?」

「個々の分岐世界それ自体への干渉、という意味でなら、不可能だ。だが、無限の分岐世界全体をひとつの集合。ひとつの数として扱うことはできる」

 呪術師は数字の8を横倒しにしたようなサインを、空中に描きました。

「もっとも、そう考えなかった者たちも、いたようだがな」

「?」

 問いかけるような健太郎の表情にはかまわず、《青い舌で歌うトカゲ》は、さらに、つぎのように、つづけるのでした。


 時間は存在しない、という考えもあるにはある。

 だが、時間の存在を認めるとすれば、それは、とにかく、流れなければならない。

 無限の分岐をうけいれるなら、なおさらだ。

 凍りついた時間には、分岐もなにもありはしない。

 時は流れる。世界の分岐の、それが前提。

 だとすれば、時守の《管理》とは、その流れの維持、その一点にある。

 時は流れる――前へ。未来へ。

 逆行することも、ループすることも、もつれることも、からまることも、とどまることも、あってはならない。

 時守にできるのは、分岐した世界それ自体への干渉ではなく、健全な分岐――無限の可能性の生成――それ自体を保証すること。分岐をさまたげる停滞をとりのぞくこと。

 いわば、時というもつれた糸をときほぐすこと。

 それだけだ。


  *


「……時計塔は、まがりなりにも、それをおこなってきた。だが、あるとき、造反者があらわれた。そして、たんなる時間の整序ではない、個々の分岐世界それ自体への干渉をこころみた」

 呪術師は、ため息をつきました。

 ずいぶんと深いため息でした。

「結果は知れていた。時計塔は暴走し、時空に甚大な悪影響を残した。数知れない分岐世界の時間が、からまり、もつれ、引き裂かれ、逆行し、停滞し、渦を巻いた。なかには消失した分岐世界もあったかもしれない。存在しないものを、観測することは、できないが……」

 呪術師は、すこしのあいだ、沈黙しました。いたましそうに。なんだか、黙祷でもするように。

「……時空の狂いを修正するのは、狂いを発生させた一族の責任だ。にもかかわらず、われわれは時計塔へのアクセスを失ってしまった。時計塔の暴走にともなって、われわれの持つアクセス端末も、すべて破損してしまったのだ。われわれは、端末の復元からはじめざるをえなかった。だが、うまくはいかなかった」

 どこかの砂時計のようにな、と、呪術師は小さく笑いました。

 みち子が、いわゆる苦虫をかみつぶしたような表情になりました。

 健太郎は、半年前のことを思いだしました。「なるほど」

 その視線に気づくと、みち子は「イーッ」と、歯をむいてみせました。

 ムンドゥ=ラングァは、つづけました。

「残された希望は《姫》の端末だった。事変当時、休眠状態だったために、直接の影響をまぬがれたのだ。むろん、端末自体の力は、さしたるものではない。肝心のアクセス先――時計塔――も暴走している。制約は大きい。だが、時計塔のなかにも、まだ正常に稼働する領域は、部分的にだが、残されている。自己防衛のために封鎖されているが……その封鎖領域にアクセスできれば、時空の修復も、ある程度までは可能になる」

 その結果をフィードバックすることで、システムの自己修復にも、よい影響があるはずだ……

 呪術師は、そういうのでした。


  *


 健太郎は、しばらく、言葉を失っていました。

 あたえられた情報が多すぎて、脳の処理が追いつかない感じでした。

「それで……えっと、どうするんだ?」

 ようやくいえたのは、それだけでした。

 みち子が肩をすくめました。

「いつもといっしょよ」

「いつも?」

「ゼンマイ、巻くの」

「ゼンマイって……あの時計の?」

 そう、と、みち子はうなずきました。

「狂った流れをいったんとめて、ゼンマイを巻きなおす。ふりだしに戻す。そしてリスタートさせる。それで時間は整序される。ゼンマイがほどけるにしたがって、あるべきものが、あるべきところに帰る。昨日は過去に、明日は未来に。サナギはチョウに。冬は春に」

 雨季は乾季に、乾季は雨季に――呪術師があとをつづけました。

 みち子がまた肩をすくめました。

「ま、OSの再起動みたいなものね」

 そして、つけたしました。

「そしたら、この子も、あるべき場所に、帰れるでしょう」

 いい子はお家に、ママのところへ――

 つぶやきながら、六歳児の頭をなでました。

 おだやかな、いつくしむような表情をしていました。

 長いつきあいですが、みち子のそんな表情を見るのは、健太郎には、はじめてのことに思えました。


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