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面影は真実に5

 

「……お、お兄様?」


 相手が誰か分かったのに問いかけとなったのは、声音がひどく冷徹だったから。腰元の剣に手を添えての、警戒心剥き出しの顔つきも怖かった。


「なんだティアラか。お前どうしてこんな時間に外をうろうろしているんだ。危ないだろ!」


 厳しく怒られ身を竦めるも、徐々に冷静さを取り戻したティアラはムッと眉根を寄せる。


「お兄様こそ今お帰りですか? まったくこんな真夜中にこっそり帰宅だなんてお父様が知ったらひどくお嘆きに……きゃっ!」


 言葉の途中でラディスの後ろからぬっと現れたもうひとつの姿に小さく飛び跳ねた。しかしその驚きは、すぐに動揺へと移り変わる。


「お、お父様もですか⁉︎」


 ティアラの信じられないという思いがにじみ出ている一言を受け、ラディスの隣に並んだイヴォンヌが気まずそうな顔をする。

 なにか言いたいのに呆れて言葉が出て来ず、ティアラは開きかけた口を閉じた。ひとり歩き出したティアラを、男ふたりは慌てて追いかける。


「誤解をしているだろうから言っておくが、父さんと飲んでいただけだ。もちろんふたりっきりで」

「へぇ、そうなんですか。わかりました」


 心なしか早口で説明してきたラディスにティアラは真顔で返事をして、じろりとイヴォンヌを見る。


「お兄様はともかく、お父様! あまりお母様を悲しませるようなことはしないでくださいませ」


 言葉でちくりと突き刺され、イヴォンヌはただただ口元を引きつらせる。

 三人は静かに屋敷の中へと入り、廊下を進んでいく。階段を登り切ったところで、やっとイヴォンヌも口を開いた。


「本当なんだよ。ラディスとはいろいろ積もる話があってだな。しかし明日には王都に戻ると言うから」

「もう戻られるんですか? 私もお兄様とお話ししたいことがいろいろあります。ふたりだけで飲んでいたというのなら、一緒連れて行ってくださっても良かったのに」


「ふたりだけ」を強調させ、膨れっ面で再びちくりと刺を刺してきたティアラに、男ふたりは苦笑いする。

 ペピからの帰り道で、アルフレッドに関して聞きたいことがいくつか頭に浮かんできたのだ。

 ラディスはアルフレッドと共に山賊の襲撃に遭い負傷した。当事者だからこそ、全てを知っているはず。

 ティアラを見つめ返していたラディスの瞳が、わずかに細められた。


「俺にどんな話が? ……まあ別になんでも構わないけど。付き合うよ、俺は日が暮れる前に出発できれば良いから」


 兄から放たれる警戒心は、先ほど庭で見せた殺気をも纏っていて背筋が寒くなる。しかしティアラの覚悟も本物だ。目を逸らさず、じっとラディスを見つめ返す。


「ありがとうございます。楽しみにしていますね。それではまた、朝食の時に」


 そこでティアラはラディスたちから顔を逸らす。

 彼らに背をむけ、自分の部屋へと廊下を進みながら、緊張を紛らわせるようにそっと息を吐いた。




 自室のベッドに潜り込み、寝ては覚めてを繰り返すうちに日が昇る。

 使用人たちが動き出した音を耳にして一日の始まりを感じながら、ティアラも身を起こした。

 いつもと同じ時間に朝食のテーブルにつき、母と寝ぼけ眼の父と共に食事をとる。

 母は、いつもより食事が進んでいるティアラに顔を綻ばせ、ペピに遊びに行ったことが良かったのかしらとモナに対して感謝の言葉を述べた。

「私も行って良かったと思ってる」と母との会話が盛り上がる一方、「夜中にうろついているから腹も減ったのだろう」という父のぼやきを咳払いでかき消したりと、ティアラにとっても久しぶりに明るい気持ちでの食事となった。

 両親が席を立ち、お皿が下げられた後も、ティアラはその場でラディスを待ち続けた。

 侍女の話では食事の準備ができているとドア越しに声をかけたらしっかりとした返事があったらしい。それでもなかなか現れないのは、眠気に勝てずにいるのかもしれない。

 そろそろ部屋に直接乗り込んでしまおうかという考えが頭を過り始めた時、やっとラディスが食堂に姿を現した。


「おはよう。早いな」

「えぇ、早くお兄様と話がしたくて、あまり眠れませんでした」

「そんなに兄が恋しいのか。困ったなぁ」


 半笑いのラディスに対し、ティアラは素っ気なく肩を竦めた。

 程なくしてテーブルに食事が運ばれてくるも、ラディスはフォークに手を伸ばすことなくティアラと向き合い続ける。


「なんだよ。話って」

「どうか先に召し上がってください。……これからするお話は、私にもお兄様にもつらいことですから」


 落ち着き払った声のティアラの願いを受け入れて、ラディスをパンを少しばかり口運ぶ。


「これで良いか?」


 パン屑を指先から払い落として、すぐさま先ほどと同じように体を向けてきたラディスに、ティアラは苦笑する。

 先を急かす眼差しから、気になって仕方がない胸の内がひしひしと伝わってきたからだ。


 アルフレッド様は生きていますか?


 最も聞きたいことはそれだけれど、昨日深夜に兄が見せた殺気に満ちた警戒心を思い出すと、真実を素直に答えてくれるかは怪しいところだ。

 それならと、一呼吸置いてからティアラは口を開いた。


「三年前のお話を聞かせてください。アルフレッド様がどのように亡くなったのかを」


 真剣に切り出された言葉の後に、沈黙が落ちる。ラディスは迷うように瞳を揺らした後、己の腹部にそっと手を重ねた。


「まだお話しするのは無理ですか?」


 あの時、ラディスも怪我を負っている。

 あまり日をあけることなく様子を見に来てくれたりと周囲には軽症であるかのように振る舞っていたが、実際はそうでなかったことをティアラは父から聞いている。

 負った腹部の傷は深く、絶対安静だったというのに、ラディスは無断で実家に帰ってきていたのだ。

 辛く苦しい目に遭ったのは明らかなのだから、いくら話を聞きたくても慎重にならざるを得ない。


「それなら、またの機会に改めて」

「いや、大丈夫だ。話すよ。あの日は……」


 沈痛な面持ちで兄が語り出し、ティアラは膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。


 アルフレッドが亡くなったあの日、事が起こったのは隣国からの帰り道だった。

 ラディスは別の任務についていて同行はできなかったが、山賊が不穏な動きを耳にし急いで馬を走らせた。

 深い山奥、まさにアルフレッドに山賊どもが襲い掛かっているその場所へとラディスは飛び込んでいくことになる。

 アルフレッドとその護衛ふたりにラディス。たった四人で大勢の山賊を相手にしなくてはいけなかった。

 護衛ふたりが倒れた時、ラディスは自分が食い止めるから出来るだけ遠くへ逃げろとアルフレッドに求めた。

 デコルトハイム国の第一王位継承者である以上、自分は生き延びなくてはいけない。

 それは分かっているが訴えに従って友を置き去りにし逃げ出すのは、アルフレッドにとって身を切られるほど辛い決断だっただろう。

 馬を操り駆けて行くアルフレッドに、追いかけようとする者を逃さぬべく必死に剣を振るうラディス。

 血生臭さとともに気の遠くなるような時間が過ぎていく。

 多くの傷を負いながらもなんとか姿を隠し、ラディスも敵から逃れることに成功する。

 岩場の影で息を潜めつつ一夜を明かした後、ラディスはおぼつかない足取りで山を降りようと歩き出した。

 しかし途中でアルフレッドの愛馬を、そしてその近くの冷たい岩の上に、横たわる亡骸を見つける。



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