面影は真実に4
男性は物陰にいたためはっきりと見えなかったし、ここから少し距離もある。他人の空似の可能性の方が高いと考え、ティアラはモナへと首を横に振った。
お土産をベリースローに決め、さっきの店へと戻る途中で、賑やかな音楽がティアラの耳に入ってきた。
空き地のような場所で、弾むような早い曲にあわせて仮面をつけた人々が楽しそうに体を揺らして踊っている。
小太鼓を手で叩きながら空き地に人を呼び込んでいた男性がティアラたちに目をとめ、「仮面を付けてたら参加できるぞ。お嬢様方も踊っていきな」と手招きする。
ティアラとモナは顔を見合わせ、吸い寄せられるかのようにどちらからともなく歩き出した。
飛び込んだは良いものの、なかなか乗れずにおろおろするティアラとは違って、モナは楽しそうにステップを踏み始めた。
すると、仮面を付けた男性がモナの手を取って一緒に踊り出す。
動じることなく、むしろ「あはは」と笑いながら男性にあわせて軽やかにターンしたモナをさすがだと見つめていると、ちょんちょんとティアラは肩をたたかれた。
振り返ると、おなじく仮面を付けた熊のような大柄の男性が恭しく手を差し出してきた。
自分がダンスに誘われていると分かるも、体型の迫力に圧倒されなかなかその手をつかめない。
しかし、仮面からのぞく眼差しが困っているように見え、このままでは失礼にあたるとティアラはそっと手を伸ばした。
ゴツゴツした手の平へ重ねおこうとした瞬間、横から伸びてきた手がティアラの小さな手を奪い取った。
驚くよりも先に、腰に手が伸ばされ、体を引き寄せられる。
「おい!」と発せられた抗議の声から逃げるように、その相手はティアラをエスコートし、人々の中へと紛れ込んでいく。
ティアラは戸惑いながら自分と踊る男性の顔を見上げる。
彼の付けている仮面は大きくて、口元くらいしか露わになっていないのだが、それでも白い肌と薄い唇から品の良さが感じられ、徐々にティアラの胸が苦しくなっていく。
口元が、アルフレッド様にどことなく似ている。
動揺が止まらぬまま、ティアラは男性と踊り続けた。
男性の手の温もりだけでなく、ステップのタイミングなどから自分にあわせて踊ってくれているのが伝わってくるからだろうか。
相手は見知らぬ男性で、言葉のひとつも交わしていないというのに、不思議と心地いい。
本当にアルフレッド自身が自分の元に戻ってきてくれたかのような、そんな錯覚にティアラは陥っていった。
「アルフレッド様」
しかし、うっとりと呼びかけた己の声がティアラを現実へと引き戻し、弾かれたように体を離した。
「ご、ごめんなさい!」
恥ずかしさと虚しさに突き動かされ、すぐさま男性の元から離れようと踵を返すも、なぜか手を捕まれた。
驚いた顔で肩越しに振ったティアラへと、男性がそっと歩み寄る。そしてわずかに身を傾けて、もう片方の手をティアラの後頭部へと伸ばした。
ゆるく髪を結っていたそこに何かが差し込まれたと感じて身じろぎしたティアラの耳もとへと、さらに男性は顔を近づけていく。
「誕生日、おめでとう」
男性の声音に、鼓動が大きく跳ねた。ざわりと動揺で心が乱され、ティアラは言葉を失ったまま、目の前の彼を見つめ続ける。仮面の奥の瞳の輝きに、思考が奪われていく。
なにも考えられないまま、ティアラは男性の顔に向かって手を伸ばした。
仮面に、指先が微かに触れたその瞬間、わっと近くで歓声が上がった。ティアラがそれに気を取られると同時に、男性の手がぱっと離れ、そのままくるりと背が向けられる。
「まっ、待って!」
ティアラの声は、すぐそばで俊敏に踊り始めた男女を囃し立てる声でかき消され、あっという間に遠ざかっていった彼には届かなかった。
「ねぇねぇ、さっきの男性と、びっくりするくらい息ぴったりだったじゃない」
代わりにどこからかやってきたモナがティアラの隣に立ち、興奮気味に話しかけてくる。
「う、うん。自分でもすごく驚いてる」
「あの身のこなしから言って、貴族に間違いないわ。顔を隠していなかったら、誰かわかったかもしれないのに。残念ね」
名残惜しそうに男性が去った方を見つめているモナは、呆然とするティアラへと視線を戻し、「あれ?」と呟く。そしてティアラの後頭部を指さした。
「そんな髪飾り付けていたっけ?」
モナの言葉に、ティアラは慌てて先ほど男性が何かしたと感じた場所に触れる。
引き抜いたそれは、モナの言う通り髪飾りだった。それもティールの花を模した飾りのついた。
「もしかしてさっきの男性から? 格好良いことしてくれるじゃない。もう、どこ行っちゃんだろう。顔くらい見せてくれても良かったのに」
「……私も、仮面の下の素顔をこの目で見たかった」
鳴り止まぬ鼓動の高鳴りに、頬が赤く染まる。混乱と共に目から涙が一雫流れ落ちていった。
イヴォンヌ邸に戻る馬車の中でも、誕生日だからと夕食時にたくさんの料理を目の前に並べてもらっても、そして結局近くの露店で購入した飴玉をお土産として母に渡した時も、ティアラの心の中はアルフレッドのことでいっぱいだった。
日付が代わり、明け方。闇に包まれたままの庭をティアラはランプ片手に進んでいく。
普段なら眠っている時刻なのだが今夜は寝付けず、その上、温室の扉の前にティールが置かれていないかどうしてももう一度確認したくなってしまい、こうして温室に向かっている。
「……やっぱり、ない」
置いてあったのは赤い花をたわわに実らせたキリオスの鉢植えのみ。
ランプをその場に置いて、ラディスが昨日の朝言っていたプレゼントの鉢植えを温室の中へと移動した。
そして再びランプをつかみ上げ、室内の様子も確認する。ティールは一輪だけだから、もし自分が留守にしている間に誰かの目に留まっていたのなら、花瓶にいけられ温室にでも飾られているかもと考えたのだ。
しかし、どこにもそれらしき影はなかった。
ティアラは来た道を戻り始める。暗がりの中、ランプをつかんでいる自分の手をじっと見つめながら、ゆっくりと足を進めた。
ティールの花がなかったことを残念には思っても、気落ちはまったくしていない。
それは昼間の記憶がティアラの中に色濃く残っているから。思い出すだけで、彼の手の力強さの余韻が蘇るほどに。
忘れるはずもない。あれは確かにアルフレッドの声だった。
彼の魂が自分に会いにきた。そんな気分ではあるが、触れた手は温かく踊った相手は生身の人間だったとしか考えられない。
アルフレッド様は生きているの?
今日何度目かの疑問が頭に浮かんだが、ティアラは大きく首を振る。
彼は亡くなったのだ。自分は参列できなかったけれど、葬儀だって行われている。彼が生きているなんてあり得ない。
馬鹿げた望みを持ってはいけないと心の中で自分を叱咤した時、馬小屋の方からガタガタと音が響いた。
ティアラはびくりと肩を跳ねさせてから、恐る恐るそちらへと目を凝らす。
小屋から出てきた影に馬泥棒かと恐怖を募らせ、無意識に後退した右足がじゃりっと砂を噛んだ。小さく響いたその音に影がすばやく反応する。
「誰だ!」
発せられた声音とランプで照らし浮かび上がった姿にティアラはほんの一瞬たじろいだ。




