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ラズーン 1  作者: segakiyui
15.クノーラスの異変

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102/131

3

「つーまんない」

 レスファートは、閃くユーノの剣を目で追いながらぼやいた。

 陽はそろそろ中空にかかろうとしている。

 ジェブの樹の根元で、剣を教えてもらっているユーノの姿を見ながら、レスファートはむくれている。

 エキオラの引き止めが予想以上に効を奏して、アオクは3日、家を出るに出られなかった。その間、ドヌーはクノーラスの居城に立てこもったまま、街へも出て来ていない。

 城内でどんなことが起こっているのか、残されていた人々はどうなっているのか、アオクとしては気も焦るようだが、それ以上にドヌーへの警戒心が強い。

 それはユーノも同じ、アオクほどの武人が逃げるしかなかった怪物に、少しでも対抗できるようになろうと、寸暇を惜しんで訓練に励んでいる。

「ぼくもやるぅ」

「だーめ!」

 息を軽く切らせながら、ユーノは言った。

「まだ傷、治ってないだろう?」 

 差し上げた片手をゆっくりと前へ、弧を描くように右へ回す。

 直立させて支えている剣が陽をはねてまばゆい。汗が流れてくる。


 アシャの剣。

 始めのうちこそ見守るアシャの視線に照れもしたが、教えられているものがゼランやこれまでの剣とは全く違う種類のものであることはすぐにわかった。

 動き自体は難しくない、むしろ簡単で単純、けれど1つ1つに対する筋肉の伸縮や程度まで意識するばかりか、制御しろと言われて仰天した。もちろんいきなりできるわけがなくて、動けなくなってしまったユーノに、アシャは複雑な笑みを浮かべて、横になれ、と命じた。

『横に?』

 剣の練習なのに?

 戸惑うと、続けて、剣を持つな上着を脱げ、と言われてなお困惑して立ち竦んだ。

 そのユーノにアシャはにこりと笑って、脱がないなら剥ぐぞ、と楽しげに宣言した。

『ばっ』

 何考えてんだっ。

『いいから寝ろ』

 押し倒されたいのか。

 殺気を込めて呟かれ、唸りながら上着を取り、庭の端で横になった。

『目を閉じろ』

『なんでっ』

『教えないぞ』

『う』

 仕方ない、と目を閉じる。瞼にちらついていた日差しが遮られて、アシャが覗き込んだと気づき、無意識に体温が上がった。

『っ!』

 ふいに鳩尾に温かいものを当てられびくりとした。とっさに側の剣を掴んで跳ね起きそうになったのをかろうじて堪えられたのは、それがアシャの掌だとわかったからだ。

 大きくてしっかりした掌がユーノの鳩尾からゆっくり腹へと滑る。

 息を詰めていると、

『ここに集中してるな?』

『……うん』

『じゃあ手を押し上げるように息を吸い込んでみろ』

『…うん』

 すう、と息を吸い込むと、普段入り込まないほど体の奥深くを空気が流れていくような気がした。

『そうだ……じゃあ俺の掌を載せたまま降ろしていく感覚で息を吐き出せ』

『ふ…ぅ』

 アシャの掌がひたりと肌着を通して皮膚に触れてくる。

『もう一度』

『ん……』

 ゆっくり押し上げていく掌、感触が遠ざかって離れていきそうになる。

『吐く』

『ふ……ぅ』

 掌から甘やかな波が降り落ちてくるようだ。少しでも長く感じていたくて、ことさらゆっくりと息を吐いていると、微かにアシャが笑った気がして目を開ける。

『……』

 思わぬほど間近にアシャの顔があった。

 澄んだ紫色の瞳が光を吸い込み煌めいている。瞳の奥で虹が弾かれ、見上げた視界を覆っていく。

『いいぞ、今度は今の動きを自分でやってみろ』

『……うん』

 掌が離れていったのを名残惜しく思いながら、筋肉の動きと呼吸の流れを再現するように動かしてみた。

『どうだ?』

『うん……凄く気持ちいい…』

『自分の体がどう動いているのかわかるか?』

『わかる』

『自分の呼吸がどこへ運ばれていくのかわかるか?』

『わかる』

『よし、じゃあ次はここだ』

『…っ』

 胸の上に掌を置かれて一瞬固まった。

 だが、アシャの顔は真剣だ。むしろ厳しい、と言ってもいい。

『同じようにやってみろ』

『動きと、呼吸を、意識する?』

『そうだ』

 アシャの掌に全神経を集中するのは簡単だ、むしろその熱がもっと欲しくてねだりそうになる。

『…』

 心の深くまで晒してしまいそうで、慌ててまばゆい瞳から目を閉ざした。

『……よし……次はここ』

『腕?』

『同じだ、息を吸い込み』

『動きを、意識する』

 呼吸が届く器官がないはずの腕の中に、呼吸すると同時に流れが出現したのにどきりとした。

『アシャ』

『…どうした?』

 柔らかく問いかけた声が掠れているように響いて胸が疼いた。

『息が、届く』

『動きは?』

『あ……ごめん』

 指摘されてもう一度、アシャの掌を意識しながら呼吸をやり直し、伴う動きを確認した。

『そのままゆっくり手を握る』

『うん』

 手を握ってまた離し、そのときにどこの部分がどのように動くか、1つ1つ確認する。腕が終われば脚。脚が終われば、今度は首とうつ伏せになって背中。

『……よし…いいだろう』

『ふ、ぅ…』

 一通り終わったころには、体中がほてって感覚が鋭くなりすぎ、ひりひりした。

『さすがだな』

『え?』

『よく訓練されてる』

 目を開けて座ったユーノに、アシャが冷たい水を持ってきてくれて笑った。

『こっちが指示したところがすぐに動かせるんだな』

『?』

『普通はまずそれができないもんだが』

『ああ…』

 重ねられて何を言われてるか理解した。

『あちこち怪我したから』

『え?』

『あちこち、怪我して』

 それでも普通にしてなくちゃならなかったから、他の部分でどうやったら怪我してないように振る舞えるか、いろいろやってみてたんだよ。だから、こっちを動かさずにそっちだけ動かす、とかって結構得意なんだ。

 笑うと、アシャが一瞬奇妙な顔をして、もう一杯水を持ってきてやる、とうろたえたように立ち上がったけど。


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