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ラズーン 1  作者: segakiyui
14.ダノマの赤い華

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5

 高く伸び上がる滑らかな枝、日射しを浴びて温かそうに輝く幹に触れながら、ユーノを振り返った。

「ぼく、習ったことあるよ、2年に1度、赤い花をつけるんだ」

 深い緑の、僅かに丸みを帯びた肉厚の葉の隙間から、木漏れ日がレスファートの髪を淡いクリーム色に光らせる。

「ボクは違うことを知ってるよ」

 笑ってユーノは手を伸ばし、葉を1枚ちぎり取った。軽く表面を服に擦って唇に当てる。薄く開いた唇から息を吹き出すと、微かなまろい音が零れるように響いた。

「わ」

 レスファートが顔を輝かせた。

 目を伏せて、ユーノは幼い頃に聞き覚えた素朴な曲を吹いた。単純な音律が繰り返し、微妙な揺れをまといながら空気を震わせ広がっていく。繰り返し、そしてまたもう一度。

「すごいや。どうして? ね、どうして鳴るの? どうして鳴らすの?」

 レスファートがわくわくとユーノの手元を覗き込んできた。

「うん、ほらこうして、ね」

 ぴちりと音をたてて、ユーノはもう1枚、レスファートに合う大きさのものを選んで、ジェブの葉をちぎった。アシャの与えた痛み止めが効いているのだろうが、脚の痛みを忘れたように目を輝かせてユーノを見上げるレスファートの口に、葉の表面を擦ってから当ててやる。

「ここを押さえて」

「ん?」

「そうそう、そのまま息を吹き込んで」

 ぶひゃあっっ。

「ふえ!」

「ふふっ、もう少し鋭く吹き込まないと」

 ぷふーっ……ぴぃーっ……ピューっ…。

「うん、その調子」

『ユーノさま、お上手ですぞ』

 ふいに声が耳の底に蘇る。

(ゼラン)

 嬉しそうに笑った鬚面、見上げるとさすがはユーノさま、何でも覚えが早くておられる、と目を細めて見下ろした。

『ゼランも誇りに思っております、よい方に仕えられた、と』

 葉笛を教えられながら、ゼランの望むことを為せたのが嬉しくて、ユーノも誇らしく笑み返した。施政に忙しく、安定を深く願う父親は、ユーノの成長をどこか離れた距離でしか見ていない。その代わりのように、ユーノに戦い方を教え、人の従え方を教え、統率することを教えてくれたゼランはまた、心を慰めるものも教えてくれた男だった。

「……」

 胸に広がる冷え冷えとした傷み、あの笑顔も優しいことばも全ては幻だったのだろうか。ユーノに葉笛を教えた時さえも、ゼランは何かを秘めてユーノの命を狙っていたのだろうか。

(でも、もういない)

 なぜかゼランを恨む気にはなれなかった。

 静かに葉笛の旋律を繰り返す。

 今はただ哀しい。

 何が悪かったのかわからないまま、隔てられて失ってしまったものが、懐かしく愛しい思い出にも繋がっているとわかって。

「きれいだね……ユーノ…」

 溜め息まじりにレスファートが呟いて我に返る。

「ん?」

 自分を見上げる素直な目の色に瞬きする。

「何が?」

 ジェブの葉は確かにつやつやと美しい、そう見上げた耳に、

「なにもかも………音も……曲も…………ユーノもとってもきれい……」

「っ」

 思わず振り向くと、レスファートはうっとりとした表情で繰り返す。

「ユーノがとてもきれい…」

「あ、ありがとう」

 耳のあたりまで熱くなった気がして、まいったなもう、と呟きながら、ユーノは幹にもたれていた体を起こした。

「お礼に何か楽しいのを吹こう」

 急いで頭の中から拾い出したのは明るい舞踏曲、簡単な動きを繰り返す、夜会によく使われるものだ。

(そういえば私)

 この踊りの男役しか知らないんだっけ。

 まだ夜はだめだと制されてむくれるセアラの相手を勤めて、広間から離れた庭で踊った。

『姉さま、もっと』

 セアラがねだる。

『もっといっぱい踊らせて』

 広間の不細工な男より誰よりも姉さまがいい、だってこれほど見事に踊らせてくれる。

 セアラの紅潮した笑顔がレスファートに重なる。

(無事でいて)

 どんな危険も引き受ける、だからどうか。

(笑っていて)

 大事な大事な愛しい人々。

 どさどさどさっ!

「!」 

 レスファートがびくっとして、物音に振り向いた。

 葉笛を止めてそちらを見ると、手にしていたらしい包みを見事に全部、玄関に続く石畳に落としてしまったらしい娘が突っ立っている。よく見ると、さっき商人と『サークを織って』いた娘だ。

「あ」

「ご、ごめんなさい! もう、私ったら!」

 娘はユーノの視線に真っ赤になって、慌てて散らばった包みを拾い上げ始めた。

「あんまり綺麗な音だったから」

 つい見愡れてて、そう言いながら、もっと多くのことを言いたそうにユーノを見つめる。

「あの」

 君はひょっとしてここの。言いかけたユーノのことばを遮るように手を振って、娘はくるりと薄紫のドレスの裾を翻した。急ぎ足に玄関に向かい、はっとしたように肩越しに笑みを零す。

「あの、ジェブの葉、お好きなだけどうぞ!」

 それだけ言うと、ますます赤くなって家の中へ駆け込むように入っていく。

「ユーノ、あれ」

「うん、アオクの妹って……あ」

 今家の中には、アシャとイルファが。

「まずいな、今」

「きゃああああっっ!」

 何よあんた達、ここを近衛隊長アオク・デシュランの家と知ってるのっ!

 悲鳴に続いた罵倒とがしゃんっ、と何かが投げつけられたような音に、ユーノは思わず首を竦めた。


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