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ごうっ………どすっ。
「!」
摩擦音を響かせ、青白い光球がユーノの耳元を掠めて背後に落ちた。アシャが巻き込まれたかとひやりとするが、軽く避けた気配、続いて幾つも流星群のように注ぎ始めた光球に身動き取れなくなって、思わずアシャを振り返る。
草原の緑と夜空の濃紺、ちらつく蒼炎になお暗く深い黒の砦、世界が寒色のみで構成されている中、周囲を裂く光球の間を縫うように歩を進めたアシャが真横に並んでくる。整った横顔には煌めく紫の瞳と薄紅に染まった唇、僅かに紅潮した頬には乱れる黄金色の髪、艶やかさに命を感じ取って、ユーノは息をつく。
(1人じゃない)
そうだ、夢の中のように、たった1人、屠られる瞬間を従容と待たなくていい。
(ならば)
何を竦むことがある、何を恐れることがある。
倒れても今ならアシャの側だ。
ユーノは光球の途切れた隙に足を踏み出した。ぎくりとしたようにアシャが振り向くのに薄く笑って、なおも前へと進む。
「ユーノ…っ」
焦れた声でアシャが呻いた。掠れた響きが切なげで妖しい。
「…待て」
引き止める声をもっと聞きたい。
闇の魔性に煽られたかと自嘲しながら、ユーノはくすりと笑ってなお1歩足を伸ばす。
ごうっ……ひゅうっ……どすっ、どすどすっ。
見る見るあたりは昼間のように燃え上がる光球で明るく輝く。がしかし、次の瞬間、周囲の草がざわめいて、まるで2人を絡め取るかのように両足に倒れ押し寄せてきた。足を抱え込みまとわりつき、密度を増しながら固定しようとするようだ。
「んっ」
さすがにこのまま狙われるとまともに光球の餌食になる。
ユーノが緊張した矢先、さきほどの草猫が再びこちらを見据えながら、立てた尾を激しく震わせた。
『我らは王を必要としている』
「アシャ」
「ああ」
草猫の尾の震えが強まるに従って、共振するように腰から下を包み込んだ剣型の草が、鋭い傷みとともに波立ち突き立ちながら蠢く。同時に朗々とした声が脳の奥底から響き渡ってきた。
『我らはネークの草猫として、我らの王を欲している』
光球が降り注ぐのが止まった。
静まり返った草原に、燃え盛っていた炎も、1つまた1つと草原の露に濡らされたように消えていく。
「王はラズーンではないのか」
アシャの問いに、草猫は深い哀しみの色を瞳にたたえた。鮮やかに光を放っていた眼が曇るように色を薄めて、淡い黄緑色に滲んでいく。
『ラズーンは我らを見放した』
色を薄めて逆になお大きく見開いた瞳で、草猫は訴えた。
『ラズーンの視察官の存在も感じぬ。ラズーンは我らを治めるのを放棄したのだ。よって、我らは新たなる王を必要とする』
「誰がそんなことを」
アシャが尋ねた。
「ラズーンは統治を放棄などしていない」
「…」
ユーノはちらりとアシャを見遣る。
ときどきそうだ、アシャはまるでラズーンを知っているかのように振る舞う。
(それもこの世界を治める存在とごく身近に居たように)
確かにアシャは旅人だ。けれど、ラズーンを旅してセレドまで来たような旅人の話は聞いたことがない。世界はそれほど狭いものではないはず、ましてやアシャのような若さでラズーンのことを語れるなど。
(希代の詐欺師か、誇大妄想の愚かな男か)
だが、アシャはそのどちらでもない。
(だとしたら)
ありえない、けれど全く別の1つの可能性は。
ラズーンの神、とは如何なる存在か。
それはひょっとすると、人離れした美しさを持ち、数々の才能と経験を貯え、しかも不老不死、だったりする、のか?
(そうであってほしくない)
万が一アシャがそんな存在だとしたら、レアナの想いなど意味がなくなってしまう。セレドを託すことなど、不敬でしかない。
「違うよ」
「!」
ふいに聞き覚えのある幼い声が、聞いたことのない不遜な調子で響いてユーノは我に返った。




