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「『運命』というのは、簡単に言えばラズーンへの敵対者、だ」
アシャは横たわったユーノの側に腰を降ろし、イルファとレスファートも近くに寄って座る。
「言い方を変えれば、この世界の『秩序』の破壊者だな。……ユーノ、ラズーンの役割は?」
「あ、えーと」
突然質問されてユーノは戸惑い、慌てて幼い頃に学んだ知識を掘り返す。
「ラズーンは世界の『統治者』。諸国を束ねる中央機関。最大の王国にして性別を持たぬ神々が住まう、伝説と栄光に包まれた場所」
「その通りだ」
アシャはどこかうんざりした顔で頷いた。
「政治的な意味でも、地理的な意味でも世界の中心と言っていい、が、それ以上の役割がある。ラズーンはこの世界の……」
言い淀み、ことばを探すように天井を見上げたが、小さく溜め息をついて、
「構成1つ1つを生み出し造り出す源でもある」
「構成、1つ1つ?」
「もともとラズーンには2つの部分があった。『統治者』と『判定者』だ」
引っ掛かりかけたユーノをさらりと流して、アシャはことばを続けた。
「お互いに必要な役割を果たし、世界はそれで安定していた、だが」
眉をひそめた顔に暗い翳りが滲んだ。
「ラズーン支配が長く続くうちに、『判定者』の役割を担っていたものが、自分達こそこの世界を治めるべきものであると言って『運命』を名乗り、ラズーン支配を拒み出した。我らなしにはラズーンは有り得ない、ならば我らこそ、支配の長であるべきだ、と」
「……『判定者』の役割って何?」
「暗殺」
ぽつりと応じたアシャが殺気を滲ませた笑みを広げ、ユーノを見返す。
「『統治者』の意図に背くもの、または『統治者』の手違いで起こった事件や関連する存在を消す、それが役割だった」
「世界は、見えてるほど平和じゃねえ、そういうことか?」
イルファが確かめる。
「そうなるな」
アシャは苦い表情でユーノから目を逸らせた。
「力づくの、とうちは」
レスファートが暗誦するように呟く。
「あらそいしか、うまない、って」
「その通りだ」
アシャは静かに繰り返した。
「望まぬ方向と違う存在を押しつぶす愚を、誰よりも知っているはずのラズーンだったが、それに代わる方法もまた見つけられなかった」
低い声が掠れて続く。
「200年ごとの祭の意味を、どれほどの人間が理解していたのか、ということだ」
「200年ごとの祭?」
「……ラズーンは、200年祭を行う」
アシャはゆっくりと顔を上げた。緩やかに巡らせた視線でユーノを捉える。
「その時世界は変動する」
紫の瞳が言い様のない妖しい煌めきに満ちた。
「全てが根底から揺さぶられて」
ごくん、とイルファが唾を呑む。
レスファートも緊張した顔でアシャを見つめる。
ましてやその瞳に正面から見据えられて、ユーノはことばを失った。
(ラズーンの200年祭)
そんなことばは聞いたことがない。200年と一口に言うが、寿命を全うしても4〜5世代ほどが生きる時間を一括りにしてしまう時間単位は、国の歴史にしか存在しない。
「っ」
ふいにそれはセレドが成り立った時から現在に至るまでの時間だと気付いて、どきりとした。まるで、セレドがラズーンのその祭りによって生まれ、祭りによって滅びていくような不安な気持ちになって、思わず口を開く。
「それって」
今あちこちに現れている太古生物と関係があるのか。『運命』と呼ばれる者が襲ってきたことや、カザドの魔手が伸びてきたこととも無関係ではないのか。
ひょっとして今世界は大きく崩れていこうとしていて、その余波をセレドも受けている、そういうことではないのか。
「ボクがラズーンに招かれたことにも関係があるの?」
「ラズーンに招かれた?」
「!」
しまった。
イルファが訝しそうな声を上げて、ユーノは舌打ちしかけた。側に居るのを失念していた。
「それはどういう意味だ?」
イルファがうっそりと問いかけた。
「ああ、サマルカンドを慣らしたそうだな」
問いを巧みに遮ってアシャが表情を緩める。
「え、あ、ああ、あの、クフィラ?」
ラズーンの200年祭とは何なのか。そして、そんなことを知っているアシャは一体何者なのか。
そういう疑問をもろとも逸らされそうな気配はあったが、イルファに突っ込まれては困るものもある。
ユーノは慌ててアシャに応じた。
「慣らしてなんかいないよ、ただ無我夢中で」
「サマルはもう1人の主人を見つけた、そう言ってたぞ」
アシャはにっこりと嬉しそうに笑って立ち上がった。砕けた窓枠に近寄って隙間から乗り出し、
「サマル!」
左腕を突き出して叫ぶと、激しい羽音が響いて白い鳥が舞い降りてくる。
「今回はお手柄だったぞ」
腰あたりで軽く横へ突き出したアシャの片腕に乗るクフィラはアシャの頭を軽く越える大きさだ。
「クゥア?」
どこか甘えた声で鳴いて、首を曲げてアシャの頭に自分の頭を寄せる仕草、重くはないのか、そう思った矢先にアシャがユーノを振り返る。
「呼んでみろ、ユーノ」
「うん」
ユーノは寝床に起き直った。
「サマルカンド」
「クェッ!」
ふわ、とアシャの手から舞い上がったクフィラは大きさに似合わない静けさを保って、ゆっくりユーノの近くに舞い降りる。
「ク、ゥ」
そのままお辞儀をするように頭を下げ、ユーノがつられて伸ばした左腕めがけて浮き上がる。鋭い爪を一瞬だしたが、ユーノの腕を掴んだ瞬間は、赤ん坊でも掴むような柔らかな感触しか残さない。そればかりか、レスファートよりも軽くて、ユーノは驚いた。
「いい子だね」
そっと囁いてもう片方の手を伸ばす。
「ク、クゥ」
クフィラは喉の奥で微かに鳴いて、甘えるように頭をユーノの掌に押し付けた。滑らかで艶やかな羽毛の感触、生き物の温もりがじわりと伝わる。
「お前にやる」
「え?」
「護衛用だ」
アシャがぼそりと低い声を出した。
「俺が間に合わなかった時のために」
「でも、そんな」
「クッ、ガッ」
ふいにクフィラが威嚇するように鋭い声を出して、ユーノはびくりとした。冠毛を軽く逆立てている。忙しく見開いて瞬きする瞳は冗談じゃない、と怒っているようだ。
「サマルカンドも心配だそうだ」
アシャがゆっくりと目を細めて笑った。
「俺と同じように」
「アシャと…?」
「お前が倒れたまま目を覚まさないと聞かされた時の俺の気持ちを」
細めた目の色が変わる。
「ちょっとは考えてくれ」
「あ…」
それは聞きようによっては甘いことば、思わず勝手に頭が優しい空想を広げようとしたとたん、
「聞きたいことがある」
イルファが不穏な調子で唸った。胡座を組んだまま、がっちりと腕を組み、アシャとユーノを等分に見比べる。




