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「いつもって……前にも来たことがある?」
「俺の仕事を忘れたのか、ユーノ?」
にやりと笑って見返してくる瞳はきらきら鮮やかに輝いている。
「ラズーンのもと、旅に身を委ねるアシャと申します、様々な国、様々な人々の間を巡り、生涯をかけてたった1人の主を探しているのです」
後半は即興の台詞だろうが澄ました口調は滑らかそのもの、なるほどその手で女を口説き落としていたのか、とイルファが納得したように頷いた。
「しかしなあ」
「何だ、まだ何かあるのか」
「ここはダノマだぞ? お前の旅装は知ってるし、馬も何もなかっただろう? 袋1つで旅をしていたと言ってたが、袋に入っていたのも医術具に下着程度……よくこんな所まで動き回れたなあ。旅人の話を俺も聞いたことがあるが、よほどの歳でも国にして6〜7つ、お前ぐらいの若さじゃ徒歩なら4つ……5つが限度じゃないか」
「徒歩ならな」
アシャは奇妙な笑みを浮かべた。さりげなく表情を隠すように目を伏せると、金の睫に日射しが跳ねて幻のように目元を霞ませる。
「だから徒歩ばかりではなかったということさ」
「馬か? 竜か? いやそれをどうやって調達……ああ!」
イルファが大きく頷く。
「女か!」
「おい」
「なるほどなあ、女はどこにでもいるからな! 女経由で何でも手に入るってやつだな!」
「待て」
「いや、お前の場合男でもいいか!」
「……イルファ」
それ以上続けると往来で晒しものにしてやるぞ、と低い声で唸ったアシャにユーノは吹き出す。
「ユーノ……」
「ごめん、いや、確かにありそうだと思って」
「……おい」
ユーノの応対にアシャが一層どんよりとした顔になった。そこへ、
「ほら、ユーノ、見て、あれ!」
レスファートが嬉しそうに声を上げて、前方を指差した。
黄土色の天幕を地面に立てた4本の棒に張り、異国から来た高価な布を並べている女が居た。色とりどりの生地に、不思議な郷愁を呼び起こす紋様、花弁1枚1枚を細かく描いた図柄が鮮やかに散りばめられている。金糸銀糸の縫い取りがある白い布を肩に掛けて見せながら、声を張り上げた。
「さあさあ、これをごらん! 遠くソクーラの街、ネデブの里からの織物だよ。ソクーラ娘の気立てのように柔らかくて、ネデブ男より強いんだよ。手触りは天上都市ラズーンの神々の肌に優るよ!」
商品に絶対の自信があるのだろう、誇らしげに輝く笑顔、豊かな胸元を覗き込もうとする男を軽くあしらいながら、ふわりと布を翻してみせる。
「こいつはどうだい! この艶! この形!」
隣で、黒い肌にはしばみ色の瞳を光らせた男が喚いている。
「マルランからの陶磁器、ラズーンの空よりも美しいと言われてる青色だ! 贈り物に最適なのは言うまでもない、恋人にお上げ、そこの人!」
呼び掛けられた娘がひょいと肩を竦めてみせる。
「誰かがいりゃあね」
「そりゃあいるさ」
「いれば、こんなところでサークを織ってないわ」
周りに居た人々が娘の軽妙な返しにどっと湧く。『サークを織る』とは暇つぶしをする意だからだ。
「トカルの民芸品だよ! 買ってみればよくわかるよ! 木馬の彫りはトカルの手先一番の職人が彫ったよ。子供の健康をラズーンに祈って作ったよ。色を彫り込める技はトカルだけだよ!」
同じような別の天幕の下で、胡座を組んだ少年が両手に小さな木彫りの馬を握って振り回しながら、声を励まし叫んでいる。木馬のたてがみに植えつけられた白い毛が鮮やかな緑や赤や青の模様に乱れる。その横では、
「ディスティンの絹織りはいかがかな。この青と紫のレースはどうじゃ。上品で優しい婦人には、これに優るものはなし」
白い鬚をしごきながら白髪の頭に茶色の布を巻きつけ、薄茶色の布で体を包んだ老人が、よく通る声で呼び掛けている。
「この首飾りを御覧よ! 金と銀の透かし彫り、キャサランからはるばる野を越え山を越え、幾百日もかかって運ばれてきたものだ!」
「アグナイの粉だよ! 白くてさらさら。まじりっけなし! 料理によし、お菓子によし、味は絶品、皇宮の料理長が使ってるんだ!」
「シラカの宝石は私しか売ってないよ! 海の碧、空の青、夕焼けの朱とバラ色、山の紫に泉の白亜を封じ込め、天の祈りと地の恵みの中でゆるゆると育てた宝石だ! この深みをごらん! 輝きをごらん!」
道の両側一杯に店を広げた物売りの声の中を、4人はきょろきょろしながら進んでいく。行き交う人々が慌ただしく道を横切り、広い通りを馬に乗った旅人がすれ違っていく。様々な服装、様々な顔が明るく活気に満ちた街に溢れ返っている。
「う……ふぅ…」
教えられた通り、2区画行ってから右の小路へ入ったユーノは、興奮で高ぶっていた気持ちを吐き出すように吐息をついた。
「すごい人だったねえ」
はしゃいだ声を上げるレスファートの頬も紅潮している。
「ぼく、あんなの見たの、初めてだ」
王子様育ちのレスファートにとっても、何もかも珍しい物ばかりだったらしい。
トカルの民芸品は噂にも聞くし、レアナにキャサランの金細工やシラカの宝石を貢いできた王族はいるけれど、それがこんなに無造作に溢れるように売られているとは、ユーノも想像しなかった。
周囲の熱気に煽られて猛りがちなヒストを引きながら、レスファートを見上げて苦笑する。
「すごかったな。夜もあれなら眠れないかもしれない」
「食い物の店が少なかったな」
イルファが残念そうに唸る。
「婚儀だからな、街路が汚れないように手配されているんだろう」
アシャが苦笑する。
「なんで街路が汚れる」
イルファが納得できないように首を傾げる。
「食い残しとか捨てるやつが」
「食い残すやつの気がしれん」
「お前のようなやつばかりなら、食い物屋も気が楽だろうよ」
アシャが肩を竦め、ユーノはくすくす笑う。
「こっちへ入ると一気に人通りが少なくなるね」
「あ…あれだよね、ジェブ」
レスファートが指を指す。
通りの右側に、確かに道の中央近くまで枝を伸ばしているジェブの樹がある。奥に立派な石造りの建物があった。
「なかなかいい家だ」
イルファが感心して頷く。
街で一番よくある緑青色の石をふんだんに使った平屋、通りに面した部分は日射しに満たされた明るい庭になっている。建物の壁は植物の浮き彫りをほどこした上品ながら凝ったものだ。玄関の右、通りの近くに、ジェブが黒く見えるほど深い緑の葉を繁らせている。
玄関の左には馬繋ぎになっている緑色の石柱と手摺がある。それに手綱を結びつけながら、ユーノは建物に人の気配がないのに眉を寄せた。
「留守かな」
「別に留守でいいんだろ、入ろうぜ。アオクがいいと言ったんだし、俺は腹が減った」
「おい」
アシャが止める間もなく、イルファがずかずかと家の中へ入っていく。建物の立派さのわりには戸締まりもしてなかったらしく、あっさり扉を開いて踏み込むイルファに、アシャが慌てて後を追う。見送って、ユーノはジェブの樹を振り仰いだ。
「大きいね」
脚を引きずりながら、レスファートがそちらに近寄っていく。




