エピソード42 極限の精密と、一人の美少女
「――お前、本気で言ってんのか? 今の日本の技術力じゃ、もの凄く熱に強いタフな金属なんてまともに作れねえし、エンジンの馬力を無理やり上げる過給器の精密なベアリングだってすぐに摩擦で焼き付いちまうんだぞ」
戸田は、一気にまくし立ててから腕を組んだ。
「第一、お前が言う『高高度』って、いったいどれだけの高さの話をしてやがる」
驚愕から立ち直った戸田が、腕を組み直して冷ややかな視線を向ける。
蓮はひるむことなく、静かに息を整えた。
「戸田さん、今考えているのは、高度一万メートル以上ですね」
「一万……!? 冗談だろ、零戦や隼だってせいぜい五千か六千メートルでエンジンが息切れして、上の空じゃ馬力が出なくなるってのに、そんな異次元の領域で動く代物なんて作れるわけがない!」
声を荒げて呆れる戸田に対し、蓮は視界の隅でレンズ越しのA.I.D.A.から送られてくる補正データをチラリと確認し、不敵に笑ってみせた。
「まあ、楽しみに待っていてくださいよ。きっと度肝を抜かせてみせますから」
その胡散臭いほどの自信に、戸田はあきれ果てたように息を吐き出すと、やがて腹の底から面白がるようにニヤリと笑った。
「いいだろう、その大言壮語に乗ってやらあ!お前に協力してやる。だがな、オレたち現場の職人を心底驚かせるような性能じゃねえと、ただじゃ置かんからな」
「ありがとうございます。それじゃあ、一週間後には実働するエンジン本体の目処をつけますから、そこから稼働実験と地上試験をお願いします」
具体的なスケジュールを聞いた戸田の眉が、わずかにピクリと動く。
「一週間……?お前、本気で言っているのか……オレを馬鹿にしてんじゃねぇだろうな……」
「戸田さん、バカになんかしてません。一週間後に実験が出来るように準備お願い致します」
「……分かった。こんなこと出来たら奇跡以外の何者でもないぞ」
そう言うと、戸田は思い出したように蓮に告げた。
「だが、こんな面白い話をオレだけで話を進めたら、あいつが激怒するだろうな」
「……あいつって、誰ですか?」
蓮が首をかしげて問い質すと、戸田は急に気まずそうに視線をそらし、ごほんと咳払いしつつごまかした。
「まぁ、そのうち顔を合わせることになる……いつか紹介してやるよ」
歯切れの悪い返事を残すと、戸田はそそくさとその場を去っていき、残された蓮はどこか怪しげな空気を感じつつも、自分の専用開発室へと戻っていった。
薄暗い部屋の中で、蓮はさっそく新型エンジンの製作に着手する。
しかし、目の前にある昭和の粗悪な金属の塊と、設計図が要求するミクロン単位の圧倒的な精度を突き合わせ、頭を抱えて呟いた。
「こんな代物、この時代の鉄工所の機械じゃ到底削り出せないぞ……一体どうするんだ、A.I.D.A.」
「物理的な切削限界は想定内です。ですので、支給されている電子デバイスと、サバイバルキットに同梱されているビームガンをレーザーとして転用します」
A.I.D.A.が冷静なトーンで告げる。
蓮は思わず目を丸くした。
「え……? それをどうやって使うんだよ」
「電子デバイスの解析機能で素材内部の金属組織を分子レベルで材質分析します。そして、ビームガンを高精度な熱加工・切削レーザーの代わりとして局所的な溶融・除去加工にフル活用します」
自衛隊のサバイバル装備をこんな状況で飛行機の部品加工に使っている自分を省み、蓮は自傷気味に苦笑いした。
「俺、もう自衛官じゃないな。ただの技術者だな……何やってんだろな」
「元の世界に戻った時に、超精密レーザー加工のスキルで再就職に全く困らないじゃないですか」
冷徹かつ軽快なトーンでシュールに揶揄うA.I.D.A.に軽く白目を剥きながら、蓮は促されるまま作業台の前に置かれた支給材料の塊へと歩み寄った。
「蓮。まずは電子デバイスを分析モードに変更して、こちらで指定して準備された素材の精密分析を行ってください」
そう言われた蓮は、普段から携帯している電子デバイスを手に取り、スイッチを入れる。
すると、デバイスの先端から青白い光の粒子がスッと放たれた。
蓮がデバイスをしっかりと握りしめ、材料の端から端までゆっくりとスキャンしていく。
青い光が金属の表面を通り過ぎるたび、その冷たい輪郭が空間に青くくっきりと浮かび上がっていった。
やがて、デバイスのインジケータがピッと鳴る。
「分析完了しました。……結論から言えば、この時代の鉄鋼材料は不純物と気泡が多すぎます。そのままでは高熱高圧の環境に耐えられません」
A.I.D.A.が淡々と残酷な事実を告げる。
「ビームガンをレーザーとして用いて局所的に不純物を溶融・蒸発・除去する事は出来ますが、まずは荒く大きな塊で精錬しないと途方もない時間が掛かります。ですので『小型精錬機』をまず作る必要があります。そのための図面を今から作製しましょう」
先ほどまで「もう二度と図面は作らない」と誓ったばかりの蓮は、あまりの展開の早さにガクッとその場に崩れ落ちた。
「嘘だろ、また図面から作るのかよ……!」
冷ややかにインジケータを点滅させながら、A.I.D.A.がトドメを刺すように告げる。
「自分の口で盛大にフラグ回収のイベントを発生させるなんて、相変わらず見事な手際ですね、蓮」
そんなA.I.D.A.の冷徹な言葉を無視して、蓮は作業を開始した。
弱音を吐きながらも気合でペンを走らせ、なんとかその日のうちに小型精錬機の立体図面を地獄の思いで完成させた。
そして迎えた翌日の朝、開発室の扉が、コンコンと軽くノックされた。
蓮は戸田が来たのかなと思い扉を開けると、そこには昭和の工場の空気には似つかわしくない、二十歳前後の、勝気で活発そうな一人の美少女が立っていた。
「あなたが、父が言っていた嘘つき奥野さん?」
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