面影は真実に3
送り主の分からないティールの花のことをティアラが話したのは、ボルメとモナだけ。
あわせてモナは、一度目はアルフレッドの幽霊かもと喜び、二度目で兄の仕業ではないかと疑い出したティアラの気持ちの移ろいまでも知っている。
打ち明けられ、モナは座席に深く座り直して腕を組み、「うーん」と困ったように唸った。
「今年はどうだったのか気になってたの。そっか。無かったのね」
「彼はもういないって頭の片隅でわかっていても、私は一昨年も去年もアルフレッド様からプレゼントをもらったような気持ちになっていたの。だから今年はもらえなかったのが、たまらなく悲しくて」
「ティアラはアルフレッド様のこと本当に好きだったものね。そう簡単には忘れられないわ」
モナは視線を足元に落として難しい顔をしていたが、「あっ」と小さく声をあげ、腕を解く。
少し手荒に手を握りしめられ、ティアラは目を大きくさせる。
「いつまでも暗い顔をしていたらアルフレッド様も悲しむわ。なにか一つでいいから今日は楽しかったと思えることをしましょう!」
アルフレッドのために。そう思うと、少しだけ心が前向きになり、ティアラはわずかに口元を綻ばせた。
「久しぶりにベリースローが食べたいわ」
「それ良いわね。今日侍女は馬車で待機させるつもりでいるから、ふたりっきりでたくさん食べて、楽しみましょう!」
明るく声を弾ませてこれから巡るお店の予定を口にするモナに耳を傾けながら、ティアラ再び窓の外へ目を向ける。
林ばかりだった景色が平野に変わり、やがて活気ある街並みへと移ろいゆく。
「仮面?」
ふと、目元を赤色のマスクで隠している若い男女の姿が目についた。思わず呟いたティアラに、モナがふふふと得意げに笑う。
「今日は豊穣祭よ。ティアラは初めてだったわよね」
豊穣祭と聞いてティアラは「ああ」と納得する。この辺りは田畑も多く、穀物の実りを感謝するために昔から行われているのだ。
しかし自分の誕生日と重なるため、モナの言う通り、ティアラは一度もこの祭りを見に来たことがない。
仮面をつけているのはその男女だけではなかった。
黒や、緑、黄色、それから羽がついていたり、手が込んだお洒落なものまで、至る所で派手な仮面をつけた姿を見つけることができた。
「豊穣祭って、思っていたより煌びやかだわ」
厳かな雰囲気のお祭りだろうとティアラは勝手に思い込んでいたため、乱痴気騒ぎを起こしそうなど派手な人々に戸惑いを隠せない。
「仮面をつけるようになったのは五年ほど前からかしら。顔を隠すことで、誰でもなくなるの。日常と切り離された人々が大勢混ざり合う中に、神様や亡くなった人がいたっておかしくない。みんな一緒に楽しもうってことらしいわ。面白そうでしょ?」
きっと自分が思う以上に、モナは慰めや励ましになればと真剣に考えてくれていると感じ、ティアラは小さく微笑む。どこまでも優しい親友だ。
「そうね。楽しそう」
ぽつりと言葉を返すと、モナの顔がぱっと明るくなった。「でしょう?」と嬉しそうにはしゃぐ声と共に、馬車がキキッと音を響かせ停止する。
「モナ様、この辺りでいかがでしょう」
侍女により開かれた扉の向こうへとモナだけでなくティアラも視線を伸ばす。露店が多く並ぶ広場の片隅に、馬車は停められていた。
すぐにモナに手を捕まれ馬車を降りたティアラは、思わず目を見張る。
静かでのんびりとしているアズミルから離れずにいるせいか、露天で飛び交う活気のある声音や、楽し気に目の前を通り過ぎていく人々の様子にただただ圧倒される。
そんなティアラの傍らへと、モナの侍女が不安そうに進み出てきた。
「本当におふたりだけで大丈夫なのでしょうか。もしティアラさまになにかあったら、……私めの首がいくつあっても足りません」
ティアラと侍女の間にモナは割って入り、腰に両手を添える。
「大丈夫。祭りを少し見て回るだけですから。ティアラが疲れる前に戻ってくると約束するわ」
「わかりました。はしゃぎ過ぎぬようお願いいたしますね」
考えは変わらないと理解したのか、モナの侍女は諦めた様子で身を引く。
「ティアラ、行きましょう。まずはベリースローよ!」
最初の目的地を声高に宣言したモナに手を引かれ、ティアラは足早に歩き出す。
過去に遊びに来た時とは様子が変わっているためついつい辺りをきょろきょろしながら、人と人の隙間を縫うように進んでいく。
一方モナはこの町に頻繁に来ていると分かるほど、足取りに迷いがない。
程なくしてラズベリーが描かれた古びた看板が下がった店先に到着する。ベリースローの販売されているお店で間違いない。
ベリースローは一口大の丸いパンケーキが棒に三つほど連なっているお菓子で、ラズベリーの甘酸っぱさともちもちした食感が特徴である。
子供の頃、ティアラはこれが大好きで、おやつによくねだっていた。
購入したベリースローを早速頬張り、ティアラは口元を綻ばせた。
「美味しい。……モナ、今日は連れ出してくれて本当にありがとう」
久しぶりに食べ物を美味しく感じられたことへの感謝をティアラが伝えると、モナは嬉しそうに笑う。
食べ終えるとすぐに、ふたりは町を歩き回り始めた。
露店で売られている髪飾りをモナがティアラの頭に添えてみたり、花屋の中へと吸い込まれていきそうになるティアラを、時間がないからとモナが必死に止めたりと、徐々にティアラの表情に明るさが戻っていった。
「ねぇ。せっかくだから私たちも仮面つけましょうよ!」
モナは提案すると同時にティアラの腕を掴み、仮面が売られている露店に向かってぐいぐい進み出す。
「私はちょっと」というティアラの断りの言葉はさらりと流し、モナは仮面を手に取りどれが良いかと吟味する。
「ティアラはこれが似合うわ。私はこっちにする」
モナが選んだのはどちらも右側に大きな花の飾りがついた金色の派手なものだった。花の形は違く、ティアラへと選んだそれは色は違えどティールによく似ている。
支払いを済ませたモナが、仮面をつけた顔をティアラに向けた。「似合う?」と問われ、ティアラはこくこくと頷いた後、渡された仮面をじっと見つめる。
もし本当に、日常と切り離された人々の中に神様や死んだ人間が混ざっているというのなら、もう一度アルフレッドに会いたい。
馬鹿げていると思っても、願わずにいられなかった。
仮面をつけると、不思議と見えている世界までもが変わったように思えた。
徐々に人の数が増え始め、ぶつからないように気をつけながら進むうちに、日ごろの運動不足がきいたのか足が疲労でじわりと重くなる。
ティアラの歩く速度が落ちたのにモナは気がつき、その場で一度立ち止まった。
「そろそろ馬車に戻りましょうか。うちの侍女も心配で気が気じゃないだろうし」
「それなら最後にお土産を買いたいわ。食べながら、今日は楽しかったってみんなに言いたい」
「良いわね。なににする?」
なにを買おうかと頭を巡らせても、ティアラは町に詳しくないため候補がいくつも出てこない。
最初に食べたベリースローならきっとみんな好きだろうし無難かもしれないと考えながら、手近の店の並びに視線を走らせ、ティアラは眉根を寄せた。
三軒先の店先に兄のラディスによく似た男性いたからだ。
「どうかした?」
モナに話かけられ、ほんの一瞬視線をそらしただけで、その男性は消えてしまった。