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ラズーン 1  作者: segakiyui
12.ネークの導師

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66/131

3

「俺はずっと悩んでいた」

「何を」

 アシャが眉を寄せた。

「お前が男に興味がないのか、俺に興味がないのか」

「……」

 一瞬白々とした空気が座に広がった。

 サマルカンドでさえ、微妙なものを感じ取ったのか、ふいとユーノの腕を離れて部屋の隅へ舞い降り、自分に用がないと見極めたように窓の裂け目から再び舞い上がって消える。

「……イルファ」

 アシャがうんざりした声を出した。

「俺は男に興味はないし、お前にはちゃんと友人としての礼を尽してる」

「にしても、そいつに比べて扱いが軽い」

「当たり前だろう、ユーノは主人…」

「だが、理由がわかった」

「は?」

「そいつは、女だ」

「っ、イルファっ」

 ぐい、と指でまともに示されて、ユーノは思わず噛みついた。

「馬鹿なこと言い出すなっっ」

「お前はそいつに惚れてるから、俺より扱いが丁寧なんだ」

「っっ」

 全身火を噴くかとユーノは思った。アシャのことなのに、自分の気持ちを指摘されたようで、居畳まれなくてアシャの方を見られない。

「ボクのどこかが女だよっ!」

「あるだろうが、感触の違いが」

「剣を持ってこいよ!」

 今すぐ立ち会え、多少柔らかくて細っこくても、イルファの相手ぐらい簡単だ、叩きのめしてふざけた台詞を撤回させてやる。

 らしくないほど取り乱してしまったのは、幾度となく夜会で味わった居心地の悪さのせいだ。来訪者をもてなす宴で、ユーノが相手をした人間がいつも伝えてきた、レアナ達の方をうらやましげに見遣る気配。聞こえないとでも思ったのか、中には、こっそり仲間うちに、ああ、あっちの姫の方がよかったなあ、と呟くのも居て。

 きっと同じような困惑をアシャも感じているに違いない、好き勝手に判断されて。

 そう思うと我慢できなかった。

「怪我人を相手にする趣味はない」

「しつこいぞ、イルファ、怪我ならとっくに…っ!」

 ふいに肩を掴まれてぎょっとした。振り返る間もなく引き寄せられたのはアシャの胸、包まれるように回った腕が次の瞬間、前の合わせを解き、一気に肩から衣服をずり落とす。

「っっっ」

 さすがに、イルファの目の前で包帯で巻かれた薄い胸を晒されてユーノは凍った。レスファートも大きく目を見開いたまま声もない。

「あのなあ、イルファ」

 無意識に服を引き上げようとした腕を止められ、泣きそうになったユーノの耳に、本当に嫌そうな不愉快そうなアシャの声が頭上から落ちてくる。

「よく見ろ」

「おい」

「このどこが女の体だ? え?」

 ぴたぴた、とアシャの手がユーノの胸の上で躍った。

「待て」

「こんな薄っぺらい女の胸があるか?」

 返ってイルファの方が戸惑い、心配そうな目でユーノとアシャを交互に見る。

「それに肩にも腕にも傷だらけ、女がこれだけ傷を負って、無事に済むと思ってるのか?」

「まあ、そりゃ…」

 イルファが無遠慮にじろじろと肩から胸を見た。

「しかし……凄い傷だな」

「幼い頃から剣術に明け暮れたそうだ」

 アシャが淡々と言い放って、もういいだろ、と衣服を肩に引き上げてくれるのを、ユーノは必死に引き寄せる。

「そこら中に怪我をして、みっともないから見せたくなかったんだ、な、ユーノ」

 それに、お前にくらべれば、どんなやつだって筋肉は柔らかいってことにならないか?

 アシャが軽く言い放つのに、竦みそうになる気持ちを引き上げて笑った。

「あーあ、見られちゃった」

 ドコガ女ノ体。

「せっかく生まれついての剣の天才だと思われたかったのにな」

 コンナ薄ッペライ女ノ胸ガアルカ。

「ほんと傷だらけなんだよ、他のも見る?」

 ミットモナイカラ見セタクナカッタ。

(アシャも、そう思ってたんだ)

 泣き出しそうなのを堪えた。

(みっともないって、思ってたんだ)

「いや……もういい」

 イルファが不承不承首を振る。

「わかった。つまり、お前は主人だからそいつに優しくて、そいつに惚れてるわけじゃないんだな?」

「俺にも好みと言うものがある」

 アシャが背後で苦笑した。

「可愛い女は一杯知ってるからな」

「……ボクにも、好みが、あるよ」

 衣服を整えて何とかアシャの胸から離れ、ユーノはイルファを睨みつけた。

「次に同じこと言ったら、今度こそぶっ飛ばす」

「わかったわかった、悪かった悪かった。そうだな、第一、女ならお前がそんな扱いをするわけはないな」

 詫びに粥でも作ろう。

「ぼく、が!」

 立ち上がったイルファにはっとしたようにレスファートが立ち上がる。

「ぼくが、作るよ、すごく、おいしいのを。ね……ユーノ…?」

 いたわるように振り向くアクアマリンの瞳が微かに潤んでいるのに、ユーノは微笑んだ。

「うん、頼む」

「俺の粥のどこがまずい」

「ぜんぶ」

 こともなげに言い返して、レスファートがイルファを部屋から追い出していく。

 2人の足音が水でも汲みに行ったのかばたばたと遠ざかっていくのを耳に、ユーノはゆっくり俯いた。

「ユーノ、」

「ありがとう、アシャ」

 何か言いかけたアシャのことばを遮る。

 謝罪も、言い訳も、説明も、何も聞きたくなかった。

「おかげでばれずに済んだよ、とっさの機転、すごいね、助かった」

「いや、俺は」

「それで、実は今ので傷がちょっと痛くなって」

 のろのろと顔を上げる。まだ振り向けるほど立ち直れていない。まっすぐ前を向いたまま続ける。

「痛み止めが欲しいんだけど、だめかな」

 尋ねる声が平板だ。

「持ってくる」

「うん」

 背後からアシャが立ち上がるのと同時にそろりと横になって壁を向いた。零れ落ちた涙はぎりぎり何とか見えなかったはずだと声を励ます。

「ひょっとしたら、寝てるかもしれないから、もし寝てたら、起こさないで」

「……わかった」

「それから」

 ゆっくり目を閉じて声が震えないように頑張る。

「明日には、ここを出よう」

「え?」

「どうしても早く、行きたいところがある」

 いつかセレドを出られたなら行ってみたいと言ってたところ、ラズーンへの道中にあっただろう?

「ああ、ネークの導師、か」

「うん、どうしても」

 どうしても、早く行きたい。

「世界が変動するなら、なおさら早く」

「………わかった。道をあたっておこう」

「お願い」

 アシャはそれ以上追求することもなく部屋を静かに出て行く。

 俺ニモ好ミト言ウモノガアル。

(そんなこと、わかってる)

 1人になった部屋の中で、ユーノは体を竦めてきつく唇を噛み締めた。


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